小橋 昭彦 2002年7月25日

 フランセス・アッシュクロフトによる『人間はどこまで耐えられるのか』は、全米オープンで優勝したプロゴルファー、ペイン・スチュワートの飛行機事故を紹介するところから始まっている。高度1万1300メートル、なんらかの原因で機内が急速に減圧、そのまま自動操縦で飛び続けた。住宅地に墜落する危険性を考えて米軍機がスクランブル発進。けっきょく燃料が尽きて墜落したが、乗員ははるか以前に命を失っていたはず。
 高度1万1300メートルにもなると、人間は生きていられない。無酸素で耐えられる限界は標高9キロ弱。世界最高峰の高さとほぼ同じというのは単なる偶然か。同書にはほかにも、月面で放置されても生きのびていた細菌の話、腕相撲大会に参加して、自分の筋力で骨が折れた男の話など、印象的なエピソードが紹介されている。高さや深さ、寒暖、あるいは宇宙という極限への挑戦。
 それらを読みつつ、自分を信じることの力を思っていた。腕相撲の男に見られるように、全身の筋繊維が同時に収縮すれば、骨を折るほどの筋力が可能になる。アスリートは、トレーニングによって筋繊維を同調させることを学ぶ。それでもすべてを同調させることはできない。素人ではなおのことだが、火事場のばか力という現象もある。ぼくたちはふだん、自分の潜在的な力を信じていないだけなのだろう。清水の舞台から飛び降りた気になれば、限界に迫ることができる。
 清水の舞台といえば、同寺学芸員の横山正幸さんの調査によれば、江戸時代、実際に234人の飛び降りの記録があったそうだ。最年少は12歳、最年長は80歳代。かつては飛び落ちと呼んでいたが、自殺ではない。多くは「心願」ゆえ。引き留めや未遂も含め、助かったのは85%。彼らの願いはかなったか。
 困難な課題ほど、自分を高めてくれる気がする。もうだめだと思う瞬間にこそ、予想しなかった発想が芽生えたり、力が生じたりする。日々の小さな挑戦。生活の中にも、清水の舞台は、たくさんある。

3 thoughts on “自分を信じる

  1. 「人間の許容限界ハンドブック」(朝倉書店、1993、18540円)という本もありますよ。

  2. この不況下、銀行の貸し渋りにどれだけ耐えられるか?なんて考える暇があったら、緊張のなかから思いもよらないビジネスの糸口を掴み取るために、ぼくも脳味噌をしぼることにします。

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