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ちょっと知的な雑学&トリビア

気持ちの持ちようが痛みの度合いに大きな影響

2005年9月16日 【雑学なメモ
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Expectations About Pain Can Affect Its Intensity, Research Shows :: Wake Forest University Baptist Medical Center
“We found that expectations have a surprisingly big effect on pain. Positive expectations produced about a 28 percent decrease in pain ratings ? equal to a shot of morphine,”

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 山岳部に居たという友人に、あれは確か少し長めの旅の話を聞いたときだった。生きたニワトリを連れていったというエピソードがあって、足手まといだろうになぜと尋ねると、食べるためという回答が返ってきた。肉として運ぶと保存がきかないから、生きたまま運び、食べるときにしめると説明され、納得したのだった。冷凍冷蔵があたりまえにある暮らしをしていると、日数をかけてはこぶ難しさを忘れがちになる。
 枕草子に今でいうかき氷が登場するなど、氷は古くから氷室で保存し利用されてきた。再現実験によると2月から7月まで保存して7割近く残ったという。運搬も順調だったかと調べてみると、近世になっての苦労話が印象的だった。天然氷を江戸に運搬して販売しようとした、中川嘉兵衛による挑戦だ。最初は富士川沿いの氷池で作った100トンの氷を盛夏に運ぼうとして、わずか8トンしか残らず大損害。その後片手にあまる失敗を経て、明治に入ってようやく、函館五稜郭氷として知られる氷事業を成功させることになる。
 冷蔵法のない時代、意外なものを意外な方法で運んだといえば、ジェンナーが発見したことで知られる、天然痘ワクチンだ。1803年、国王の命を受けたスペインの軍医デバルミスは、新大陸にワクチンを届けるため、22人の孤児を同行させた。まず一人に感染させ、膿胞ができるまで10日間ほど待つ。そして彼から膿を採取し、別の子に接種する。万一のために同時に二人に感染させていくとして、この方法で3ヶ月から4ヶ月の船旅ができる。接種が済んだ孤児は、現地で育ての親を探して預けた。デバルミスはメキシコでまた2歳から6歳の孤児を新しく集め、フィリピンまでワクチンを届けている。天然痘撲滅の歴史の初期には、小さな子どもが大きな役割を果たしていたのだ。フィリピン政府サイトにはデバルミスとともに孤児たちをたたえる言葉があった。彼らが届けたのは希望と平和のメッセージであった、と。

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 コーヒーカップを、何気なく運んでいるとどうってことないのに、気をつけてゆっくり運ぼうとしたときに限ってこぼしてしまう。揺れをしずめようと手の動きをあわせると余計に波立ったりもして。皮肉なものとすませていたけれど、今あらためて、そうかあれはスロッシングかと、思い返している。
 スロッシングというのは、英語の原義どおり、水面がうねる現象を指している。言葉を知ったきっかけは、この2月に打ち上げられたアリアン5ロケットに積まれていた人工衛星「スロッシュサット・フリーボ」だ。一辺90センチの立方体という小さな衛星で、内部に33リットルあまりの水を積んでいる。微小重力環境における液体の動きを観測することが目的という。水に満ちた衛星というイメージにひかれて調べていて、スロッシングという言葉に出会った。
 微小重力下で水がどう波打つかを知ることは、火星に人を運ぶときの飲み水や、液体燃料を積んだ宇宙船の設計のためにも必要だろう。ただしスロッシングは、身近な生活にも関係している。たとえば自動車のガソリンタンク内のガソリンの揺れもそうだ。さいきんでは、十勝沖地震のときに起こった石油タンクの火災が、スロッシングが原因とされている。国内の石油タンクのスロッシング固有周期は7秒から11秒だそうで、地震による長周期地震動がこの周期に重なった場合、タンク内の液面は大きくうねる。その結果、浮屋根がはずれて原油が漏洩、揮発し可燃性ガスとなったところに、摩擦による火花が着火したというわけだ。
 スロッシングを知ったことでコーヒーを運ぶ手さばきが上手になったかというと、そうでもない。ただ、カップを手に水の衛星に思いをめぐらすひとときを持てるようにはなった。それはそれでぜいたくなことではないかと、危うくこぼれそうになった黒い液面を眺めつつひと息ついている。

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