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左利きは11%

2008年2月06日 【雑学なメモ
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ScienceDirect – Current Biology : Declining left-handedness in Victorian England seen in the films of Mitchell and Kenyon
Although left-handers currently form about 11% of the population, only about 3% of those born in 1900 were left-handed, a more than three-fold difference which requires explanation. Whether the difference results from social pressure for left-handers to become right-handed, artefacts resulting from response biasses that can occur when questionnaires are used, or perhaps a greater mortality of left-handers is still controversial

現在、左利きは世界の人口の11%。ところが、1897年から1913年のドキュメンタリーフィルムを確認すると、左利きは3%だった(挨拶の時にふる手がどちらかっていうのが、文字を書くなどより利き手を明確にするんだって)。
これは、当時の産業革命を背景に、右利き用の機械が登場し、社会が右利きとなるように要請したからのようだ。というのは、機械を使わないお年寄りは左利きの人が相当数いた様子だったそうだから。

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3 comments to...
“左利きは11%”
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ヒルシュスプルング@しん

うちの娘は二人とも左利きです。親は両方右利きです。最近は昔ほど、右利きの直すことはしなくなっているそうで、幼稚園でも同じクラスに2人はいます。だいたい20名くらいのクラスに2人ですから、やはり11%というのは強ち間違ってはいないようですね。


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はたの

1995年生まれの娘が左利きです。なんとなく、周りには左利きが昔より多いような気がしますが、どうなんでしょうか。
ちなみに自分は今は右利きですが本当は左利きだったと思います。
なぜなら、鍵や切符は左ポケットに入れる癖があるし、握力は左の方が強いから・・・
主人も自分は本当は左利きだったのではと言っています。
野球は両方打ちできますし、高飛びの効き足も両方出来るので
・・
あ、でも、これって利き手、利き足の関係ってまたべつなんですかね?。
どうなんでしょう。


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小橋昭彦

そうですね、利き手、利き足をどう定義するかって、なかなか難しいですね。冒頭にあげたクリップの場合は、挨拶の時にふる手だったそうですが、はたのさんはどちらでサヨナラされますか?
下記のコラムも参考にどうぞ。
http://zatsugaku.com/archives/2003/11/post_378.html




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 自分勝手とは何か。
 自分にプラスかマイナスかを横軸に、相手にプラスかマイナスかを縦軸にグラフを描いてみよう。自分にプラスで相手にプラスなのは共存共栄。自分にマイナスで相手にプラスなのは利他行動。そして、自分にプラスでありつつ相手にマイナスなのが、自分勝手と定義される。ちなみに、自分にマイナスで相手にもマイナスなのは単なる嫌がらせである。
 自分勝手は良くない。やめよう。言うのは簡単だが、実行するのは難しい。ゲーム理論を用いてそのことを説明し、それでもなおかつ、自分勝手をやめるようにするにはどうすればよいかを、大浦宏邦さんは探っている。ゲーム理論への分かりやすい入門になっている。
 自分勝手にも二種類ある。
 今、相手と二人の関係を考える。自分勝手な行動をすると自分は20円もらえ、相手は10円損するというルールとしよう。仮に両者が相手のことを考えて何も行動しないと、差し引きはゼロ円である。一方、相手が損をしてもいいからと、両者が自分勝手な行動をすると、二人とも10円もらえることになる。こういう場合の自分勝手は、いわば良い自分勝手だ。経済社会における「競争の原理」は、おおむねこの考え方と言えるだろう。
 ルールを少し変えてみよう。自分勝手な行動をすると20円もらえ、相手は30円損すると考えるとどうか。お互い何もしないとゼロ円というのは同じだ。では、それぞれが自分勝手に行動するとどうなるか。二人とも10円損するのである。これは悪い自分勝手だ。
 前述のどちらの場合も、相手が自分勝手をする場合としない場合を検討し、自分にとっての最善手を合理的に考えるなら、自分勝手をした方がよい。両者にとってそれは同じで、合理的には二人とも自分勝手をするところに落ち着く。いわゆるナッシュ均衡だ。
 ただ、前者の場合はそれが全体にとってしあわせ(パレート効率という)だが、後者の場合は不しあわせ(パレート非効率)になる。問題は、パレート非効率になるとしても、合理的には自分勝手が「やめられない」ことだ。
 こうした状況を「囚人のジレンマ」というが、それが繰り返されるときを考えるのが進化ゲーム理論である。
 その場合、はじめは協力し、あとは相手と同じことを繰り返す「しっぺ返し戦略」が良いことがわかっている(「上品でいこう」参照)。
 もっとも、人間の場合、集団で暮らしている。ここに「共有地の悲劇」というやっかいな問題が発生する(「共有地の悲劇」参照)。5人の集団で、10頭までなら問題なく飼える牧草地を管理していたとする。収益は1頭5万円。10頭を超えると発育が悪くなり、1頭につき2万円の収益低下が起こるとしよう。
 この場合、各人にとっては、少しでも多く飼う方が合理的なのだ。こうして牧草地は荒廃してしまう。
 これを解決するギンタスのモデル(サンクション=罰則=を導入する)についての説明がていねいだ。こうした流れでの説明はこれまで目にした記憶がなく(不勉強?)、とても興味深く読み進めた。
 ギンタスのモデルは、自分勝手を防ぐ手法だ。
 ところが、その先にさらに問題がある。
 自分勝手を防ぐシステムとは、自集団の最大利益を目指すためのものだ。では、仮にその集団が他の集団との社会的ジレンマに直面するとどうなるか。
 自集団勝手は、やめられないのだ。
 仮に集団内に、他集団と仲良くしよう、そのために自分たちの損も我慢しようという人が現れたとする。すると、それは自分勝手な行動と認知され、サンクションの対象となってしまう。自分勝手を防ぐシステムが、自集団勝手を防ぐことを妨げるのだ。
 このほか、ゲーム理論をめぐっては「共感」「権威主義」「評判」など、社会を読むキーワードが多い。これらもていねいに拾われている。
 自集団勝手をめぐる研究が、いま社会的ジレンマの研究者の間で進んでいるという。ある意味社会を抽象化してとらえるこの窓の向こうに、21世紀の協力社会が見えてくることを期待したい。

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この地球に私たちとは起源の違う異質生命体が存在する── 一見するとバカバカしいように思えるかもしれないが,十分に可能性はある。生物の大半は肉眼では見えない微生物である上,顕微鏡で見たとしても,形だけではそれが何なのかわからないからだ。
ああ、長年の疑問がひとつ、解消された思い。実は、地球が生命に向いている星ならば、どうして生命の発生がもう一度起こらないのかとずっと不思議だったのだ。どこかで「先に生まれた生命が資源を独占するから」と読んだ気がするが、はっきりしなかった。
この記事で、ようやく再びその理由にめぐり合う。と同時に、もしかすると気づいていないだけで、この地球上に別の起源を持つ生命がもうひとつ、あるいはいくつもあるかもしれないという。

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