ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

原始の悪夢

2004年1月22日 【コラム
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 金縛りにあった経験のある人はどのくらいいるだろう。おそろしい夢を見、身体を動かそうとしても動かせない。もっとも動かせたら身体は過剰に反応して周囲に迷惑をかけることだろう。心理学者ジュヴェは、夢を見ることが多いレム睡眠時に、筋緊張が消失する現象を発見している。そのおかげで、驚き怖ろしい思いをしても、夢の世界の動きだけに終わらせることができる。
 そもそも怖い夢、恐ろしい夢など見なければいいのにと願うけれど、悪夢にもそれなりの価値があるらしい。人間はずっと長く原始時代を生きてきたわけで、その間に身についたと考えるのが、夢のシミュレーション仮説だ。逃げたり闘ったりする夢を見ることで、いざ現実の場面に出くわしたときの模擬訓練をしているというわけ。夢の中で訓練をつんだ個体ほど生存確率が高くなる、こうして夢を見る人たちが生き残ってきた。
 夢が生存競争を生き残らせてきたとすれば、ヒトだけに限らなくてもいい。実際、ネコでも睡眠時に脳が活性化し、人間と同じように眼球の急速な運動が起こることが確かめられている。ただ言葉を持たないネコは、それを解釈することをしないから、夢を見ていると言えるかどうか。ちなみに、アラン・ホブソンは、脳の活性化がまずあり、それによって発生したイメージを連想や記憶をからめてつなぎあわせたのが夢だとしている。寝ている間は脳内の化学環境が起きているときと違うから、つなぎあわせようとするときの分析力や注意力が弱まり、夢の特異性を生む。
 4月に6歳になる長男が、このところ夢を怖がっている。何かストレスを与えていないかと反省しつつ、一方で、彼はいま社会の厳しさへのシミュレーションを積んでいるのかと、そんなことも思う。レム睡眠そのものは大人より赤ちゃんの方が多くとっているわけで、子どもたちはそのたびに原始世界にタイムスリップし、生存への備えをしているともいえる。なんともけなげで、壮大な夢。

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10 comments to...
“原始の悪夢”
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小橋昭彦

アラン・ホブソンの『夢の科学』はおもしろいです。夢については過去のコラム「夢の色」「なぜ夢を」及びそのとき紹介した参考サイトもご参照ください。


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kiyoto

文中の「ただ言葉を持たないネコは、それを解釈することをしないから、夢を見ていると言えるかどうか。」何故かひっかかりました。どういう意味なのでしょうか? 最初は“ネコには夢を見ていると認識できないから脳内シュミレーションか現実に起こった事かの判断が出来ない”と勝手に解釈しましたが、それと「言葉を持たない」という事が繋がらないようだし・・・。


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小橋昭彦

ネコの脳が活性化しているという事実があるとします。それはいわば肉体的できごとですよね。肉体的できごとは「夢」とは呼びません。

人間の場合は、言葉を持っているから、その肉体的できごとを「空を飛んでいる」などと解釈して表現でき、だから夢として成り立つ。しかし、ネコにとってはあくまで肉体の反応であって、脳内の活動に過ぎない。それを現実の身体に結び付けて解釈をしないから厳密に「夢」とは言えない、という意味です。

ええと、まだややこしい説明ですが、おおむねおわかりいただけましたでしょうか。


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sam

2歳3ヶ月の息子がいます。
先日、着替えのときに何回も逃げるので、思わず背中を叩いてしまいました。その夜のことです。ハンモックで寝ていた息子がぐずりそうだったので、様子を見に行きました。起きないようにハンモックを揺すっていると、「ぱぱ」といったので顔を近づけました。そうしたら、薄目を開けて、近づけた顔の顎をぎゅっと指先でつまんだ後、パシッと私の顔を叩きました。そのあと、起きずに寝て、翌朝は機嫌良く「おはよ」といって起きてきました。
レム睡眠で夢を見ていたと思うのですが、幼児期には筋緊張が消失する現象が薄いんですかね。寝ていながら、手足をバタバタさせることは日課だし、お座りしたり、立ち上がって歩くこともありますから。


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waraineko

どの番組でしたか忘れましたが、猫が夢を見るかどうかの実証実験をみたことがあります。筋弛緩を遮断する処置を受けた猫の睡眠中の行動を追ったのです。猫は完全に寝ているのに、(レム睡眠の脳波をちゃんとチェック)突然起き上がって攻撃態勢になって威嚇したり、猫パンチをだしたり、捜すように歩き回ったりしてました。だから、やっぱり猫も夢を見て、シュミレーション訓練をしているのではないでしょうか。
それにしても、「夢でシュミレーション訓練」は、目からうろこの発見です。


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小橋昭彦

warainekoさん、ありがとうございます。おもしろい実験ですね。番組の通り、ネコもおそらくシミュレーションしています。だからたぶん、ヒトと同じなんですが、それを「夢」と呼ぶかどうかは、「夢」の定義次第ですね。コラムの中では、夢という言葉を狭く定義して、シミュレーションしたことを「空を飛んだ」とか「怪獣に追いかけられた」と言葉で解釈してはじめて「夢」と呼べるとしています。


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MAX

犬を飼っている友人が「ウチの犬は寝言を言うのよ0」と言っていたのを思い出しました。
友人によると、笑ったり、うなったり、結構忙しいらしい。
そして急に揺り動かしたりすると目を覚ましてきょとん?となるのが面白いらしいです。

ところで、発明家や芸術家が夢から発想を得て朝飛び起きて・・・という話、
よく聞きますよね。
日常の「常識的発想」を飛び越えて何らかのヒントを与えてくれる夢。
だから悩んでいることが夢に出てくるのでしょうか。
・・もちろん、夢の中でも悩むばっかりで解決しないときもありますが(笑)。


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sukuna

昔猫を飼っていたのですが、あるとき寝ていた猫が急に飛び起きて2、3歩歩き、あたりを見回してからまた戻って寝たのを見ました。
これは何か怖い夢を見て驚いて走り、夢だと判って(というのは人間的解釈なので、怖いものはないと気づき)また寝たのだろうと思いました。
猫が目が覚めても夢のことを覚えているとか、夢と現実を区別しているかは別として、猫にも夢はあるのではないか。


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honda

僕は昔から心理学とか好きだったのでアランホブソン
の「夢の科学」を読んでみました。フロイトの「夢判
断」は納得できない部分が多かったので、かなり感動
してふるえながら読みました。実際に自分でも日記と
夢日記を書いてみる事にしました。先日見た夢が面白
いので紹介します。

20040207saturday 夢日記 
少しローカルな市民会館のような所での、リサイタル
のような歌だか芝居だかを家族(うちのワンコも)そ
ろって見に行った。
自分たちの目的ではない演目を延々とやっていたが、
その内ある演目の出演者らしいスタッフ(声をかけて
きたのは皆、以前つとめていた会社にいた一見面倒見
の良いようだが少し信用できないような微妙な感じの
人の顔だった。)からうちの犬を出演させたいと言っ
てきた。一応心良く応じた。うちのワンコは犬ではな
くイルカの形をしていたがおとなしく犬のようにおす
わりをしていた。

その後しばらくして、今度は別の演目の出演者から僕
の息子を出したいと言ってきたので僕の息子は可愛い
し、この日の為にずっと練習してきたのだからガンバ
レよと思った。(たぶん、息子への依頼が先だったよ
うな気がするがハッキリしない。)ワンコの出番には
家内が付き添って指定された遠くの席に座っている。
僕は息子を付き添っているつもりだが遠目に心配しな
がら遠慮がちにウロウロしていた。息子を誇らしいの
だが中々近づけず周囲の関係ない人たちが自分たちの
近くに息子を呼んでさらに離れていく。息子も不安そ
うだと思ったら、そこにすわっているのは出演待ちの
イルカの形をしたうちのワンコだった。

案の定、暗くて知らない人たちに囲まれたうちのワン
コはドンドン息が荒くなり、肩が上下に動いている。
いきなり、一目散に僕の方に走ってきたがそのまま横
を通り過ぎて家内の席までイルカの形なのに何の苦も
なく走った。僕はワンコの名前を呼びながら追いかけ
て家内の席まで走った。皆でもーこんな所早く帰ろう
と提案したところでハッと起きた朝の6時40分だっ
た。


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honda

夢と日記で試行錯誤しているとこんな夢を見たので報
告します。

20040301monday夢日記
仕事で急遽、政府専用機でたぶん小泉さんといっしょ
にアメリカに行く事になった。いきなりかっこういい
ストーリー展開で僕は表面的には冷静にしながらも内
心うれしく思いながら、あわてて家内にパスポート等
の準備をしてもらった。飛行機への搭乗の場面等無く
いきなり次のシーンではアメリカに着陸した所から
だった。少しせまい機内から降りられず座席に着いた
ままトラブルが発生しているらしく周辺の政府高官の
人たちがあわただしく行ったり来たりしている。どー
やらこのまま日本にトンボ帰りするようだ。ちゃんと
したアナウンスの無いまま機体はゆっくりと動き出し
たがすぐに物凄い重力を感じた。『気持ち悪くなりそ
うで自分の置かれている状況を少しだけ後悔した。』
すると更に左右に体を振られジェットコースターのよ
うだった。ディズニーランドのスペースマウンテンに
乗っているようだ。「なんで暗いんだろう?」と思う
とやがて窓に光が差し込み外が見えた。アメリカ軍基
地内の滑走路を今飛ぼーと更に加速し、離陸したが地
面が下っていて水平に飛び立った格好になっている。
窓からはアメリカ人に混じって日本人と思われる人た
ちの姿も多く見受けられる。せっかくここまで来たの
になんだかスゴくやり残した印象が強く残念だ。その
後も陸地の上空は低空飛行を続け、木や山の形状に合
わせて激しく上下に動きヘリコプターのような動きで
「まるで夢の中の出来事のようだ」と思ったら、すぐ
に海上にでて機体は安定した。政府の人たちも大変な
んだなー!と思った所で目が覚めた。5時50分だった。

そのまま忘れないようにメモをとっていると5歳の息子
が横で怖い夢を見たと言ってきた。天井からたくさん
の目がでてきたんだって、それは怖いね0!僕も小さ
い頃はただやたらと怖い夢を見たな0彼にとっては切
実な事なんだけどなんだか可愛いな。

ここの所、官庁関係を含む大きめの仕事の見積が多い
のでその上り調子な状況になんとか乗りたいと強く
思っている事が影響しているのかしら?と思った。

また今回感じたのは「」内の夢の不思議を感じた途端
に場面が好転する現象を発見した。逆に『』内のネガ
ティブな印象は状況を悪化させるのかもしれない。こ
の心理的印象を訓練すれば夢をコントロール出来るの
かもしれない。




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 その物理学論文を読みながら思い出していたのは、ポーの「メールストロムの渦」だった。大渦に巻き込まれた男が、奇跡の生還を果たす。ただ小説の場合と違って、ブラックホールに落ち込むという、論文に描かれた状況はより厳しい。多少なりとも生きながらえるすべはあって、それが論文を書いたゴットらの主題だが、腰の周りに質量1京2800兆トン以上の巨大な輪をまとえばいい。 メールストロムに続いてタイタニックを思い出し、緊急時の脱出機構について調べてみる。戦闘機の脱出装置を作っているマーティン・ベーカー社によれば、これまで7000人を超えるパイロットの命を救ったとか。宇宙船としてのスペースシャトルには備わっていない。コストや重量などとの兼ね合いだ。潜水艦にも同様の問題があり、今は英国で開発されたSEIEという、水面に出てからも体温を保つことができるスーツが人気。 ブラックホールに戻る。ブラックホールでは、足から先に落下したなら、つま先が引き込まれ、肩は押しつぶされる。うどんのようになってしまうわけだ。その時間は0.1秒足らず。痛覚の伝達速度をおおむね秒速10メートルとすれば、「あいた」と感じる余裕はありそうだ。冒頭の救命具は、重力で足と頭を引っぱることにより、この時間を26分の1に短縮するという。痛みを感じる間はなさそうだし、生きながらえる時間が0.09秒増えるから、ほんの少し、人生が長くなる。ただ、国際宇宙ステーションでさえ完成時の重さが450トンというから、救命具を作るのはたいへんそう。胎児のように丸まって肩の線を中心に向けることにも効果があるという。 星の世界を渡って後のコンマ以下の人生に意味があるかはわからない。いや、だからこそ意味があるのか。相対論効果を考えれば、この数瞬は地球から見ている人にとっては永遠に近い時間ともなる。その数瞬を、どう生きるか。救命具以上に重い課題だ。

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 養蚕を営む隣家は、今も桑畑に囲まれた古民家の風情を残す。夏になると小屋からかしゃかしゃと葉をはむ音が漏れ、やがて幼虫たちは天井から吊るされた格子状の箱のそこかしこで繭を作る。日にかざせば、透き通った繭の中に身体を丸める幼虫が見える。 それらが成虫になることは、ない。殻を破る前に殺されるからだ。たとえ野に放しても、成虫は身体が重すぎてほとんど飛べず、捕食者から逃げられない。伝説によれば、養蚕は紀元前2640年の中国で始まったという。当時から人は蚕を、絹の生産に適すように「改良」してきた。 現代の遺伝子工学は、土壌細菌とトウモロコシなど、自然界では考えにくい組み合わせまで実現する。ぼくたちはかくも、自然に手を加えないではいられない。リンゴもイネもネコもブタも、手を加えられて今ある。それは必ずしも一方的ではなく、稲に一面を覆われた水田が同時に多様な生態系を生み出していたりするし、猫も、改良されつつ人を利用してきたかもしれない。 ショウジョウバエとヒトは、およそ6億年前に分かれたという。それでも、ヒトの病気を引き起こす突然変異遺伝子289のうち、177がショウジョウバエにも見られるという。仮にいま大きな方眼紙の上にぼくたちが立ち、その隣に、遺伝的距離の分だけ離れてチンパンジーに立ってもらう。むこうには、同じ池で見つかった二匹のサンショウウオ。さらに遠くにはショウジョウバエもいる。注意してみれば、二匹のサンショウウオ間の距離のほうが、ぼくたちとチンパンジーの距離よりはるかに離れていたりする。 今はしばし、自分の地図で世の中を見るのを避けてみよう。大きな方眼紙を広げ、それぞれの「間(ま)」に注意を払う。この数千年、蚕はその上を、どれほど移動しただろう。いまトウモロコシを、どれほど移動させようとしているのだろう。ぼくたちは、その方眼紙の中央にさえ、立っていない。

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