ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

仕返し

2003年10月20日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 痛みは主観的なものだけに、比較するのが難しい。男と女に同じ刺激を与えて申告させる実験だと、男の方が耐える。ただ、観察をする研究者が女性だと耐えるレベルが高くなるという報告もあり、生理的というより、体面上耐えているだけともとれる。
 女性のほうが痛みへの感受性が高いのは事実。同時に、香りや音楽などによる鎮痛作用も、女性への効果が高い。女性の方が痛みの起伏が激しいということになる。生理痛をはじめ機会としても多い。出産時に痛みを味わった幼児は、長じて痛みに強くなるともいうから、女性の方が痛みに慣れているということも考えられる。
 そもそも痛みは、受容する段階だけではなく、それを痛みと感じる段階、さらに痛いと表現する段階がある。どこをもってその人が感じている痛みの強さとするか。最近では、痛みに強い人と弱い人では脳の対応する部分の活性度合いが違うことが発見されもした。個人差が大きいようではある。
 誰かにぶたれて仕返しをするとしよう。あなたは、どのくらいの強さでぶつだろう。ロンドン大学の研究者らの実験によると、同じ強さで叩けといわれても、4割がた力を強めてしまうという。これは、脳が自分がどの強さで叩くかを考えるため、いま動いている手の処理が後回しになり、移動感覚が実際より弱く認知されるためではないかと説明されている。動きを予測する処理で手一杯で、実際の動きを過小評価しているというわけ。
 米国では痛みによる経済的損失が年間10兆円を超えると見込まれている。治療費や痛みによる生産性の低下などを累計した額だ。仕返しを抑制するだけでも、世の中は変わるか。痛みの男女差や個人差も気になるけれど、まずは自らが周囲に与えている痛みについて謙虚であらねばならないと、そんなことを反省している。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

5 comments to...
“仕返し”
Avatar
小橋昭彦

前回のコラム「痛み」の続編。2002年7月の「喜びも痛みも」もご参照ください。参考資料としては、まず「The Battle to Relieve Pain」をどうぞ。仕返しのエスカレートについては、ニュースリリース「Playground fights “are wired in the brain” say UCL scientists」で紹介されています。Science誌7月11日号発表の論文が、次のページの「tit-for-tat exchanges」というリンクからダウンロードできます。痛みと脳の反応については、「Brain Mechanisms of Pain」をご覧ください。論文が公開されています。頭痛については、血液を調べることで客観的に把握しようという「Shaun Kilminster」らによる取り組みもあります。これ、「medical futures innovation awards」に選ばれています。その他気になりつつコラムで触れられなかったのは、これは昨日英語記事へのリンクで紹介しましたが、「やさしい妻や夫は腰痛を3倍増」とか、「Wendy Sternberg」らによる、魚も痛みを感じるんじゃないかという「Do Fish perceive pain: Evolution of vertebrate nociception」とか、短気な人は痛みのある人生を送る「Hot tempers can make life painful」とか。最後のは「Stephen P. Bruehl」による「Study links anger to pain」がソースです。あと記事としては「The sensitive sex」も参考にしました。


Avatar
小橋昭彦

日本の国家予算が80兆円ですから、米国では痛みで10兆円の経済的損失ってちょっと信じがたく、仮計算。4000万人が医者にかかるとしているので、入院や待ち時間、生産性低下などで仮にひとり25万円分の経済的損失があるとすれば、確かに10兆円。実際には介護する人などによる損失なども含むでしょうから、納得できるレベルになるようですね。


Avatar
donkun

前回に寄せた疑問に、小橋さんをはじめ、色々な方の意見が聞けてとても参考になりました。これからも「痛み」について少しずつ解明されるんでしょうね。してもらわないとですね・・・かなり損してる訳ですから( ´_ゝ`)
確かに痛みって比較のしようがないと思います。心理的にも難しいですし。今回は、身体的な痛みですが、言葉による暴力(ケンカ・悪口など)で受けた「痛み」だとどうなるんでしょうかね?この辺はやっぱり個人の性格の差があるから分からないかな・・・・
同じ言葉でも人によって感じ方が違うのは「痛み」も一緒ですね。


Avatar
toruko

痛み!確かに女性の方が慣れているような気がしますね!本当か、嘘か?解かりませんが、以前に聞いた話ですが!痛を感じ無い人がいるんですね?だから怪我等した時大変だった様です。ちなみに私の趣味の先生の事です。


Avatar
ヒロタ

私の左足のすねは椎間板ヘルニアのせいで、触られてる間隔がありません、なんとなくチクチクして気がついたら虫にかまれた後があり数日で化膿して、
腫れてひどい症状でした。それでも痛くないから
不思議な感じでした。痛みって大事ですよ。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 不快な感覚性・情動性の体験であり、組織損傷を伴うものと、損傷があるように表現されるものがある。国際疼痛学会は痛みをそう定義する。痛みはぼくたちを危険から遠ざけ、患部を知るのに欠かせないが、必ずしも身体が傷ついたときにだけ感じるわけではない。 痛みを言葉にするかどうかは文化や経験による差も大きい。病床にあった祖母が、看護士さんたちから「痛いはずなのに愚痴をこぼさない」と感心されていたのを思い出す。あれは痛みを耐えていたのか、あるいは辛い出来事の多かっただろう人生と比べれば、肉体の現象など何ほどのこともなかったのか。そんなことを考えたのは、最新の研究によれば、たとえば仲間はずれにされたとき、脳は身体的に苦痛を受けたときと同じような反応をすることがわかったというから。心痛とは、まさに傷つくことであったのだ。 物質的な面でいえば、痛みを耐えるにはGIRK2というタンパク質が関係していることがわかっている。GIRK2を無くしたマウスは痛みに弱くなるし、モルヒネなど痛みを緩和する薬品にGIRK2を活性化するはたらきがあることもわかっている。このGIRK2、男に多いことから、男の方が痛みに強いのはここに一因があるのではともいう。ちなみに、バラやアーモンドなどの甘い香りが痛みへの耐性を高めることも実験で示されたが、こちらは効き目があるのが女性だけ。 メルザックらによる、ゲート・コントロール理論というのがある。脊髄に、痛みを伝えるゲートがあると仮定する説だ。門を通れる感覚の量は限られているから、痛みを感じているときに他の感覚がゲートに並べば、痛みを少々絞って、そちらの感覚を通すことになる。「痛い痛いのとんでいけ」と皮膚をさすることの効果を裏付ける理論だ。祖母のゲートはどうなっていたろうか。今となっては確かめようがないが、ぼくたちの思いが、痛みが門を通るのを絞っていたと信じたい。

前の記事

 次元のない数というと穏やかじゃないけれど、つまりは単位のない数と考えるといい。たとえば、同じ10キロ痩せたといっても、関取の場合とぼくでは事情が違う。そこで、もとの体重を仮に100として現在と比較する。体重200キロの力士が190になったら現在は95だが、ぼくなら92になる。こうしてキロという単位をはずせば、比較がしやすい。 比率をとるのは、無次元化する代表的な方法だけれど、流体力学を専門にしている方ならよくご存知のように、無次元数にはその他さまざまなものがあり、現在およそ60個弱が知られている。有名なのはレイノルズ数だろうか。流体の速度をそれが流れる管の直径で掛けて、粘りをあらわす係数で割る。これが大きいほど、流体は勝手にあちこちながれる、つまりは乱流を生む。無次元数にはほかにもアルキメデス数、オイラー数、フーリエ数などあり、さながら著名な数学者、物理学者のリストを眺めているよう。 そうしたなかにストローハル数として知られる無次元数がある。周波数に長さを掛けて速度で割る。物体の後方に生じる流れを表すもので、たとえば橋脚の下流側に渦が出来る、その様子をストローハル数で説明できる。魚たちは泳ぐとき、ストローハル数が0.2から0.3という狭い範囲で最適になるようにしている。オクスフォード大学の研究チームの調査によると、鳥でも虫でもムササビでも、飛ぶときにはストローハル数を0.2から0.4というやはり狭い範囲におさめているのだとか。こうしたことから、科学者たちは、たとえ他の星で飛んだり泳いだりする生物が見つかっても、このストローハル数の範囲内にあるだろうと予測している。 こうしてぼくたちは単位を離れ無次元数で世界を見るとき、メダカからクジラ、ハチからツルに至るまで、すべては同じ原理のもとにあることを知る。泳ぎ、飛ぶものたちの後ろにストローハル数を描き、ぼくは心の次元が、解き放たれる思いを抱く。

次の記事