チンパンジーは、単語に相当するものを数百くらいなら覚えることができる。しかし、食事や危険を声にして仲間に知らせるなど「発声」に近く、文法までは持っていない。単語を超えた文のレベルを理解できるかについてははっきりしないのだ。
最初は単純な単語が生まれ、やがて単語と単語が結びつき、複雑な意味を表現する文法が生まれる。そんな言語の歴史をなんとなく信じていたので、ジュウシマツが文法を持っていると知って驚いた。千葉大学の岡ノ谷一夫助教授らの研究だ。
ジュウシマツの歌は、もって生まれたものではなく、親から子どもに伝えられる文化だという。だから、聴覚を失うなど学習する機会が無かったり他種に育てられたりすると、本来の歌を歌えなくなる。岡ノ谷助教授の研究しているジュウシマツでは、7つの要素を組み合わせて3つの「単語」を構成しており、それらを特定の文法で配列して歌っているという。ジュウシマツの原種であるコシジロキンパラでは歌はずっと単純で、進化するとともに文法が複雑になっている。
ハンディキャップ理論というのがある。ある個体が生存に不利なハンディキャップを持ちつつ生存競争に勝ち続けているなら、それを補うだけの優れた面があることを意味する。とするとハンディキャップが大きいほど、自分の優位性を示すことになり、異性にアピールするという説だ。
ジュウシマツで、歌うのはオス。歌で恋を語りかけているわけだ。メスは歌わず、じっくりと歌を聴いてオスを選ぶ。実際、複雑な歌をより好むことがわかっている。ところで、複雑な歌は天敵の注意を引き、危険性が増すことにつながる。そこでハンディキャップ理論。メスは、複雑な歌を持つオスの方が天敵から生き延びる術に長けていると判断して選ぶ。それが積み重なった結果、歌が複雑に進化してきたのではないかというわけだ。
人の言葉も、単語と文法が別に進化してきたのかもしれない。文法は、恋を伝えるためであったのか。いとしい人に伝えるためにいっそう、複雑な文法を手にしてきたのだったか。そう考えれば、学生時代のグラマーももっと楽しかったろうに。
今回のコラムは岡ノ谷助教授の研究に多くをよっています。そこでまずなにより、「岡ノ谷研究室Webサイト」をどうぞ。研究室サイトとは思えない立派なできばえです。関連してインタビュー記事「ジュウシマツの歌で『言語の起源』にせまる」「小鳥の歌からヒトの言語の起源に迫る」も参考に。コラムでは取り上げませんでしたが、「イルカの歌」「チンパンジーの言葉(アイプロジェクト)」「こどものことば」も参考にしました。