ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

味覚の進化

2004年7月22日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 暑い日の一杯のビールは美味しい。ビールは、喉にある水を感じる神経を普通の水より刺激する。喉が渇いたときのビールが格別なのはこれが理由。もっとも苦味を美味しく感じるのはヒトならばこそで、本来は毒物の信号として避けるのが無難だ。その意味では酸味も腐敗を示すもの。すっぱいと顔がくしゃくしゃになるのは、原始時代、これは酸っぱいから食べるなと表情で仲間に示すことができた集団ほど生き残れた名残ともいう。
 うま味と甘味は進化の初期段階では区別されていなかった。味覚は進化とともに複雑化したわけで、ヒトはひときわ味を楽しむ生物といえる。ただ、味を感じるセンサーの数についていえば、ヒトの舌にある味蕾が約5000個に対してナマズは体表面だけで17万個以上、桁が違う。ぼくたちにナマズほど味蕾が備わっていたら、入浴や水泳のときにどんな思い、というか味わいがするだろう。想像すると、なんだかぞくぞくしてしまう。
 嗅覚は味覚の受容器の一部が変わったともいう。生物が水中から陸上に進化したなら、味覚だけでよかった状態から嗅覚も必要になる道理だ。子どもの歯磨き粉などの「イチゴ味」「バナナ味」も、味というより匂いが「イチゴ味」を生んでいる。鼻づまりのときには味がしない。
 ちなみに辛さというのは味ではなくある種の痛み刺激。唐辛子の辛さであるカプサイシンを口にしたときにはたらく受容体は、温熱刺激を与えたときにも活性化する。辛さはまさに「hot」で、英語は適切というか、みもふたもないというか。日本語の味に関する表現は、「ヒリヒリ」「ピリッ」といった擬態語のほか、「サクサク」「シャキシャキ」など擬音語による形容もゆたか。舌だけではなく、匂いや見た目はもちろん、耳も澄ませて味わってきたということだろう。近年のにぎやかな環境では、いかに舌を鍛えようと、美味しさが半減する気がしないでもない。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

5 comments to...
“味覚の進化”
Avatar
小橋昭彦

書籍『味のなんでも小事典』は味に関するトリビアがいっぱい。編纂したのは「味と匂い学会」です。味については、「Webマガジンen」のバックナンバーに収録されている「食を探る」というシリーズも参考になります。「うまさの科学」「おいしさの科学」「チョウと食草をつなぐ味覚」も参考に。「過去のコラム「味わいを知る [2001.12.14]」でとりあげた「都甲・林研究室」の味覚センサー関連情報も役立ちます(あらま、またビールから入ってしまったか)。それから、味覚研究はようやく進み始めたところというのが現状のようでもあり、「Robert F. Margolskee」博士と「DAVID V. SMITH」博士による「解き明かされる味覚の情報伝達」に最近の動きがあります。


Avatar
kiyokake

学校での給食といえばいろいろ思い出が有りますが、小学生時代の私には米進駐軍の提供による「脱脂粉乳」を飲んだ時が最初で、飲めなかったのが思い出にあります。これが終戦後始めての給食ではないでしょうか。
また 初めてコーラを飲んだ時あの咽を刺激する炭酸の味は飲むに従い好ましいものとなり最初の印象とは違うものとなりました。時は移り今は何でも欲しい物が食べられますが味付けも変わり塩や砂糖を控え目にする傾向です。甘党の私にとって甘さ抑えたケーキはおいしいとは思えません。海外に行った時にいただくそれはなつかくさえあります。


Avatar
光橋

よく鮫は血のにおいで集まってくると言われますが、水の中の生物は基本的には嗅覚は無いのでしょうか?鮫は進化して嗅覚はあるのでしょうか?


Avatar
佐藤

ファンタを鼻をつまみながら飲むと
オレンジとグレープの違いが分からないという
トリビア


Avatar
小橋昭彦

光橋さん、ありがとうございます。

魚にも嗅覚はあります。ただ、陸上の生物ほど多くは感じとれないようです。鮭が川に戻るのは匂いを頼って、といった仮説もありますね。

・サケ科魚類の母川回帰機構:嗅覚仮説における河川の“匂い”とは何か?
http://www.affrc.go.jp:8001/salmonid/rn1/researchnote.8.html




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 子どもに絵本を読み聞かせていると、空から落ちてきたバッタが4枚の羽を広げて飛ぶシーンがあって、そうか昆虫も4枚なのだとあらためて気づく。今、鳥の羽は2枚が主流だけれど、初期の鳥はどうやら4枚の羽を利用していたのではないかと、考えられるようになってきた。ちょうどそのことに思いをめぐらしていたところだったのだ。 最古の鳥の化石として知られるものに1877年に発見されたアーケオプテリクスがある。後足には羽と思われるあとが残っていて、その位置づけについて論争が続いていた。近年になって足に羽がある恐竜の化石が中国で見つかったことで、初期の鳥は4枚羽でグライダーのように滑空したのではないかという説が有力になった。 鳥が生まれた頃、地上には恐竜が闊歩していた。鳥類を恐竜の一グループと考える学者も増えている。柔らかく化石に残りにくいだけで、実は白亜紀後期の肉食恐竜には羽があったのではないかというわけだ。ぼくが子どもの頃、ティラノサウルスはゴジラのように直立型で想像図が描かれていた。今では脚の付け根付近を支店に、ヤジロベエのように、頭部と尻尾でバランスをとる図が描かれる。あと何年かすれば、鮮やかな羽毛で覆われた想像図が一般的になるかもしれない。 初期の鳥類がいた当時、空には翼竜が羽を広げていた。同じ空を飛ぶけれど、こちらが鳥の祖先というわけではない。彼らは大きな翼でハングライダーのように飛んだことだろう。飛ぶのに適した脳と内耳を持ち、優雅に飛び、狩りをしていたものと考えられている。空を支配していたのは彼らだった。 やがて翼竜は滅亡し、空は鳥のものになる。そんな中、草むらからはときに昆虫が空に向かい、やがて哺乳類の中にコウモリなど、グライダーのように飛ぶものが現れる。大空を舞台にした、生命の移り変わり。それを思うとき、ぼくの心も、ふわっと空に昇る。

前の記事

New Scientist
Yawning is catching in chimps

次の記事