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二足歩行

2001年3月27日 【コラム
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 大手メーカーから二足歩行ロボットが発表され、スムーズに歩いたり踊ったりして驚かせてくれたのはつい最近のこと。
 ロボットの歩行理論の基礎は、旧ユーゴの研究者、ブコブラトビッチが1980年ごろまでに完成させたと言われている(朝日2月23日)。ZMP(Zero Moment Point)という概念がそれ。足の裏のどこに力をこめているか、という考え方で、その変化に応じて足と床の接触のしかたも変わる。その規範をふまえることが、安定性の高い歩行につながる。最新のロボットにもこの概念は使われている。
 安定性というと誤解が生じるかもしれない。人間の歩行は、体の重心からおろした垂線が足で支えている範囲に入っている、という意味での安定性はない。そうした安定性を保つ歩き方を静歩行というけれど、人間がそれをするとかなり不自然な歩き方になる。足が小さすぎるのだ。
 人間が自然に歩くとき、多くの時間、重心は安定する位置からはずれている。重心が外れ、倒れようとするときに足を差し出す、そうした歩き方なのだ。これが動歩行と言われるもの。倒れようとするところを支えるわけだから、差し出した足には地面からかなりの衝撃を受ける。バランスだけではなく、この衝撃の吸収も、二足歩行ロボットの重要な課題のひとつとなっている。
 一歩一歩、倒れながら歩くぼくたち。安定を求めていては、ぼくたちは今のように前進することはなかった。

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3 comments to...
“二足歩行”
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小橋

ロボットについて、まず「朝日新聞の特集」「ロボットと進化競争」を。そして、最近の成果として、やはり「ASIMO」と「SDR- 3X」を。広くロボットとしては「日本ロボット工業会」「日本ロボット学会」が参考になります。二足歩行関連は、まずNetScience Interview Mailの「梶田秀司インタビュー」が必読。「ヒューマノイド研究所」「梶田秀司のホームページ」「E-SYS LAB.」など、そして「日本のロボット研究」を追うと、ほんと日本は進んでいるなあ、と実感。「SFオンライン特集記事」も楽しいです。「2足歩行ロボットシミュレータ」なんてソフトもあります。海外では、Vukobratovicの「Robotics Laboratory」をあげておきましょうか。


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小橋

今日の没ネタ。植物の成長に重要な役割をするホルモンを発見(朝日2月22日)。ミシュランの三ツ星を持つシェフはごく少数(朝日2月26日)。


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Teddy

1歳になった私の娘が、最近歩き出しました。まだ“よちよち歩き”ですが。コラムを読みながら思いました、「倒れたくないから、“よちよち”なのだな」と。直に「歩くこと(=倒れそうになること)」に慣れてそれが怖くなくなると、一人前に歩けるようになるのでしょう。そう考えると、人生とは「慣れて、怖くなくなること」の繰り返しで成長する、その積み重ねのようでもありますね。




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 古代世界七不思議のひとつにあげられるギリシア・ロードス島の太陽神ヘリオスの立像は、港の入口に建てられており、灯台の役目も持っていたと言われる。同じく七不思議のひとつに数えられることもあるのが、アレクサンドリアのファロス灯台。高さ100メートル以上、50キロ以上先まで照らしていたとも言われる。 これらの建造年代がいずれも紀元前250年から300年頃とされるように、灯台の起源は古い。日本では7世紀半ばに防人(さきもり)が外敵を知らせるための施設として作ったのが初めといわれ、これが遣唐使船の目印として重宝された。 近代の洋式灯台のはじめは明治元(1868)年に建造された観音埼(かんのんざき)灯台。その竣工を記念して、11月1日は灯台記念日とされている。 ちなみに灯台の光だけれど、灯質といってそれぞれの灯台で違っている。隣り合った港で同じ光の灯台があると事故につながるからだ。フィルターを利用して色を変え、点滅のバリエーションを加える。日本最北端の宗谷岬灯台の場合だと「群閃白光、毎15秒をへだて15秒間に4閃光」といった次第。 現存する日本最古の灯台、神子本島(みこもとじま)灯台の付属施設が、1870年の建設当初の姿に復元されて保存されることになった(日経2月23日)。日本の灯台の父とも言われるリチャード・ヘンリー・ブラントンが建設した灯台だ。彼の手になるおよそ30基の灯台のほぼ半数は現存し、観光地利用などの期待を背負うものも多い。過去はただ過ぎ去った時間ではなく、ときに未来を照らし出すこともある。

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 遺伝は何らかの独立した因子で規定されるという概念を確立したのはメンデル。彼の研究は生前ほとんど注目されることはなかった。進化論で知られるダーウィンも同時代の人で、純種同士の受精による繁殖で生まれるのは、完全な融合物ではなく別個の固体の混じりあいではないか、という考えを抱きもしたようだけれど、その答えが書かれているメンデルの論文に気づくことはなかった。 メンデルの研究が知られるようになったのは20世紀に入ってからで、遺伝子という名前も20世紀の初頭につけられた。その後、遺伝子は染色体の中に含まれているということがわかってきて、染色体を構成するデオキシリボ核酸(DNA)とたんぱく質のうち、DNAがその本体だとわかる。ちなみに、最近よく聞く「ゲノム」という言葉は、生物の持つ遺伝情報全体を意味するもので、ヒトの場合だと23対の染色体におさめられているということになる。 遺伝子にはたんぱく質の設計図になるエクソンと、途中で削られるイントロンがある。エクソンはヒトゲノム全体の1.5%(朝日2月28日)。残りのほとんどは「がらくたDNA」だという。ただ、がらくただからといって役立たないかというとそういうわけではなく、東京工業大学の岡田典弘教授は「進化の多様性を生み出す原動力のひとつ」と指摘している。 設計図も、がらくたもあってヒトゲノム。ぼくたちに続く生命40億年の歴史は、効率ばかりじゃ語れない。

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