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ちょっと知的な雑学&トリビア

名づけ

2003年9月10日 【コラム

 テレビの影響で子どもが寿限無を口ずさんでいる。実際にあった長い名前として知られるのは、女性なら麿女鬼久寿老八重千代子、男性なら子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥太郎か。変わった名としては前後左右、富士の高根、外交官などなど。
 日本ほど名前が多様な国はないと言う。基本的にクリスチャンネームから選ぶイギリスや聖人の名をとるフランスのような風習があるわけでもない。感字とも称される近年の名づけ傾向が拍車をかけている。2002年生まれでもっとも多い名前の読み方は「ユウキ」だが、それでも全体の数%にすぎず、あてる漢字に40種類くらいある。そのうちいちばん多い優輝で8人というから、全体の種類の多さがしのばれる。
 米国人の名前を研究した結果からは、人気のある名前の傾向はあるが、そのときの有名人と関係なく、偶然による偏りの範囲内で説明できると報告されている。名前の種類が多い日本人においては、有名人効果も無視できないことだろう。かつての美智子人気、野球の大輔人気などが知られている。
 長い目で見ると、名前の傾向も流行り廃りがある。なかでも目立つのは、男性なら昭和10年代から35年くらいまで一字名がベスト10のほとんどを占めていたのに、その後はずいぶん減ったこと、女性ならかつて一世を風靡していた「子」のつく名前が、昭和60年ごろからばったり見なくなったことなどだろう。その「子」も、もとは貴族がつけていたものが一般に広まったものだった。
 名づけほど緊張する行為はない。最近では親自身の個性を主張する側面もありそう。とはいえ、最終的にその名を抱きしめ生きていくのは子どもたち。心理学では、自分の名前に含まれる文字を、他の文字に対してより好むという、ネームレター効果として知られる特性が知られている。ぼくも確かに、「あ」という文字が好き。名づけとは、親から子に伝える、数文字の愛情なのだ。


19 comments to...
“名づけ”
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小橋昭彦

名前ベスト10については、定番の「明治生命名前ランキング」をご覧ください。米国での人気名前を研究したレポートは、「R. Alexander Bentley」と「Matthew W. Hahn」によるもので、「Drift as a mechanism for cultural change: An example from baby names.」という論文、前記サイトからダウンロードできます。書籍では『名前の日本史』がよくまとまっていておすすめです。長い名前については「長い名前」としてコラムにしたことがありました。また「名前の力」というコラムも書きました。その他、「名前探偵団」「日本の苗字七千傑」などもご参考にどうぞ。


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もみちゃん

二卵性双子(男)の名前を考えた時に一人は恒夫(のぶお)、もう一人は経夫(のりお)とした。両方ともつねお・のぶおと読むことが出来る。恒久と経年と言う宇宙の広さを名前の中に織り込むことが出来て良い名前がつけられたと思った。


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生井 俊

小橋さん、こんにちは。
うちは10月に生まれる予定で、
今、妻と名付け合戦を繰り広げています。
もみちゃんさんみたいに、宇宙にちなんだ名前が
いいと思っていますが、果たして。
最近は、最後の音が「か」で終わる名前が多いですね。


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みちこ

私の名前は「康子」と書いて「みちこ」と読みます。
自己紹介すると必ず「読めないよねぇ0」と言われ、
深い付き合いになると「捻くれてる」とまで言われます…
でもちゃんと人名辞典には掲載されている読み方。
健康、太平、おおらか、健やかなどの意味があるらしく、
長女としての誕生を喜んでくれた両親の愛情を感じます。
小学校の入学式で机の上に「やすこ」と書かれていて、
名前を呼ばれて大きな返事を求められたときは泣いちゃいましたけど。。。
あの頃は可愛かった!


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Minfei

私の名前は”真実子”。
外人さんが私の名前を呼ぶときMAMIKOっていいづらそう
にしているから”子”いらない000
と思ってましたが、もともとは貴族がつけていたもの
だったのですね!(ちとびっくり。でもハズカシイ笑)
えっと由来は、私が生まれた前の日にロッキード事件が
あって、政治汚職が激しかった時期だったので
(う0ん。名前も生年月日もバレバレですね(^-^;
この子だけは、素直に真っ直ぐにと「真実」と付けた
らしいのです。子が付いたのは姓名判断で
その方が運勢がよいとされたから。
名前負けしないようにガンバリまっす♪


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かおり

私の名前には漢字がありません。表音文字である漢字をもたない、イコール意味の無い名前、イコール親に何も期待されていない子供、とがっかりした時代もありましたが、今では名前に縛られることがないので逆に感謝しています。個人的には親や先祖の名前やその漢字の一部を受け継いだりする名前が素敵だと思います。有名人もいいけど、やっぱり一番尊敬すべきは親ですから。


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かおり

おっとうっかり。「表音」文字でなくて「表意」文字でした。


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あじゃた

うちの18歳になる息子の名前は「タイガー」です。
当然・・・漢字をあててます。
「泰雅」
漢字で見るとバレませんが、音読みをするとバレます。
18歳だし。
今年、優勝しそうだし。
そうです。
あのチームが優勝したので名付けたのです・・・
18年ぶりにこの名前で良かったと思いましたが・・・
少し安直?いえ本当に好きなんです。


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無量大数

私の名前は無量大数では無いですが、億、兆、京など
につづく数の単位のうちのひとつです。弟も数の単位
にちなんだ名前がついてます。
珍しい名前だと思ってましたが、マンガの主人公の名
前になっていたり、偶然同じ名前の人を自分以外にも2
人見つけたり・・・。
名前って面白いですね。


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rnakaji

モンゴルでは子供に幼名として汚物の名を付けるそうです。死神や疫病も汚れが怖くて近づかないからだそうです。日本でも乳幼児を死なせないようにという思いが色々な風習に残ってますね。
そういえば、古代は中国でも日本でも呪詛を避けるため、本当の名前は近親以外には教えず字で生活していたそうです。それほど、名前は大事なものなのでしょう。


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小橋昭彦

ごめんなさい、訂正です。2段落目、次のように一文説明が抜けていました。カッコ部分を追加ください。

「明治生命が個人保険加入者の男の子3728人を対象にした調査では、」2002年生まれでもっとも……

実際に生まれた男の子はもっと多いので、ごめんなさい、日本にはもっと多くの「優輝」くんがいらっしゃることと思います。


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秀之右

小橋さん こんばんは
私の名前は 秀之右 です。
ほとんどの人が読めません、但し 中学校の国語の先生は
ちゃんと 読んでくれました。嬉しかったです。
正解は ヒデノスケ です。
私の生涯で ちゃんと読んでくれたのは 数人です。
昔の武士の名前? 右でスケって読むの 変なの!!
等々 散々です、その時の私の答えは ただ一つ
これは俺が付けたんでは ないんやで”!!
親は>>>>> やめときましょう(?_?)


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直子

私の名前は私の生れ年で一番多い名前らしいです。クラスに数人は同じ名前の子がいましたし。
小学生のときは一番自己主張の強い子が「なおちゃん」と呼ばれ、影が薄かったあたしは苗字をもじったあだ名でした。
ついでに苗字も日本で10位以内に入る名前ですので、同姓同名の犯罪者がいたり・・・。

けれど、両親が「素直に優しい子に育って欲しい」と、つけてくれたこの名前を大事にしていきたいです。


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須貝 !)久(すがい よしひさ)

小学校低学年の頃は名前はひらがなで書きましたから問題なかったのですが、高校卒業まで私の名前をまともに読んでくれた先生はいませんでした。その頃はもっと普通の名前がほしいと思いました。!)久と書いて「よしひさ」と読みます。しかし、社会人になってからは、名刺に印刷された名前を見てひとつ話題が増えて、自分のPRにもなりました。でも今では、役所の書類以外は、ひらがなを使うようにしています。説明がめんどうだから.....


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(浅野)夕子

私は夕方(18時ジャスト)に生まれたことから「夕子」と名付けられました。幼少時代、ずっと釈然としませんでした(苦笑)。同じ名前でも、裕子、優子、祐子と文字の意味に親の思いが込められている気がして羨ましかったです。決して珍しい名前じゃないのに・・・・。
後に、漢和辞典をひいたら「この世の終わり」とかいう意味が載っていて、卒倒しそうになったりも・・・・。

ただ、某大女優と同姓同名なのが功を奏して、初対面の方々にもすぐに覚えてもらえて、それはありがたかったです。
ちなみに、母親の名前は「小夜子」・・・・浅漬けと同じ名前。そして私は八つ橋と同じ名前( ̄∇ ̄;)
漬物に八つ橋と、京都名物のようなまるでギャグのような親子になってしまいました(笑)。


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はじめまして。今、悩んでることがあります。
結婚相手つまり彼の性に名前が変ると「姓名判断」では全ての格数が大凶になってしまう事です。
愛があればって感じで、しょうもない事なのですが昔「姓名判断」に凝っていたので気になってしまいます。

頭のなかをめぐるのは
夫婦別姓、改名、、、などなど
>親から子に伝える、数文字の愛情
かぁ0。。。


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イトー

幸 さま.
姓名判断なんてしょうもない、と言いつつ結婚って大事で未知なことだからこそ悩んでしまうんですよね.
ウチの息子、生後すでに名前を付けてからですが姓名判断で将来をみてもらったことがあります.結果は”世捨て人”.これには女房と二人で一瞬の沈黙の後大笑いしてしまいました.今は小学校二年生の反抗盛りで、周囲の同年代の子供を抱える家族と同様に息子への対応で悩んだりしますが、女房と深刻に話していても”まあ将来は世捨て人だしね”と最後には笑い飛ばすこともあります.
姓名判断で大凶なら、悪いことはそのせいにしてしまってはどうですか?たとえ大吉でも何も悪いことが起こらない結婚生活なんてありえません.愛があってもいろいろと障害が出てくるのが結婚生活ですから、その時にお互いを責めるのではなく、姓名判断が悪かったのだから、と笑って済ませることができるじゃないですか.何も起こらないように過ごすのではなくて、一緒に壁や山を乗り越える経験こそ夫婦として生活して味わえる醍醐味だと思いますが…
むむぅ、ちょっとエラソーでしたね.すみません、お気を悪くされませんように.


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イトーさま
ステキなお話、ありがとうございます。
ココロの荷が下りました。
ご夫婦の愛情深い雰囲気から推測させていただくと
息子さんはきっと世を凌駕するぐらい立派な人になりそうですね。


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今まで、フリガナが無い状態で、私の苗字、及び名前を最初から正確に読めた人はたったの一人もいません。最後の「子」だけ、かろうじて皆さん正解する限りです。
かといって、読みを覚えていただくと、今度は漢字が全然違うわよ、というものになり、年賀状等でほとんどの方が間違った宛名で送られてきた年には、今でも泣きそうになります。
その為、私は、人様の名前は、大事に扱い、出来るだけフルネームでしっかり覚えて、かなり神経を集中して、正確に書き読むよう、子供の頃から心がけています。

過去に一番ショックだったのは、小学校一年生の初登校の日のことです。
校庭に一年生が全員集められ、それぞれクラスの担任の先生に次々に呼ばれて、そのクラスへ連れて行ってもらう、というわくわくするイベントは良かったと思うのです。
が、あんな小さな子供心に、私は間違えて呼ばれないかどうか、大変心配していました。

ところが、本当に心配は的中してしまいました。
苗字が全く同じ漢字で、読み方が違う子が、違うクラスに居たのです。苗字としては、その子の読み方のほうが、ぐんとポピュラーの為、担任の先生は、普通にその読み方で私を呼んでしまいました。一瞬「私のことかも?」と思っていましたが、いくらなんでも、先生なんだし、入学手続きでフリガナ位はしっかり把握しているはず、と思い、返事をしなかったのです。案の定、そのもう一人の子が「はいっ!!」と返事をして連れて行かれてしまいました。
最後の児童の読み上げが終わり、私はたった一人、ぽつんと余っていました。
そのような自体が起こるとは、先生方も全く思っていなかったらしく、ご自分のクラスの児童をさっさと教室へ誘導していかれました。
結局、しばらく私は、本来の所属クラスにたどり着けず、たった一人で校庭にひとりぼっちで何時間も待たされたのです。最後の児童の読み上げが終わった後、「私はまだ呼ばれていません!」と大声を出して叫んでいましたが、先生はにぎやかな児童たちに手一杯(ベビーブームの年でした)で、私の声に気付いてくれませんでした。

先生が、下の名前まで呼んでいれば、すぐわかったのに、と子供心に悔しかったです。
やっと間違いに気付き、教室に入れてもらったときには、色々な、喜びの両親の声、先生の励まし、一年生入学おめでとうの数々のイベント、教室での一人一人の自己紹介、等の行事が全て終わっており、かなり、疎外感と孤独感を覚えて、泣きながら家路につきました。

でも、今では、この苗字(結婚したら変わりますが)と、名前が大変気に入っています。電話等で、完全に間違った呼び方をされたら、それは勧誘かセールスかと判断できますし、親しくない人間だと確実に判断できるので、こちらから警戒もできます。
何しろ、名前は、孔子の子路編から取った、皇室でもよく使われているような素敵な文字ですし、苗字は、神職の家系の証である尊い名前なのです。残念ながら、私の代で、途絶えてしまうんですけどね(笑)。

子供が出来たら、私の名前の一字を絶対使おうと思っていましたが、ちょっと叶いそうもありません。
しかし、この名前でほんとうによかったと、今は亡き名づけの祖父に、感謝しております。
この読み方だったからこそ、今のこの名前に合った、おっとりした人格になれたんだろうと思っています。
別の読み方だったら、もっとキツイ感じの人生になっていたかもしれませんね(笑)。




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 紀元前後2世紀頃のインドのマヌ法典に、身分の高い人に対して放屁したら肛門を切れとある。日本でも古くから恥ずかしいものとされてきたのに、接頭辞の「お」がついている。語源をたどれば、おでんやおなかと同じく、宮中で働いていた女房らの間で隠語として使われていた言葉。「屁」と言うのは恥ずかしいから、鳴らすの頭に「お」をつけた。 俗にへっぴり虫といえば、手塚治虫のペンネームの由来になったオサムシ・ゴミムシ類の一種、ミイデラゴミムシのこと。さすがに発生の仕組みも凝っている。体内にふたつの貯蔵嚢を持っていて、一方に過酸化水素、一方にハイドロキノンという強還元剤を貯蔵、敵に出会うとふたつの物質を反応させて噴射する。百度に達する爆発的な反応。ロケットと同じ原理というから、よく爆発もせず進化したものだ。現在は飛ばないが、将来さらに進化してロケットのように逃げ出すこともあるのかないのか。そうなるとへっぴり虫などとゆったり眺めてもいられない。 人間の場合はそこまで激烈ではないが、高校時代、マッチで火をつけてやけどしそうになったと言っていた友人がいた。実験するならズボンは履いておくべきか。気圧が低い高山では腸内ガスが増加し、回数も多くなる。 そういえば、ニュージーランドでは家畜におなら税をかけることを決定したという。牛や羊などがげっぷやおならで排出するメタンガスの量が、ニュージーランド全体で発生する温室効果ガスの半分に達すると推測されているからだ。羊が人口の十倍になる国のこと、対策もたいへんである。 マヌ法典からロケット技術、地球温暖化まで。御鳴らしも、探れば奥が深い。百日の説法屁ひとつとは言うものの、沈香も焚かず屁もひらず、凡庸であるよりいいのかもしれない。落語『地獄八景亡者戯』を下敷きにした絵本『じごくのそうべえ』で子どもがいちばん笑うのも鬼の放屁シーン。健康のバロメータでもあろう、さげすむばかりも酷である。

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 稲刈りの季節、一年ぶりにコンバインに乗る。レバー操作は忘れてしまっているが、運転席に座ってしばらく見ているとよみがえる。ハンドルの役割をするレバー、刈り取り機の昇降機、アクセル代わりのダイヤル。それほど苦労せず思い出せるのは、田植え機やトラクターの操作と共通した部分があるからか。 下野康史氏の『運転』という書籍があると知って、さっそく手にする。ジャンボジェットや地下鉄から熱気球、二足歩行ロボットまで。それぞれの運転の現場を取材したレポートである。ジャンボジェットは着陸まで自動操縦が可能であるとは知らなかった。リニアモーターカーでは動力は車両側ではなく線路側にある。だから「運転席」は車両内ではなく指令所。そうしたひとつひとつがおもしろく、一気に読み終える。 このおもしろさはなんだろうと考えていた。機械マニアでもないし、走ることに快感を覚える性格でもない。さぐるうちに、田植え機に乗る緊張を思い出す。あれは、運転そのものへの緊張ではない。まっすぐ植えること、効率よく植えることへの緊張だ。自分の植えた苗が、数ヵ月後に稲になる、生命の第一歩を担っていることの重さ。その思いに、書籍に登場した「運転手」らの言葉を重ねる。ジャンボジェットのパイロットは、自動操縦可能とはいえ、実際には自分で着陸させることがほとんどと答えている。潜水艦の操舵員は、全速で走っているときはやはり快感で、互いに武勇伝的に語り合うという。運転のむこうに、ひとりひとりの心が息づいている。 機械に囲まれて今、ぼくたちは何かの運転あるいは操作なしには暮らせない。しかし、運転するとはただ機械を操ることではない。本来それは、必ずどこかへ向かって行う行為だ。そんなことに、あらためて気づく。運転に、ぼくは生きることを重ねていたのかもしれない。そのハンドルやレバーを手にするとき、ぼくたちはどこへ向かっているのか。何を目指しているのか。

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