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ちょっと知的な雑学&トリビア

ほほえみを描く

2001年2月26日 【コラム
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 驚いた。今回のコラムを書くにあたってバックナンバーを検索してみると、笑いに関するタイトルだけで1998年1月以来5回も書いている。しかもそのうち「作り笑い」と「笑い」というタイトルが、それぞれ2回。内容は違うけれど、ふだん同じタイトルをつけないように気をつけているつもりだっただけに意外。深層心理で、それほど笑いを求めていたのだろうか。
 史上描かれた、もっとも有名な「ほほえみ」といえば、モナ・リザのそれだろう。中世キリスト教社会が微笑を聖母子像の表情に限っていた時代のあと、ルネサンスの人文主義を経て描かれたダ・ビンチの傑作。
 19世紀の画家ルノワールは、天真爛漫なほほえみを描いたとして知られる。ところが、彼が活躍した19世紀、微笑を描く画家はほかにいなかったとオルセー美術館のカロリーヌ・マチュ主任学芸員は指摘する(日経1月28日)。ブルジョワ社会だったゆえ、肖像画には威厳が要求されていたというのだ。それでもあえてほほえみを描いたルノワール。
 息子が2歳を過ぎたころ、難しい顔をしていた父親の口の端をひっぱりあげて、「わらってよー」とせがむことがあった。ルノワールは言っている。「人生には不愉快なことがたくさんある。だからこれ以上、不愉快なものをつくる必要なんかないんだ」。
 そうして、ぼくはまた、笑みを主題にコラムを書いている。

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One comment to...
“ほほえみを描く”
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小橋

今日の没ネタ。米離れ、副食品多食型に移行する日本人の食生活カーブ(日経1月27日)。日本への茶の伝来は古代・中世・近世の3回(日経1月20日)。




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 日本でもっとも高いところにある建築物は何か。答えは富士山測候所だ。標高3776メートル、日本でもっとも高い頂に立つ建物だから、この記録が破られることはない。 富士山測候所が設置されたのは1932年のこと。当初は木造。冬になると平均気温氷点下20度、風速20メートルという土地、朝になると吐いた息で布団が白く凍っていたという。現在のアルミニウム合金に立て替えられたのが1970年代の初め。建築には苦労もあった。 資材運搬はヘリコプターに頼るしかないし、建設機械もほとんど使えない。おまけに屋外で工事が可能なのは6月上旬から9月上旬にかけての夏場だけ。こうしたなか、全館暖房の施設がようやく完成した。 測候所で働いているのは通常4人。生活している以上食事は必要で、調理担当者もいる。勤務は3週間交代(日経1月26日)。4人がローテーションしている。交代といっても、冬の「通勤」はたいへん。早朝6時ころふもとの基地を出発、5合目まで雪上車でのぼる。そこから山頂までは歩いて5、6時間。 突風に備えて登山道には測候所職員用の手すりが備え付けられているものの、雪道は凍っているので滑ると危ない。命がけだ。 日本最高地の職場への出勤。この光景を考えると、都心の「痛勤」もなんとか耐えられるだろうか。

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 最後の一枚を小さな手がとっていく。子どもの好物だ。よくそのまましゃりしゃりと食べている。ご飯にまいて食べるんだよ、と何度注意しても。 日本で生産されている海苔は、年間およそ100億枚。ここでいう1枚の大きさは19センチ×21センチ。焼海苔になったり味付海苔になったり、ふりかけに入れられたり。 8世紀、大宝律令では「ぬらぬら」と呼ばれ租税の対象となっていたというから、海苔の歴史は古い(日経1月31日)。自生するのは河口部の浅い海だけで、当初は貴重品だった。 養殖が始まったのは江戸時代。将軍に献上する魚を飼っていたいけすで、木や竹でつくった囲いに付着しているのを見て思いついたのだとか。ただ、気象によって収量が大きく変動するので、「運草(うんぐさ)」なんてあだ名がついたりもしている。 さて、海苔といえばおにぎり。おにぎりは源氏物語の頃に登場した「屯食(とんじき)」が原型とみられるけれど、さて、そこに海苔がまかれるようになったのがいつか、定かでない。紙すきをヒントに現在の干し海苔につながる海苔のすき製法がはじまったのが江戸時代とされるので、それ以降ではあるのだろう。 手にした海苔を口にしようとして、「まいて食べるんやな」とご飯にもっていく。ともあれ、わが息子にとっての海苔まきは、ここ数日が起源である。

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