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ちょっと知的な雑学&トリビア

美しいひと

2001年5月07日 【コラム
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 進化論を提唱したチャールズ・ダーウィンは、鼻のおかげでガラパゴス諸島にいけなかったかもしれないという。ビーグル号の船長が顔の特徴で性格がわかるという説の信奉者で、ダーウィンのような鼻を持つ人間は航海に耐えられないと考えていたというのだ。
 顔の美しいひとは得だ、とはときに言われること。詩女神ともたたえられた古代ギリシアの詩人サッフォーは、醜い女とする言い伝えもあるものの、もっぱら美の女神と比する美人という説が主流。よいものは美しい、美しいものからよいものが生まれるという俗信があったからこそだろう。彼女自身、「美しきものは善」という言葉を残している。
 美人と鼻といえばクレオパトラ。ただ、のこされた像などから想像する限り、その鼻はわし鼻で、さらには背も低く太っていたのだとか。プルタルコスの「アントニウス伝」にも、その美は比類のないものというほどではない、という記述がある。
 クレオパトラの魅力は、多国語あやつったというその会話術や知恵、情熱からかもし出されるものだったらしい。パスカルには申し訳ないけど、たとえクレオパトラの鼻が低くても歴史はそうあったようにあったろう。そしてもちろん、ダーウィンの着想は彼の鼻の形とは関係ないし、サッフォーの詩の美しさと美貌もまた、かかわりなかったろう。
 アントニウスの自殺後、その骨壷を抱き、「あなたなしで生きていたこの短い間ほどひどくおそろしい不幸はなかった」と嘆いたクレオパトラ。美しいのは鼻ではなく、その深い愛情。

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4 comments to...
“美しいひと”
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小橋昭彦

美人コンテストについては、「miss日本コンテスト」「美人コンテスト」へ。ミス日本の平均顔は「平均顔ギャラリー」で見ることができます。美人論については「美女研究」「美とはなにか、美人とは誰か」をどうぞ。大英博物館「クレオパトラ展」はいま開催中。それを伝えるサンデータイムズの記事「Cleopatra was short fat and ugly」をご参考に。近刊書籍では、ナンシー・エトコフの『なぜ美人ばかりが得をするのか』(草思社)が話題書。また、顔学の原島教授関連で、「50年後の平均顔はキムタク、キョン2」「今、なぜ丸顔が人気?」そして、デジタルキャラクターを扱った「デジタル・キャラクターとテクノロジー」、「『顔』を語る」をどうぞ。


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小橋昭彦

今日の没ネタ。0.1は二進法では半端になる、計算機の厳密さもあいまい(朝日4月4日)。ミールで新種の細菌(朝日4月4日)。有力論分数、量は東大質は筑波(朝日4月4日)。


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ながさわ

本名でこんなこと書くのも何ですが……

とある出逢い系ページで知り合った女性から『デジカメを持っていたら、顔写真を送って』との返事が来ました。
はっきり言って、私はイケメンじゃないのですが、まあ駄目元で送ってみました。はうー、自分の顔をディスプレイで見ると、もっと恥ずかしい……

で、今はその女性とおつきあいしてます。

>美しいのは鼻ではなく、その深い愛情。

愛情はこれから……とにかく今は素直に。


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ggg

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 誕生日を迎えた息子に、「きょうから3歳だね、おめでとう」と声をかける。息子もまねして「おめでとぉ」「おめでとう」「おめでとう」。家族で声を合わせている。とはいえ法律上は、彼は誕生日の前日をもってすでに3歳になっているのだった。 年齢の数え方は、昭和25(1950)年に施行された「年齢のとなえ方に関する法律」で、明治35(1902)年の「年齢計算に関する法律」の規定に従うとされている。そこで「年齢計算ニ関スル法律」を参照すれば、年齢は出生の日を起算日とし、民法第百四十三条を準用して計算せよと。 民法百四十三条ニ項。「起算日ニ応当スル日ノ前日ヲ以テ満了ス」つまり、年齢なら翌年の誕生日の前日で満了し、ひとつ加算されることになる。応当する日が無いときはその月の末日ともある。うるう年の2月29日生まれでも、毎年年齢が加算されるわけだ。 昭和25年の「年齢のとなえ方に関する法律」の主旨は、数え年じゃなく満年齢で表しましょうね、だったのだけれど、日数の数え方に、0からではなく1からはじめる数えの方法を残してしまった。西暦2000年は21世紀か、なんて論争がまだ記憶に新しいけれど、こんなところにも「数え」と「満」の矛盾がある。 そんなわけで、今年の小学校新入生のうちもっとも誕生日が早いのは、4月1日で満6歳になった、4月2日が誕生日の子どもたち。 実感としてわかりにくいかもしれない。たとえばこう考えてみる。誕生日は子どもにとって、ひとつ年をとった新しい一年の始まりだ。ということは、誕生日の直前に、子どもはひとつ年を加算し、新しい一年を迎える。誕生日の直前、つまりは誕生日前日の、魔法の瞬間。 生後しばらく、今日は生まれてから何日めだなあ、と毎日考えていたことを思い出す。子どもは日々確かに成長していて、いちにち一日の積み重ねが、目の前で実感できたものだった。 いや、それは幼いうちに限らず、今もまたそうなのだろう。ぼくたち自身も、ただ誕生日に年齢を加えるわけじゃなく、毎日一日ずつ、確実に出生からの日を重ねている。昨日と違う今日、今日と違う明日。 ぼくたちは、そんな日々の魔法にふさわしいだけの今日を送っているだろうか。

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 少年事件を分析するため、警察庁少年課がまとめた資料がある。95年から99年までに逮捕、書類送検された容疑者6499人の年齢を分析したもの。もっとも多かったのは49歳で、185人を占めた。それに続くのが47歳、そして48歳。人口そのものが多い団塊世代ということを割り引いて考える必要はあるにしても、50歳前後は老後への不安や人生の岐路に立つ不安定さを感じる年ごろだと専門家は指摘している。 一方、さいきん目立つ少年重大事件については、最高裁の家裁調査官研修所が背景を研究した結果を発表している。少年たちは追いつめられた苦しい気持ちを避けるために、破壊的な行動をとっていると分析、深い挫折感や自殺企図もみられ、それら前兆をよみとる力が欠かせないと。 ふと気になって毎年の重要犯罪の発生率を調べてみる。平成になった頃を底にして、2000年は10万人あたり14.4と、当時の倍。目立つのは強盗や強制わいせつなどの増加だ。重要犯罪に限らず、犯罪そのものが増えてもいる。 ああしかし、犯罪をもとに世の中を語ることはすまい。 ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読み返している。学生時代に衝撃を受けた、もっとも好きな作品のひとつ。ロシアの「カラマーゾフ的」なる精神が生み出す葛藤、そして事件。再読して、また魂をゆさぶられている。 49歳の犯罪が多いからといって、あるひとが49歳になったから危険だというわけじゃない。14歳とか17歳とか、ぼくたちはそういう単純化をしてしまいがちだ。統計や数字にとらわれないでいよう。それよりも信じたいのは、ぼくたちの心のカラマーゾフ的なるものを探る想像と洞察の力。

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