ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

誤りを恐れない

2008年10月30日 【コラム
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 もう一年近く前に出会って、いつかコラムにしたいと思いつつ、書けないできたネタを読み返している。ひとつは心理学の、ひとつは神経科学の研究からの報告。
 コロンビア大学ミズーリ校のローラ・キング博士らによる報告は、副題に「後悔と、幸福と、成熟と」とある。そう、人はいつも、あり得たかもしれないもうひとりの自分のことを考え、苦い思いにとらわれる。それはときに辛い思い出だけれど、そんな思いこそ、人を成長させるという。彼女らの調査によれば、「こうしなければよかった」と考えられる人ほど、人間的に成長している傾向があるのだという。
 この記事のことを考えている最中に目にしたのが、完ぺきと思える成鳥の鳴き声の中にも小さな震えがあるという、カリフォルニア大学のマイケル・ブレイナード博士による報告だった。この震えは、神経系がよりよい歌を求めて調整しているために出るらしい。考えてみればこれはごく自然なことで、仮に完成した鳴き声の状態で神経系まで固定されてしまうと、環境の変化や周囲の状況に応じて、歌を向上させる道が閉ざされてしまう。よい歌を求めるなら、パーフェクトに固定された状態なんてありえない。そのときどきで変化してこその、美声だ。
 理想の自分なんてありえないし、到達したと思えばまた新しく求めるのが、生命の真理。それには失敗はつきものだし、誤りから逃げてはいけない。このコラムの連載を始めて十年、ぼくは何をつかみ、何を失ってきたのか。十年前は毎日更新していたのが、最近は数ヶ月に一度になっている。それは成熟ゆえではなく、むしろ逃げているのではないか。そんなことを考えて、一年が過ぎた。
 先に紹介したキング博士はこう言っているそうだ。「幸福は、過去を忘れることにではなく、あなたの過去の上に、人生を築くところに生まれるものだ」と。

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12 comments to...
“誤りを恐れない”
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小橋昭彦

1年前に出会ったクリップとは「プロだっていつも迷っている、それがいいんだ。」と「悲しみや苦しみも自分のため」です。
情報源へのリンクを紹介しておきます。まず前者に関しては、大学からのニュースリリース「Songbirds offer clues to highly practiced motor skills in humans」と、Michael Brainard博士の「研究室サイト」を。論文は「Nature 450, 1240-1244 (20 December 2007)」掲載。
後者に関しては、Laura A.King博士の「研究室サイト」と、共同研究者の「Joshua A. Hicks博士」。後者のサイトから、論文「Whatever happened to “what might have been?” Regrets, happiness, and maturity. American Psychologist. 62, 625-636」の抜刷がダウンロードできます。解説記事として「Acknowledging losses may be the key to overall happiness」が平易でした。King博士の言葉はそちらの記事からです。


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takahiro

10年前から読ませていただいてます。
いいじゃないですか、進化って。


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yukiazur

はじめました。今日久し振りに今日の雑学を読みました。読んで、そういえば、久し振りの配信だったと気が付きました。今、ベトナムに住んでいるのですが、今年で満十年となります。滞在の初期から読ませて頂いております。
ベトナムへの赴任を機に、今年80になる母にパソコン+ネット+メールを教え、少し後に小橋さまの雑学を登録してあげたら、本当に喜んでくれました。その母も今ではスカイプも自由に操るようになっています。小橋様も今日の○○太郎の名前が次々に変わっているようで(具体的には把握していないのですが3人の男の子かな?)喜ばしい限りです。
小橋様のエッセイが好きです。私は雑学として読んでいるというよりは、自分への問いかけです。気持ちの中にストンと入ってくる清涼剤みたいなものです。
私は「選ばなかった道」のことは考えないようにしているのですが(可能性の結果は永遠にわからないですから)、考えてもそれは成長していると思えば楽になります。意識すればするほど、そこに意識がいってしまっていたことにたまにやり切れなくなりましたので。どうもありがとうございました。
今後もますますのご活躍お祈りします。


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せいうち

「これで良し」と思った瞬間に成長は止まるということは
強く思います。私は細々とライター業をしている者ですが、
日々の仕事を「これで良し」として依頼してくださった先へ
送る時はいつも緊張しないではいられません。
「本当にこれでいいのか?」
そうは言っても、日々の仕事については、その都度粘りながらも
「これで良し」印をどこかで押し、次に進む。
そうするしかありません。ただ、ライターという職業を
どう全うするかにについて、もっと言うと、どういう姿勢で
生きていくのかということについて「これで良し」印は
最期のときまで押せないのだとも思います。
押したが最後、より良くなる可能性がなくなるわけですから。
小橋さんが何に迷われていたのかは存じませんが、
「今日の雑学」はすばらしいメディアだと思います。
今後も、小橋さんの心地よいペースで続けていっていただけたらと、
勝手ながら願っています。
7,8年前に一度だけお会いしたことのある者より


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小橋昭彦

takahiroさん、yukiazurさん、そしてせいうちさん、みんな、長いおつきあいをいただいているんですね。
今回は、直接メールでいただいた返事も含め、配信して本当に良かったと、心から思いました。ふるさとに帰ったときのような気持ちを抱いています。
ご案内した「里山ウォークデイ」じゃないけど、今日からまた、しっかり歩きます!


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小橋昭彦

そうだ、yukiazur さん、ご明察、「今日の○太朗」、今回は3人目が登場していました。
あと、いただいたメールから、名言だなあと感じた部分を、一部抜粋してご紹介させていただきます。
> 自分がうまくいっていないとき、というのは周りのために
> 役にたっていたということではないでしょうか。
みなさんのご経験はいかがでしょうか?


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小橋さん、久しぶりの配信、ありがとうございます。
皆さんも古くから読んでおいでなのですね、わたしも賞味期限が切れかかって思うことは、あの時こうやったら、と思う自分をみて、周りのターニングポイントにいる人にそっと心の後押しをさせていただいてます、一回しかないその人の大切な時間だから、
では、寒くなります、お体、大切に、ご自愛ください。


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MI

こんにちは、毎日配信の頃から拝見している者です。
配信メールが届き、記事を拝見したとき、ちょうど
数年前にした大きな間違いを今更に認識したり、
リアルタイムでも小さな「失敗した?・・・」を重ねて
「いい年してなんでこんな間違いを重ねるんだろう」
「そもそも今さら間違えたって思うくらいなら、
 そのときどうして正しく振舞えなかったんだ」と
自分に心底ウンザリしてめげているときでした。
研究のように成長・・・どころか
自分の場合は後退してるんじゃないかと今も思いますが、
自分でも無意味と思いながら降ろせないでいる肩の荷物が
ちょっとだけ軽くなりました。
配信を拝見できてよかったです。
これからものんびり楽しみにしてます。


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imaisao@jcom.home.ne.jp

小橋さん、こんばんは。明日の里山フォーラムには行けません。盛会を祈っています。前回から本コラムと再会しています。急に沢山な情報が届くようになって以来自動削除していました。おかしなものですね。削除欄を見ていて以前のような発信を感じて、あれっと思って開いた次第です。この8月に70歳になりました。欲望で突っ走った世界経済は破綻寸前です。小橋さんのコラムが蘇ったことを心からお祝い申し上げます。


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hiro

いつも、何かしら自分を振り返る素になるものをいただいて
感謝しています。しばらく配信されていなかったことに今頃気がついて改めて、いただいたメルマガを自分をふりかえるきっかけにしてたんだと思いました。私のように自分を見直すきっかけにしてるものがいることを
おわすれなくよろしくおねがいします。


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小橋昭彦

里山ウォークデイが終わり、ちょっとハイな気分と、ちょっとダウンな気分がまざっている状態で、「ざつがく・どっと・こむ」にいただいたコメントに目を通させていただいています。
コメントのひとつひとつに、ほんとうに力をいただいています。自分を振り返るきっかけになる、という言葉が嬉しくて、まさにぼく自身が、自分を振り返りつつ、コラムを書かせていただいているのですが、そんな思いを共有したような喜びがあります。
最初に書いている「ハイ」と「ダウン」の混合なのですが、里山ウォークデイというイベントを通して、「人の役に立っている」という思いと、「人に迷惑をかけてしまった」という思いが、いま、自分の中に一緒にあるんです。人間の行為って、あんがいそんなものなのかなあ?


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庄和の風

いつも配信ありがとうございます。この年になっても悩んで
いた事のひとつの回答が得られたような気がします。
「後悔」の連続でも良いのだというのは本当に肩の荷が降りる
気がします。残りの日々、もっともっと悩んで行きます。
これからも沢山の「雑学」よろしく配信してください。




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 39億年前といえば地球に生命が誕生した頃。海水がすべて蒸発するほどの大変動はさぞかし厳しい環境だっただろうが、小惑星衝突こそ地球に有機物をもたらし、地表下の熱で生物を育んだ可能性があると聞くと、頭上に広がる静謐な星空からはうかがい知れない、天体のダイナミズムを感じざるをえない。
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