浮力と対流
ペットボトルを風呂場に持ち込んだ長男が、蓋をして湯船に押し込む。手を離すと一気に水面上へ。「ロケットみたい、なんで」尋ねるので、中に空気が入っているからと答える。しかしそれは、誤解を招く表現かもしれない。空気に上に向かう力があるわけではない。
浮力は重力があってこそ成り立つ。無重力の宇宙船内でヘリウムガス風船を作っても浮かばない。1リットルのペットボトルを水に入れると、1リットル分の水が押しのけられる。水は1リットルで1キログラムなので、ペットボトル全体の重さが1キロより重ければ沈むし、軽ければ浮かぶ。それだけのこと。水面上に飛び出たペットボトルは、1リットル分の空気を押しのける、その体積分の空気よりペットボトルは重いので、それ以上は浮かばない。魚が浮き袋を膨らませると浮くのは、膨らむことで体積を増やし、結果的に体積あたりの重さを水より軽くしているわけだ。
さて、浮力は対流を生む。温められた水が上昇し、代わって冷たい水が底に沈むことで、風呂釜に渦をつくる。風呂だけじゃなく湯呑みから大気まで、対流は地球上のさまざまな場面にみられる。宇宙船内では対流が起こらないので、ろうそくの炎は上に伸びず消える。
脳の形を作ったのも熱の対流だという説がある。脳科学の中田力博士がコンピュータで対流をシミュレーションしたところ、実際の脳の形とほとんど同じになったという。宇宙船で生まれた子に脳が形作られないことはたぶんないだろうけれど、進化と形について考えさせられる理論だ。
アルキメデスの原理を学んだのは中学生時代だった。なのに日常では、浮力とは浮かぶ力を内在しているように感じていたことにあらためて気づく。ぼくが地上に立っているのも、自分が体積分押しのけた空気より重いからに過ぎない。そうやって、まわりとの関係の中で自然に、地上にある。そのことを、あらためて見つめなおしている。
“浮力と対流”