ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

痛みが広がるわけ

2004年9月22日 【雑学なメモ
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Mind’s Mirror Doubles the Pain
Nerve damage on one side actually creates a matching injury on the other side of the body.

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 ずっと気になっていながら、どう書けばいいか見えなかったテーマが、今回書こうとしている「無い」だ。学生時代に陽電子は「無い」の別表現と知って以来だから、ずいぶん長い話になる。 物理学者のディラックは、真空は何も無い状態ではなく、負のエネルギーを帯びた電子がぎっしりつまった状態だと考えた。「ディラックの海」という名前で知られている。この海に充分なエネルギーを与えれば、負の電子は正のエネルギーをもって飛び出す。このとき、ディラックの海には飛び出した電子ひとつ分の空孔があく。ぼくたちは負のエネルギーを観測することはできないけれど、この空孔は観測できる。負の電子とまったく反対の性質を持つ「陽電子」として。 空孔理論とも呼ばれるこの考え方に、ぼくは空白の魅力を知った。ぼくたちはふだん実体のあるものだけを見てしまうのに、ディラックの海では空白に意味が生まれる。陽電子を説明した入門書には、人間が係長から課長、部長へ昇進すると見るのではなく、ポストという空席が部長から課長、係長へ下がっていくと考えることもできるとあった記憶がある。 飛行機は揚力によって浮かぶ。揚力は、翼を持ち上げる力ではなく、翼の上面にできる負の圧力が翼を吸い上げる力と考えた方がいい。翼の上面の方が空気が速く進み、圧力が低下するのだ。これもまた、無いことの方に意味があるといえないか。同様に、子どもと絵本『かぜはどこへいくの』を読みながら、この問いかけはロマンティックでありつつ科学的かも、と思ってもいた。温められた空気が上昇して気圧が低下する、そこに空気が流れ込むのが風。ぼくたちはつい「風はどこから」と考えてしまうけれど、生まれるのは風ではなく気圧低下なのだ。 ふと気づく。「無い」というテーマを引きずっていたのも、そこに何かを付け足して生み出そうと考えすぎたせいではなかったか。求めるもの、足りないものがあることを楽しむなら、自らが風となることもできたはず。

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