小橋 昭彦 2001年11月6日

 聖徳太子の笏について調べていて、ひとつ連想したのが木簡だった。古来、さまざまなメモを書きつけた木片。かつての人が自分で書きとめたものを今読むことができるのだから、過去から未来への伝言といってもいい。
 地中から掘り出された木簡は樹脂が洗い流されて水を含んでいるから、とてももろくなっている。けっきょく水につけたまま保存するほかなかったりするのだが、最近では乾燥しつつ強化するような保存方法も開発されている。
 で、その木簡だが、利用方法はさまざまだったらしい。もちろん事務連絡や記録などにも使われたけれど、落書きなど筆ならしにも使われている。荷札としても用いられていて、この利用法は戦後しばらくまであったそうだから、年配の方にとっては懐かしいかもしれない。
 木簡は削って消せばまた利用できるけれど、再利用法としておもしろいのが、福岡市の平和台球場の下で見つかったもの。8世紀頃の迎賓館があったところで、さすがに各地から多くの物品が送られてきたらしく、荷札の木簡も多く見つかった。で、それがあったのが、縦約4メートル、横約1メートル、深さ4メートルという深い穴。さて、なんの穴だったか。発掘に携わった人に聞けばはやい。というのも、やたらと「におい」がした。そう、トイレだったのだ。
 紙が貴重品だったころ、日本人はワラやふきの葉など、さまざまなものでお尻を拭いていた。使い古した木簡も、最後はトイレで利用されていたわけだ。先を丸めたり削ったり、尻をけがしないようにしてあったというから、念が入っている。木簡も、それなりに納得して一生を終えたのではないかな。

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4 thoughts on “木簡の一生

  1. やたらと「におい」がした。そう、トイレだったのだ。
    …とありますが1000年以上前の臭いが残っているとは
    信じがたいです。
    どういうことなのですか?

  2. 土中で分解されなかったのでしょうね。条件によってはそんなこともあるようです。

  3. 似たような話は三大都市文明の遺跡でも聞いたことがありました。

    その排泄物の残滓からDNAを取り出して、近世以前の人のクローンを作り出して、万葉言葉をリアルに発音させる研究なんてやっている訳ないか・・・。

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