小橋 昭彦 2008年3月3日


 竹内久美子サンは、利己的な遺伝子の見方から、生物行動のユニークな解説書を書いてきた人(たとえば「茶髪か黒髪か」を書いた時に紹介した、『BC!な話』など)。
 その竹内サンが「透視は、あっても不思議はない」と言い切っている。
 こういうことだ。
 1909(明治42)年、東京帝大の助教授、福来友吉は、人体内部を透視し、医師の診断の手伝いをしていた御船千鶴子の存在を知る。彼はさっそくいくつかの実験を行い、千鶴子の透視が本物であると確信する。
 そこで彼は、熊本にいた千鶴子を東京まで呼び、当代随一の学者たちの前で実験する。しかしこのとき、神経質な千鶴子を思いやって、お守り用の鉛菅(実験で透視する文書などを封印するときに利用する鉛菅と同じもの)を渡したことが誤解を生み、実験対象の鉛菅の中身を透視する際に混乱が生じた(実際には透視そのものは成功)。その結果、新聞などが千鶴子をバッシング。心労の重なった彼女は自殺してしまう。
 彼女は、同じ学者たちの前で後日実験を成功させ、それが透視であると誰もが認めたのだが、千鶴子バッシングの風潮と、近代化に「迷信」は不要とする世の流れには逆らえず、学者の多くは保身に走り、福来も大学を辞めさせられる(詳しくは『透視も念写も事実である』)。
 こうして、日本の超能力研究は葬り去られた。
 もしもこのとき、学者らが正面からこの問題に取り組み、その伝統が今に続いていれば、ぼくたちの科学観はもっと豊かになっていたのではなかったか。そんな思いがぬぐえない。
 気、東洋医学などの伝統を持つ日本は、あるいはまったく違った科学を育て、地球環境に対する立場でも、独特の貢献ができていたかもしれない。
 犬の目を見て「仲良くしよう」と念じると、犬は喜んで尻尾を振る。しかしそれは言葉を介しないコミュニケーションであって、本来的なテレパシーではない。
 ミツバチには紫外線が見える。でもこれは視覚の特徴であって透視ではない。
 犬も、ミツバチも、もし「迷信」と考えてしまったら、彼らのコミュニケーション能力や視覚を科学することはなかったかもしれない。
 本書の副題は、あるいはそんな思いでつけられたか。「変な学術研究 1―光るウサギ、火星人のおなら、叫ぶ冷蔵庫」でとりあげたときと同じ換喩だが、透視そのものは、本書の代表的なトピックではない。
 むしろ本書には、生物学的に、竹内サン的に、もっともっとおもしろい話が並んでいる(読者からの質問に答える雑誌連載を採録したものだ)。
 おとなしい人が突然暴力をふるうのはなぜか。人間とゴリラの間に子どもは生まれるか。子どもが少なくなるとおっぱいの数も少なくなるのか。耳の形と性格に関係はあるのか。花弁の数と指の数に進化上の相似はあるのか。
 などなど、50以上。
 
 どうでもいいと、見過ごしてしまうこともできる。しかしそのときあなたは、これだけ豊かでおもしろい生物学への扉を、くぐることが無いまま終わってしまう。
 副題は、あるいはそのことを暗示しているのかもしれない。

5 thoughts on “千鶴子には見えていた!―透視は、あっても不思議はない

  1. 結局、「信じたくない、認めたくない」事実を、葬り去ってしまったという事でしょうか。
    「科学的研究」の出発点が、「信じたい」とか「信じたくない」と言った、感情であることは、ちょっと情けない。
    まぁ「知りたい・極めたい」も感情ではありますが・・・・。

  2. どうでしょう、感情というよりも、近代科学の思考の枠組みではとらえられないので、「迷信」に分類してしまったということではないでしょうか。
    近代科学の限界を認め、別の知の枠組みを探る方法論もありえたと思います。ただ、西洋における近代科学に基づく「文明」「産業社会」の成功を目の当たりにし、日本でもその導入が求められていた時代背景にあっては、難しかったでしょうね。
    いや、当時と言わず、今でもその風潮は強いと思いますが。

  3. こういう話には、本人の意思とは関係なく彼女を利用して金儲けをしようとする輩が必ず現れます。現代においては、適切な医療を受けられない危険も生じます。そういうところも迷信と嫌われる所以ではないでしょうか。千鶴子には見えていたのかと言えば、見えていたんだと思いますよ。人間の脳は、自分の見たいもの(事実ではなくても)を見る能力がありますから。ただ、これは他人と共有することはできないでしょう。
    さて、「豊かでおもしろい生物学への扉」ですが、これは『生物学』ではないですよね。お話として楽しめばいいんじゃないでしょうか。ところで竹内さんは日高さんの弟子なんですね。私の知っている別のお弟子さんは、おそろしく底の浅い研究者でした。日高さんはとても優れた学者なのに、残念なことです。
    ※小橋さん、失礼な物言いになってしまっていたら、ごめんなさい。

  4. 連続投稿ですみません。
    現代生物学は、今や最後の秘境と言うか、異業種参入ラッシュです(笑)。物理・化学・薬学だけでなく、心理学でも共同研究できる時代になりました。昔々の博物学のイメージをはるかに越えて、いろいろなアプローチが可能です。そういう感じで「不思議なこと」を拾い上げて考えていけばいいのではないでしょうか。

  5. みけさんへ。「金儲け?」はあるンでしょうね。
    20年くらい前(?)だって「低温核融合」とかイロイロ有ったし・・・・。
    いろんな輩が、掻き回して(不謹慎ではあるが)面白いとも言えませんか。
    ボクみたいな全くの素人にも、夢やら興味やら持たしてくれますから。

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