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ちょっと知的な雑学&トリビア

なぜに嫌う

2004年2月19日 【コラム
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 お兄ちゃんを待つ間、2歳の次男は、昨日の雨で湿った幼稚園の砂山を滑り降りている。ズボンのお尻は泥んこ。まいったなあ、車に座るのになあ、手で払いつつ、一方で子どもが服を汚すというあたりまえのことを嫌うなんて変だぞと自分に突っこんでいる。
 嫌悪感は、人類を疫病から守るためにあるという。汚れたタオルや赤らんだ人の顔の写真などを見せて嫌悪度をチェックしてもらった結果、疾病に感染しやすい状況の写真の方が、似た写真でも、より嫌悪感を感じる結果になった。言い方を変えれば、疾病の原因を嫌う感受性を持った人が生き残ってきた結果、嫌悪感が現代人に備わっていると。
 ぼくたちには、ネガティビティ・バイアスと呼ばれる傾向がある。人を判断するとき、好ましい情報より、好ましくない情報に重点をおくのだ。社会的に好ましくないものに対して注意を払った集団ほど生存率が高かったからという説明がなされたりもする。こうして嫌悪感もネガティビティ・バイアスも進化の結果だといわれると、なんだかむなしい気持ちにならないでもない。
 ネガティビティ・バイアスについては、ポリアンナ仮説というのもある。人間は基本的に自分のいる世界は良いことが多いと信じている。だからネガティブな刺激が目立つのだと。ネガティビティ・バイアスを逃れるには、評価する対象のことだけを考えると良い。悲観的にものごとを見る人でも、その問題だけをじっくり検討すれば、正当に評価できるという。ただ、忙しい職場では上司はさまざまな課題を並行処理しているから、どうしてもネガティビティ・バイアスがかかりやすい。うちの上司、人の失敗ばかり覚えているというのも仕方がないということか。
 ただ、ネガティビティ・バイアスは、時間がたつとなくなる。どんなに嫌な印象を持っていたことでも、最後には公平に判断できる。時の持つやさしさだろう。

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8 comments to...
“なぜに嫌う”
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小橋昭彦

嫌悪感についての研究レポートについては「Survey shows disgust emotion evolved to safeguard humans from disease and secure adaptive advantage」をご参考に。「BBC-Disgust」であなたも嫌悪感チェックできます。ネガティビティ・バイアスを乗り越える調査は「STUDY SAYS PESSIMISTS CAN OVERCOME NEGATIVE BIAS IN SOME CASES」をどうぞ。


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よう

嫌悪感は自分を守る為の所作の一部なんですね
どうしても好きになれない人は
やはり自分には「負」の働きをする何かを持っているのかも知れない。


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さとみ

はじめまして、さとみと申します。
先日ネットの知り合いに紹介されて興味をもち、今回のメルマガから購読開始させていただきました。

嫌悪感とネガティビティ・バイアスのお話、とっても面白かったです!
小橋さんは「進化の結果だといわれると、なんだかむなしい気持ちに」とおっしゃっていますが、私は、それらが進化の結果だと思うと、つまりは自然な姿ということで逆にホッとしました。
きちんと意味があってのことなのか、と。

今後も楽しみにしております。


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汚れたタオルと赤らんだ顔の人が同列に説明されることは悲しいと思う。まして嫌悪感に関する話題である。
汚れたタオルは個人の問題だけれども、赤ら顔は生まれつきとかもあるのでは。
実験の事実を述べることは正しいけれども、読者はいろいろといることも大切だと思う。


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えんぴつ

会社のお昼休み、食後にBBCの嫌悪感チェックをやってしまって、後悔してます。こういうの弱いんです。
皆さんもお気をつけ下さい。


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Fsue

嫌悪感チェックをしようとして開いたページに嫌悪感を感じてしまいました。え、えいごがわからん。


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小橋昭彦

まさん、ありがとうございます。

うちの子どもも、ある理由からとっても赤い顔をしているので、もちろんそれも考えて表現したつもりですが、なるほど、赤い顔が否定的に読めるかもしれません。ごめんなさい。

汚れたタオルって別に嫌う必要ないし、それと同じ理由で、赤ら顔を並べただけでした。なるほど、汚れたって言葉に否定的意味を感じれば、この並置はいただけないですね。ごめんなさい。訂正します。


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ジャージ

数ヶ月読ませていただいていますが、アホなので(^^)、難しい単語が理解できないときが多かったのです。それが最近不思議なんですが、だいぶ分かるようになってきました。

今日のお題は、おーー!そうか、そうだったのか、と有難い発見につながりました。
だから、人って何かに始めて接したとき、見たとき、ダメな点っていうか良くない点を先に発見しちゃうんだ、そうか0。
頭良くなった気がする。これからも楽しみに読みます。ありがとうございます。
(アホなコメントですいませーん)




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 消失点に向かって収束する直線を何本か想定し、それに添って描いた線に、垂線や水平線を付け足して、箱の絵を描く。透視図法といわれるこの方法を知ったのは中学生になったときだった。あの日の驚きを、今も覚えている。箱のどの側面を正面にしても、同じ要領であっという間に絵が描けた。しかも、ずいぶん整った形で。今にして思えばあのとき、ぼくは世界を人間の尺度で描くことを知ったのだ。それまで絵というのは、自然を自分なりに筆に移す感性の範疇だったのが、透視図法は理論的で、機械的だった。理論で絵が描けるという驚き。世界を見る、もうひとつの手法を知った思いだった。 アルフレッド・クロスビーは著書『数量化革命』で、ものごとを視覚化・数量化してとらえる技術が発達したのが、ヨーロッパ帝国主義が成功をおさめた一因だと指摘している。中世・ルネサンス期、西欧において「数量化」が進められた。年代にすれば1300年前後のこと。機械時計が登場して時間はきっちり計れるものとなり、書物には目次が振られて読みやすくなった。絵画においては遠近法が完成し、経済においてはイタリアで複式簿記が生まれ今に至る企業会計の基礎を作る。 数量化以前はどうしていたかといえば、たとえば14世紀の料理本には「詩篇51篇のミゼレーレを唱える時間の長さだけ」卵をゆでるように指示されていたというし、音楽は記憶に頼って伝えられるものだった。書くという行為もまた語る行為と同一で、黙読という習慣は珍しかった。 今、数量化されていない世界を考えるのはむしろ難しい。あの日以来、数量化や視覚化のテクニックもさまざまに学んだ。それでも、たとえば子どもが、描いた家族の絵を、少し大きいのがお父さんでとても小さく描かれているのが赤ちゃんでと説明するのを聞いていると、数量化では見えないもうひとつの真実がそこにある気がして、自分の中に眠っていた何かが、少し頭をもたげもする。

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