ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

冷たい火、六千の眼

2001年5月22日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 ホタルの季節が近づいてきた。闇に浮かぶちいさな光を求めて、野草をかきわけた幼い日。
 ホタルの光は、ルシフェリンという発光物質が、ルシフェラーゼと名づけられた酵素のはたらきで酸化することによっている。つまり燃焼作用なのだけれど、一般の火と違ってホタルのそれは熱くならない。酸化で発生するエネルギーのほとんどを光とし、熱として放出しないからだ。光への変換効率は90%以上だとか。冷たい火と呼ばれるゆえん。
 発光原理は違うけれど、同じくエネルギーから光をつくりだす蛍光灯では、変換効率はせいぜい20%というところ。ホタルの光がいかに効率いいかがわかる。照明器具会社のなかには、ホタルの仕組みをいかした光源開発に取り組んでいるところもある。
 夏の虫といえばハエもそうだけれど、これまた驚異のメカニズムを持つ。視覚だ。8つの視細胞からなる個眼を約6000持ち、ほぼ360度の視野を確保する。その情報処理方法を知ることで人工視覚の開発につなげようという研究もまた、進んでいる。
 身近な、小さな生命にも、学ぶべきところがまだ多く残されている。ホタルの光、トンボの複眼、あるいはカブトムシの力。少年の日追い求めた世の中の驚きたち。いや、見方さえ間違わなければ、ぼくたちはまだ、それを見つけることができる。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

2 comments to...
“冷たい火、六千の眼”
Avatar
小橋昭彦

ハエの情報処理については、「理化学研究所」脳科学総合研究センターなどでも行われています。「ハエの研究が人工視覚の基盤に」もご参照ください。また、ホタルの発光原理については「スタンレー電気」などで研究されているそうです。ランプのエネルギー変換については、「日本照明情報サービス」などをどうぞ。


Avatar
小橋昭彦

今日の没ネタ。鳥取の名産二十世紀ナシは1904年に原木から苗木を移植したのがはじめ(朝日4月17日)。過ぎ越しの祭りの間、酵母を発酵させたパンを食べないユダヤ教、レストランに罰金(朝日4月14日)。大手コンピュータ会社の子会社が製造したパンチカード機がナチスドイツで使われたのではと論争(朝日4月17日)。弥生人の頭骨から脳組織(日経4月16日)。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 中央アジアに、汗血馬と呼ばれる名馬が知られている。1日に千里を走り、疾駆すると血のような汗を流すという。天馬ともたたえられ、前漢の武帝は汗血馬を得るために二度も大宛征伐を敢行している。 この血の汗、畜産学の見方では多乳頭糸状虫という寄生虫の一種が原因ともされる。いずれにせよフィクションではなく、騎馬民族文化研究家の清水隼人さんが中央アジアで、史書にあるとおり前肩付近から血の汗を流す様子を確認している。 血の汗といえばカバも流すといわれているが、こちらは血ではなく、保湿の役割をもつピンク色の体液だとか。おっとこれは余談。 十字架にかかる前夜、イエス・キリストがゲツセマネで流したとされる血の汗。あるいはもっと身近なところでは、星飛雄馬が巨人の星をつかむために流したと歌われていたっけ。 汗血馬は詩や像となって、その躍動する姿を現代に伝えている。ゲツセマネの園にはオリーブの老木がいまも緑の葉を茂らせ、巡礼者の憩いの場になっている。あるいはスポーツ中につい口ずさんでしまい、そんな自分に苦笑いをしたりもする、巨人の星の主題歌。 血の汗はいまも、いろいろな場面でぼくたちにロマンをもたらし、勇気を与え、やさしさを教えてくれる。血の汗が事実かどうかは、じつは大きな問題ではない気もする。この心の動きは、真実なのだから。

前の記事

 もう四半世紀あまり前の話。しばを置いていた屋根裏から、じっとぼくたちを見おろすものがいた。最初に見つけたのはぼくだったかもしれない。天井に一間ほどの口があいており、土間からはしごをさしかければ屋根裏に上がれるようになっている、その暗い空間に光がふたつ。 イタチかタヌキかと騒ぐ家族をよそに、闇から悠然とこちらを見ている。フクロウだった。しばらくの間、フクロウはそこで生活をしていたようだ。子どもを育てていたような気配もあったが、あえて調べることもせず、そっと同居を続けた。いつしか鳴き声もしなくなり、フクロウは旅立っていた。 ヨーロッパ最初の貨幣といわれる古代ギリシア貨幣。そのドラクマ銀貨は、両面に図像を刻印した最初の貨幣として知られる。裏面に描かれているのはフクロウとオリーブだ。世界にはフクロウを凶鳥とする文化と吉鳥とする文化があるが、古代ギリシアでは女神アテネの鳥として信仰されていた。フクロウは南極をのぞくほとんどの地域に棲息している。人間とは長いつきあい。 フクロウの視線があれほど印象的なのは、その円盤状の顔を集音器として利用し、音でもまた世界を見ているからかもしれない。つまりは顔全体でこちらの情報を集めている。 そんな視線をずらすこともある。危険に出会ったとき、頭を回転させたりお辞儀をしたりするのだ。すこし視点をずらして広い視野と遠近感をとりもどそうとする知恵だとか。 ぼくは今でも、ときにあのフクロウに見つめられている気がすることがある。心の底からぼくを見つめるふたつの光。そんなとき、ぼくは頭をふり、空を見上げ、大地を見おろしてみる。そして、ふっと広い世界に気づき、自分の小ささを思い出す。

次の記事