小橋 昭彦 2002年5月20日

 人間は口から排泄口まで続く穴、という考え方についてコラムで触れたところ、実際のところ消化管は穴であり、外部が入り込んだものといえるとコメントをもらった。自分の中を、まるでトンネルが貫くように、外部が貫通しているという見方は新鮮だ。
 調べてみると、なるほど、発生の初期段階で細胞分裂を繰り返すうちにくぼみができ、それが消化管になっていく。テニスボールを指でおして穴を開けていくイメージだ。最初のくぼみを原口というが、人間ではこちら側が肛門になる。もう一方の口の側は後にできる。だから、人間は後口動物。
 後口があれば先口動物というのもいる。原口がそのまま口になる。たとえば昆虫。昆虫の発生過程を追っていくと、おもしろいことに、人間とは裏返し。口と肛門、つまりは頭と尻が反対になるだけじゃなく、背と腹も逆だ。神経は人間のように背の側じゃなく、腹の側。背に腹は変えられないとことわざに言うが、もし背と腹を変えてしまったら人じゃなく昆虫になるってわけか。
 発生の初期段階で、頭と尻、あるいは背と腹の側がなぜ決まるか、というのは、いまも研究が続けられている重要なテーマ。躁鬱(そううつ)病の治療薬、リチウムを初期発生時に作用させると背側活性を持つことが知られている。
 背と腹、どちらが大切かといえば一般には内臓が多くある腹側で、身を守ろうとするとき、人は背中を丸めて身を縮める。子どもを守るときも抱きかかえる。ところが欧米人の多くは子どもを背後にして危険に立ち向かうと指摘して、精神構造の違いを指摘する学者もある。
 日本でも親の背を見て子は育つと言うではないかと思うが、岩波ことわざ辞典によれば、これは第二次大戦後、それもずいぶん経ってから生まれた表現だとか。日本ではやはり腹が優勢だったか。立ったり座ったり抱えたり割ったり探ったりくくったり、人とのつきあいに腹は欠かせない。

7 thoughts on “背と腹

  1. 没ネタ。12億年前、最古の多細胞生物の化石(朝日5月10日)。八つ目ウナギの上唇部が哺乳類の鼻に進化(日経5月7日)。チノパンの起源は中国から来た生地だから(日経4月26日)。人類はむしろ森から追放された側(日経4月21日)? 妊娠した時期の喫煙が多いと女児の可能性が高くなる(神戸4月20日)。王子動物園のパンダ夫婦、同性だった(朝日5月15日)? フーリガン対策に敷石固め(朝日5月15日)。廃川、昨年は1件、500メートル(朝日5月1日)。日本史でも環境重視した見方(日経5月4日)。

  2. 骨格を外側にもったのが昆虫・甲殻類で、内側に持ったのが脊椎動物だという哲学者の指摘があったと思います。
    生物進化の歴史から言えば、甲殻類の方が先で、脊椎動物が後だったと思うので、我々が体の周りにあった「骨」を内側に取り込んだ生物、と言うことになるのでしょう。
    (専門家ではありませんが、後口と前口の関連から)

  3. 小橋さん、私は落ち込んでいくほうが口だと何の疑問もなく思っていました。すぐ調べて確かめてみるのが大切なんですね、勉強になりました。ありがとうございました。

  4. そして、それが背と腹の文化論につながるなんて、なんて素晴らしいことでしょう。感動的でさえあります。

  5. Yukiさん、ありがとうございます。ネットを中心に、百科事典や辞典を行き来して、さまざまな視点を検討していきます。だいたいコラムはそんな風に呻吟しつつ生むのですが、そうおっしゃっていただけると報われる思いです。

    大谷さん、ありがとうございます。そうなんですよね。昆虫は骨のありどころも人間と逆。おもしろいです。

  6. 人を貫く穴の話、面白いと思いました。
    毎日の通じがよくないとすっきりしないのは道理です。
    モンゴルの鷹匠が、捉えた鷹を手なずけるために、麻玉を牛肉にくるんで食べさせるそうです。一定の時間がたつと
    麻だまだけは消化されずに吐き出され、たっぷり脂肪を含んで出てきます。体内の脂肪を吸い取られた鷹は空腹感を覚え調教しやすくなるそうです。

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