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ちょっと知的な雑学&トリビア

若い血のほうが回復が早い

2005年2月19日 【雑学なメモ
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YOUNG BLOOD REVIVES AGING MUSCLES, STANFORD RESEARCHERS FIND- Office of Communications & Public Affairs – Stanford University School of Medicine
In older mice the satellite cells hold the same position, but are deaf to the muscle’s cry for help. In the Nature study, Rando and his group first attached old mice to their younger lab-mates in a way that caused the two mice to share a blood supply. They then induced muscle damage only in the older mice. Bathed in the presence of younger blood, the old muscles healed normally. In contrast, when old mice were connected to other old mice they healed slowly.
In similar work, the group examined the livers of older mice connected to younger lab-mates. The cells that help liver tissue regenerate are less active in older animals, but again the cells responded more robustly when the livers in older mice were bathed in the younger blood. Clearly, something in the youthful blood revived the regenerative cells in muscle and liver.

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 進化についてよくある思い違いは、意図を組み込んでしまうことではないだろうか。キリンの首は高い木の葉を食べるために長くなった、というような。実際はキリンが自分で遺伝子を操作できるはずも無く、意図的に進化の道を決めることはできない。もっともダーウィン自身、進化論をたてる際に育種家の言葉を参考にしているから、勘違いされても仕方ない面もあるけれど。 外適応、あるいは前適応と呼ばれる現象がある。進化上獲得された形質が、後に別の目的に利用されることだ。水中で音を拾うクジラの耳の仕組みが、地上にいた頃すでに獲得されていたのも前適応の一例。鳥の羽もそうで、もともとは飛ぶためではなく保温などを目的としていた。だからティラノサウルスなどの恐竜にも備わっていたのではないかと最近では考えられ始めている。それが後に飛ぶために外適応した。 肺や脚だってそうだ。水中の酸素濃度が下がった時期があって、それに適応して生まれた肺というシステムが、生物が陸上にあがるときに役立った。そして、敵から逃れるために浅瀬の水草に潜む選択をした生物が、水草をかきわけるために用いたのだろう四肢が、後に大地を踏みしめる脚となる。 脳の進化にもあり得るという。アゴが退化する遺伝子変異が起こったとき、すでに火を使って肉を柔らかくしていた人類には影響なく、その結果脳の拡大を受け入れるスペースができていた。頭蓋は前適応していたのではないかと。言葉もまた、会話したいから持ったのではなく、外敵がなく大声で泣いても心配なくなり、母親への感情表示に産声を出していたのが、後にコミュニケーション用に外適応したのではという見方もある。 こうして見ていくと、多くの重大な転機が、意図と関係なく、外適応によって乗り越えられてきた、そんな思いにとらわれる。次の大きな転機を乗り越える何かをも、すでにぼくたちはこの手にしているのかもしれない。

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 長男が小学生になる。子ども部屋をどうしようか。空間配置だけの問題と思うのに、そうはいかない。小さいうちは親が居るリビングに机を配置せよと言う人もいるし、長じてから個室を与えれば自分の権利と思って親に立ち入らせなくなる、幼いうちから与えて親も出入りすべきという人もいる。要するに、間取りではなく子育て論になっているわけだ。 たしかに建築としての家は、家族のあり方と不可分だった。理想の家族に向けて建てられるという見方もある。いわゆる伝統的な民家は、四つ間取りといって土間の横に田の字型に畳部屋が並ぶ。家の主は奥の間に居て、食事となれば囲炉裏のある表の部屋に出てくる。雨の日は土間で子とともに仕事をした。子とどうつきあうかなんて考えたろうか。 大正期、家の中央に廊下を走らせ、玄関脇に応接室を設置するスタイルが生まれる。廊下に面して茶の間がある。その場の主役は夫たる男で、応接室も彼の客を迎える場であったろう。この時期までは「男の家」だったという指摘もある。 戦後、いわゆる公団住宅がnLDKモデルを広め、寝るところと食べるところを分けましょう、寝るところは独立させましょうと推進する。キッチンとリビングが住宅の主役になり、住宅選びに女性の意見が尊重されるようになった。専業主婦化が進んだ時期でもある。その後、賃貸から分譲へという流れもあって個室化が進んだ。 ちなみにわが家は20年余り前に立て替えた田舎の一軒家で、これら歴史をすべて飲み込んだ間取りになっている。子ども用として選択肢はいろいろあったけれど、結局、書斎で余っていた机を与え、そのまま書斎の一角を彼のスペースとした。それが良かったかどうかわからない。いや、きっと正解なんてないのだろう。父の隣で学ぶ彼の姿を見、声を聞きつつ、ときに納得し、あるいは考え直しもするのだろう。そうした過程そのものが、子と関わるということなのだ。

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