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ちょっと知的な雑学&トリビア

注目の科学者10人(Popular Science選)

2005年9月23日 【雑学なメモ
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PopSci ‘s Fourth Annual Brilliant 10 – Popular Science
Meet the extraordinary scientists whose innovations are bringing us robot cars, new cures and vaccines, the fastest-ever computer animations, and much, much more

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 コーヒーカップを、何気なく運んでいるとどうってことないのに、気をつけてゆっくり運ぼうとしたときに限ってこぼしてしまう。揺れをしずめようと手の動きをあわせると余計に波立ったりもして。皮肉なものとすませていたけれど、今あらためて、そうかあれはスロッシングかと、思い返している。
 スロッシングというのは、英語の原義どおり、水面がうねる現象を指している。言葉を知ったきっかけは、この2月に打ち上げられたアリアン5ロケットに積まれていた人工衛星「スロッシュサット・フリーボ」だ。一辺90センチの立方体という小さな衛星で、内部に33リットルあまりの水を積んでいる。微小重力環境における液体の動きを観測することが目的という。水に満ちた衛星というイメージにひかれて調べていて、スロッシングという言葉に出会った。
 微小重力下で水がどう波打つかを知ることは、火星に人を運ぶときの飲み水や、液体燃料を積んだ宇宙船の設計のためにも必要だろう。ただしスロッシングは、身近な生活にも関係している。たとえば自動車のガソリンタンク内のガソリンの揺れもそうだ。さいきんでは、十勝沖地震のときに起こった石油タンクの火災が、スロッシングが原因とされている。国内の石油タンクのスロッシング固有周期は7秒から11秒だそうで、地震による長周期地震動がこの周期に重なった場合、タンク内の液面は大きくうねる。その結果、浮屋根がはずれて原油が漏洩、揮発し可燃性ガスとなったところに、摩擦による火花が着火したというわけだ。
 スロッシングを知ったことでコーヒーを運ぶ手さばきが上手になったかというと、そうでもない。ただ、カップを手に水の衛星に思いをめぐらすひとときを持てるようにはなった。それはそれでぜいたくなことではないかと、危うくこぼれそうになった黒い液面を眺めつつひと息ついている。

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 なにかをとどこおりなく行ったつもりでも、ぼくたちの行為には小さな淀みがひそんでいる。手を伸ばそうとした方向を微修正したり、つかもうと開いた手の開き具合を調整したり。それは必ずしも意識された修正ではない。研究者リードとショーエンヘルは、それをマイクロスリップと名づけている。
 たとえば卓上にあるものをつかもうとするときのマイクロスリップには、動作をためらう「躊躇」、手の向きを変える「軌道の変化」、ちょっと触ってから変える「接触」、手の形状を変える「手の形の変化」がある。日本では三嶋博之博士らによって追試がされているけれど、「クリームと砂糖を入れたものと、クリームだけを入れたものをそれぞれ一杯ずつ、計二杯のコーヒーを作る」という課題だと、大学生で平均2.6回のマイクロスリップを起こしたという。米粒などまぎらわしい材料をテーブルに揃えると5.3回にまで増える。
 マイクロスリップを起こしにくくする方法もある。ひとつはテーブル上の配置を自分が作業を遂行しやすいように整えること。クリームと砂糖はひとまとまりにして、お湯は別の場所の置くなどの工夫だ。そしてもうひとつは、同じ行為を繰り返すこと。つまり反復練習だ。1回目で5回を超えていたマイクロスリップも、3回目には1.8回になったという。整理整頓や繰り返し訓練というのは、日常でも口にされる心がけだ。
 ただ、マイクロスリップに対して過剰に意識することは避けるべきだろう。むしろぼくたちはマイクロスリップを重ねながら、最適な方法で課題を達成するようにできていると考えた方がいいのではないだろうか。マイクロスリップを起こしやすい複雑な環境は、それだけ多様な行為の可能性があることの裏返しでもある。ましてや、数多くの情報が個人のもとに集まる現代、ぼくたちは小さな小さな間違いを重ねながら、少しずつ今日よりいいと思える明日に向っていく。そんな余裕を認めたいと思う。

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