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ちょっと知的な雑学&トリビア

折り紙と数学

2003年11月10日 【コラム
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 折り紙をしよう。まずは一回目の折り方。再現性がない適当な折り方を禁じれば、残るは二通りしかない。対向する角を合わせて三角形に折るか、向かい合う辺を重ねて長方形に折るかだ。しかし、いったん長方形を折って開けば、中央に一本線が入り、辺の中点がわかる。これを利用すれば、折り方のバリエーションは四通りに増える。
 そのひとつを試してみよう。中点のついた辺を上にして、中点から右下の角に線を引く形で、谷折りする。右上の角を内側に折り込む形だ。このとき、上辺の右半分は内側にくるが、あいまいな位置にあるように見えて、そうではない。これをまっすぐのばせば、左側の辺にいきあたる。この交点は、左側の辺の下から三分の一のところにあたるのだ。普通に導こうとすればややこしそうな三分の一の点が、これだけのことで見出せる。
 紙を折ることは、さまざまな幾何学的可能性を生んでいることに他ならない。オリガミクスとも呼ばれる、折り紙を通した数学が生まれるゆえんだ。折り紙は、人工衛星の太陽電池パネルの閉じ方や車のエアバックのしまい方など、さまざまな応用を生むのにも役立っている。コンピュータ折り紙という新分野を生んだ数学者エリック・ディメインは、研究を進めるなかで、折り紙に一回ハサミを入れるだけで、三角形からニューヨークの摩天楼まで、どんな形でも作れることを発見した。
 折り紙が数学に新しい可能性を開いたのは、折れ線の展開という過程に注目したからだ。だからたまには、自分が日々どんな折れ線をつけながら生きてきたかと振り返る。絵本部屋では1歳半の次男が、長男が残した折り紙を不思議そうに手にして、なにやら折りたそう。けっきょくくしゃくしゃにして紙を無駄にすることになるんだけど、とりあげるのはしばらく待っていよう。いつか彼の手もとで、太陽系の外へ出て行く人工衛星が生まれるかもしれないから。

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10 comments to...
“折り紙と数学”
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小橋昭彦

Erik Demaine」のサイトをご参照ください。また「Tom Hull」のサイトでも折り紙と数学関連情報が得られます。「origami&math」もどうぞ。日本語では、「折り紙と数学」「折り紙と数学と」「折り紙探偵団」などをどうぞ。


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中村浩明

> いつか彼の手もとで、太陽系の外へ出て行く人工衛星が生まれるかもしれないから。

「すごく素敵な考えですねえ」と言おうか「親ばかですねえ」
と言おうか迷うところです。
でも、小橋さんのお子さんならきっと・・・


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かたろにあ(中井有造)

どうもおひさしぶりです、と前コラムに続き。
川崎敏和さんという人が、世界で唯一、折り紙の研究
で博士号を持っておられるそうです。
 彼の薔薇=「カワサキローズ」は画期的な作品で世
界的に有名だそうです。しかし、よく正方形の紙を切
らずに折るだけであれだけのものを作れるものだ、と
感動します。
外国の折り紙の
ページ

origami/origami.html”>現代の名作の一覧
 それから、ちょっとタイプは違いますが、折り紙ヒ
コーキの分野で500種類の作品を持っている戸田拓夫氏
も面白いです。これも切らないでしかも滑空するとい
うのが条件。
plane/”>立体折り紙ヒコーキ「スペースシャトル」a>がかっこいいです。


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かたろにあ(中井有造)

失礼、上のはリンクに失敗しています。
外国の折り紙のページ
http://www.origami.com/
現代の名作の一覧
http://www1.accsnet.ne.jp/~kentaro/origami/
origami.html
折り紙ヒコーキ。3メートル大のスペースシャトルの制
作者
http://homepage3.nifty.com/origami-plane/


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吉田 祥子

こんにちは
折り紙の懐かしさに惹かれて書かせていただきます。
オリガミクス””
数学の幾何への応用力ってすごいものなのですね。
折り紙の話で思い出しましたが、はがきを1回折って、自由に挟みを入れて、人が通り抜けられる穴を開けるというのもありましたね。
これもオリガミクスだったんですね。


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えすてる

毎回読んでいますが、締めがワンパターンな感じがします。やたらと宇宙とか歴史とかに結びつけて、大げさすぎではないですか?読んでいて、またか、と恥ずかしくなります。
でも、リンク部分が興味深いのでこれからも購読したいと思いますが。


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小橋昭彦

かたろにあさん、興味深い情報源、ありがとうございます。宇宙系は詳しいのでしたよね、ミウラ折ってのも折り紙の延長で有名ですね。

えすてるさん、ありがとうございます。ワンパターンっていうのは、自分に置き換えて読むなら、という締めしかしていないせいではと思います。

いいご指摘をいただけたので、自分の器を広げる努力をさらに重ねます。ただ当面は、ぼくはぼくでしかないので、これが精一杯。ご容赦いただき、自分ならこう読み取るのに、と発展させていただければ幸いです。

なお、不快をおかけするのも心苦しいので、リンク集のみ、

http://4im.net/

で週2回ご確認いただく方法もございます。メールで受け取る利便性は無くなりますが、ご参考まで。


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小橋昭彦

小橋です。文中の折り方、つまりは下記のように折るということです。これでわかりますかね。

●●●●●●●○
●●●●●●○○○
●●●●●○○○○
●●●●○○○○○○
●●●●○○○○○○
●●●●●○○○○○○
●●●●●●○○○○○
●●●●●●●○○○○○
●●●●●●●●○○○○
●●●●●●●●●○○○○
●●●●●●●●●●○○○
●●●●●●●●●●●○○○
●●●●●●●●●●●●○○
●●●●●●●●●●●●●○○
●●●●●●●●●●●●●●○


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吉田 祥子

なるほど!!
お見事なものですね。
昨日は++記号だったので、分かりにくかったけど
これは良く分かります。
私は57歳で全く無学ですが興味はあります。
それにしても小橋さんも面白いです方ですね。
コメントのクリックにも色々違う言葉を使っていらしたりして。
色々なものへの好奇心の入り口を空けてくださる。
そんな気で読ませていただいてます。
書店へ行くのも楽しみになりました。
ありがとうございます。では今日はそっと押して。


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吉田 祥子

ごめんなさい。
上の
小橋さんも面白いです方ですね

小橋さんも面白い方ですね
の間違え




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 ロボット工学界で「不気味の谷」として知られる説がある。人型ロボットの進化をグラフに描く。横軸には外見がどのくらい似ているか、縦軸には親しみを感じる度合いをとる。はじめ右上がり描かれるグラフだが、ある一点で急落する。そこが「谷」。ロボットは人間に似るほど親近感が増すけれど、似すぎるとかえって不気味になるという、森政弘博士が1970年に発表した説だ。 最近多いペットロボットを含め、ロボットづくりに携わる人なら、多くが意識する。一方で、その谷を越えようとする人もいる。全米科学振興協会での発表で注目を集めたデビッド・ハンソン氏は、人の顔そっくりのロボットを作っている。悲しい顔、困った顔、笑った顔。確かに精巧に作られている。映像や写真からは本物と見分けがつかないほどだ。額がはえぎわでばっさり途切れ、首が台座の上に載っていることを別にすれば。 ロボットのモデルとなっているのは彼の婚約者。バーで「きみの頭蓋骨を測らせてほしい」と声をかけたとも、「きみをロボットにしてもいい」と尋ねたとも言う。顔ロボットを見つめるハンソン氏の眼差しはやさしい。その瞳はロボットを見ているのか、あるいはそれを通して恋人に向けられているのか。 ショッピングセンターへ車を走らせていた土曜の午後、子どもがふと「おとうさん、にせものやったりして」とつぶやいた。「大丈夫だよ」言いながら、自分も子どもの頃、祖母に同じ疑問を投げかけたことを思い出す。あれは江戸川乱歩の小説を読んだことがきっかけだったか。自分が自分であること。愛する人が、愛する人であること。その確からしさが失われる谷は、誰もの日常のすぐそばに存在するのかもしれない。そのとき谷を越える助けになるのは、外観の類似性ではない。自分と相手とをその瞬間に結んでいる、愛情だ。人に似たロボットは、不気味の谷の向こうから、ぼくたちがぼくたちであるゆえんを問いかけている。

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 コンピュータの高速化が寄与する分野のひとつにシミュレーションの精度向上がある。たとえば地球大気の様子をシミュレートするためには、地上を網目状に区切って、それぞれの箇所の値の変動を予測する。このとき、網目が小さいほど精度があがるわけだが、そのためには膨大な計算量が必要になる。スーパーコンピュータが活躍する場面だ。 もっとも、いくらデータ量を増やしても、長期の予測は難しい。気象学者のローレンツが1963年に発表した考え方で、俗にバタフライ効果と呼ばれるものがある。北京で蝶が羽ばたけば、ニューヨークで嵐が起きるという表現で知られている。ただこの表現は、北京の蝶を知ればニューヨークの天候がわかるといった因果論的な勘違いを生みそうだ。そうではなく、ほんのささいな差が結果の大きな違いを生むから、いくら細かく初期値を知ろうとしても、予測精度はあがらないというわけだ。どれほどのスーパーコンピュータでも、北京の蝶の羽までは知ることができない。 ローレンツの論文は発表誌が気象専門誌だったこともあって当初は注目を集めなかった。しかし、70年代のカオス理論の興隆とともに、カオスを探っていた先例として掘り起こされた。ローレンツのモデルを図示すると、蝶のような姿になる。いま、初期値をほんの少しだけ変えて入力、シミュレートすると、値の変化が描く線ははじめは重なっている。左の羽を描いたかと思うと気まぐれのように右の羽を描く。やがてふたつの線は離れ、一方は右半分で羽を描いているし一方は左半分で描く、というようにまったく違う結果につながる。カオスとは、そういう世界。 北京の蝶に、人は何を思うだろう。けっきょく未来を知ることはできないとむなしく感じたり、あるいは逆に、われわれ小さな存在でも、世の中に対して何らかの影響を及ぼせるのだと勇気付けられたり。とまれ、その思い、羽ばたきそのものは、ぼくたちの意志のうちにある。

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