小橋 昭彦 2004年3月30日

 チンパンジーとヒトは、DNAレベルではほとんど違わない。進化するというと何か新しいことが加わったと考えがちだけれど、むしろDNAが失われたことこそ、ヒトへのきっかけとなったのではないかという説も有力だ。その観点から注目されるのが、米ペンシルベニア大などの研究チームの発表。
 それによると、現代人への進化は、MYH16と名づけられた遺伝子に起きた突然変異がきっかけだったのではないかという。アフリカや南米、日本など、世界各国のヒトを調べたところ、共通してこの遺伝子が壊れて機能しなくなっていた。一方、チンパンジーなどヒト以外の七種の霊長類では、MYH16は正常に機能していた。この変異がいつ頃起きたかを調べると、およそ240万年前。現代人に近い特徴を持ったホモエレクトスが出現する少し前と、時期的に一致する。
 この遺伝子MYH16は、あごの筋肉の形成に重要な役割を果たしているという。つまりヒトは、MYH16が壊れたことでアゴの筋肉が退化、かわって頭蓋骨が大きくなり、脳をおさめる空間が出来て、今のように知性を発達させたのだと。
 何かを失うことで、別の可能性が生まれる。このことを、ぼくたちはつい忘れがちになる。進化とはそういうものではないのでこうした仮定には意味がないのだけれど、仮に240万年前、アゴの筋肉を失うかどうかという選択をしなくてはいけなかったら、どちらを選んだかと思う。アゴが弱くなることは、食べるという生存の基本行為で弱点を持つことになる。その選択を、しただろうかと。
 この論文は、発表号の科学誌のカバーストーリーになっていて、見出しには「脳対筋肉」とあった。英語ならbrain対brawnとごろがいい。240万年前、ヒトはbrainを選択し、現代に至る道筋を得た。いま、世界はどうだろう。240万年前と違ってbrawnに頼ることが多いような、そんな気がしないでもない。

4 thoughts on “あごから進化

  1. なお、文中「進化とはそういうものではない」の主旨ですが、進化というのは、突然変異で多様な形態が生まれ、環境の中で結果としてある種や形態が生き残る、というもので、環境が先にあって、生命が主体的に突然変異を選択をするというものではないという意味です。

    ですから、正確にいえば「240万年前、ヒトはbrainを選択し、現代に至る道筋を得た。」という文章も間違いということになります。

  2. “あごの筋肉が退化”したから、1)火を使ってモノを柔らかくして食べざるを得なくなった(火の使用)、2)喉頭内が変化して、発音ができるようになった(言葉の使用)、3)“噛みつく”という武器を捨てて逃走せざるを得なくなった(直立歩行の推進)、ということなども想像したりします。

    それにしても、「最近の食べ物は柔らかいものばかりなので、子供達のあごの発達が衰えてる」って、そもそも順序が逆だったのでしょうかね。面白いですね。

  3. 最近の若い女性などに多い顎関節症は、顎が小さくなりより進化したってことですかね?私も数年に1回位のペースで発症するのですが(歯ぎしりが原因だそうで、マウスピースを作りました)、これが歯痛ではなく、顎が痛いと判明するまでは何度も歯医者に行っては「何ともなっていませんが」と帰されました。重症の時は頭まで痛くなり、「顎とこめかみはつながっている」と実感します。
    ところで、旧約聖書の「失楽園」で、禁断の実を食べたアダムとイブが知識を得、神にエデンの園を追い出される時に「女の出産の苦しみを大きくする」と言われる部分があります。これは頭蓋骨が大きくなっったので人間の出産が大変になったと示唆しているように思えてしまうのですが。

Leave a comment.

Your email address will not be published. Required fields are marked*