ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

ゴミ穴をのぞく

2003年7月24日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 老姉妹の静かな生活を描いた『八月の鯨』という美しい映画に、部屋の埃をふきとりつつ、なぜ毎日積もるのとひとり泣きする印象的なシーンがあった。ポール・リオイ博士らの研究グループが、屋根裏部屋の埃を調査したと知って、そんな記憶がよみがえる。
 この調査は、1879年から1995年の間に建てられた家で、かき回されたことのない屋根裏部屋の埃をすくい取り、その成分を調べたもの。埃からは、1960年代の核実験が世界中に降らせたセシウムや、1980年代に禁止されるまでガソリンに添加されていた鉛などが検出された。民家の屋根裏につもった埃が、地球の歴史を刻んでいる。
 日本では、江戸時代のゴミ穴がおもしろい。家の敷地跡から出土したものを掘り返して、当時の生活を研究する。名古屋城下のゴミ穴調査では、割れた磁器をくっつけた焼継ぎや、すり目がなくなるまで利用されたすり鉢などが出土したという。たいせつに使い続けた様子がしのばれる。鋳掛に出されるのが普通だったから鉄製品がほとんどなかったり、古着も見あたらないなど、見つからないものからも、当時の物への姿勢がうかがわれる。
 貝塚も縄文時代のゴミ捨て場と一般に解説され、当時の暮らしをしのぶ遺跡となっている。もっとも、儀式に使われたと思しき骨刀が同時に見つかるなどの事例もあり、ただゴミを捨てた場所というよりも、使わなくなったものを自然にかえす祈りの場所のようなものではなかったかともされる。かつてゴミ捨て場は、自らの暮らしに尽くしてくれた物への感謝とわかれの場であったということか。
 星新一氏に「おーい でてこーい」というショートショートがあった。まちはずれに見つかった何でものみ込む深い穴。人々はそこに廃棄物を捨て始め、それが未来の自分たちに思わぬ結果を招く。捨てるとは、見えないところ、遠いところへ処分するということではない。今の自分を、未来の自分たちに届ける行為なのだ。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

9 comments to...
“ゴミ穴をのぞく”
Avatar
小橋昭彦

Paul Lioy」博士の論文は「The historical record of air pollution as defined by attic dust(Atmospheric Environment Volume 37 Issue 17 June 2003 Pages 2379-2389 )」を参照。「埃も積もれば指標となる」の解説が詳しいです。名古屋城下ゴミ穴は、「名古屋城下のゴミ事情」をどうぞ。「ゴミの穴から」もあわせて参考に。ゴミ穴の「断面はぎ取り」はある意味、生活の記録ですね。貝塚については、たとえば「伊達市の北黄金貝塚の解説」などをご参照ください。「中里貝塚」のように水産加工場のあととされるなど、ゴミ捨て場というイメージばかりじゃないんですね。


Avatar
PEACE

私も星新一の大ファンです。「おーい、出て来い」を昔読んだときは本当に震えました。今の環境問題を彼はあの頃から予言していたのですね。ほこりやごみで人間の歴史がわかる。未来の人間は現在の我々のごみを見て、どう思うでしょうね。少なくとも原子力発電所から出る放射性廃棄物だけは未来に届けたくないですね。


Avatar
中村浩明

> 星新一氏に「おーい でてこーい」というショートショートがあった。
ありましたねえ。

原発や戦争なども、未来の私たちにしっぺ返しが返ってくるのではない
かと、心配です。


Avatar
トド

「おーい でてこーい」は私が覚えている数少ないショー
トショートの一つです。(結構沢山読んだ筈なのに・・)
最近になっても「硫酸ピッチの不法投棄」など「安易に捨
てる」意識が変わっていないことに悲しくなりますね。


Avatar
hanmeru

「屑とゴミ」

戦前、「屑いー 屑やお払い」と、今で言う廃品回収業者が回ってきました。
独特の声音なので、落語の世界でもよく取り上げられ、「浮かれの屑より」「紙屑屋」などで演じられました。
「白紙は白紙、烏は烏、線香紙は線香紙、陳皮は陳皮、毛は毛……」
若旦那が奉公した屑屋でより分ける仕草が、リズミカルでした。ちなみに「陳皮」とは蜜柑の皮で、薬の原料になったのだそうです。

その中で、屑とゴミは違う、屑は今で言う「再生資源」で、ゴミは「廃棄物」だというのが、妙に説得力がありました。
いまはこのゴミと屑が混同されています。でも「ゴミ箱」「屑かご」と言うと、何となく印象が分かります。
「大型ごみの日」や「再生資源ごみ」などと、自らは「分別」しない行政用語に問題があるのです。
以前公園や駅に、「護美箱」などとわざとらしく書いていましたが、今は「ゴミは自分で持ち帰りましょう」と、撤去してしまいました。


Avatar
ちなみ

「おーい でてこーい」は
フジテレビの「世にも奇妙な物語」で映像化されている


Avatar
salt

 今さっき迄、NHKの放送を見ていました。
7/27 21:00からの「NHKスペシャル」でした。
 南極大陸の棚氷の調査の報道、イギリスの研究チームの活動でした。
 見て感じたのは、「海は、ガイアの血管なんだナー!」
 体温調節とエネルギーの配分装置として機能しているために地球上の生物が生存可能だという事です。
 棚氷が、地球のラジエーターとして機能し、インド洋、太平洋の海溝をを通じて冷海水を配水し、体温調節をやっているように思いました。擬人化して見てるとは自覚してますが。
 外乱が少ない条件下での堆積物が信頼できる情報を与えうるとすれば、変化の激しい時の情報は、どうなるんでしょう。
 ちなみに私は、1945年太平洋戦争終結の年に生まれました。混乱の極みだったそうです。


Avatar
rnakaji

「おーい でてこい」の穴はワームホールなんでしょうかね。家の掃除をしてみると、積もる埃に繊維状の物が多いのに驚きます。考えてみると、私たちの日常生活が、布団を叩いたり、服を着たり、絨毯の上を歩いたり、ティッシュを引っ張ったりと、繊維を切断する行為に溢れていることに気が着きました。


Avatar
薬草の栽培法

昔「おーい ででこい」でトラウマになりました。
トラウマになったということは、現実社会も、あの作品と大差無いということですね。

ちなみに、数ヶ月前NHKラジオでめずらしく面白い作品をやっていると思ったら、星新一さんの「薬草の栽培法」でした。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 子どもが粉末状の薬をのまないものだから、初めてオブラートを購入。なるほどオブラートで包むとはよく言ったもので、おいしそうに嚥下した。第一関門突破。一般的に薬は、このあとさらにいくつもの難関を越える。胃酸に負けず胃を通り抜け、腸壁を通過して血液に入り、肝臓のフィルターをやり過ごしてようやく体の各部へ。 薬を患部に届ける工夫にはさまざまある。経口であれば、溶ける時間の違うカプセルに包んで投与したり、放出を制御する物質を混ぜたり。注射で直接血液に注入すれば確実だけれど、患者の負担が大きい。皮膚に貼るパッチや体内に埋め込むインプラント剤、点鼻薬や肺から吸入する噴霧タイプなどが、ここ20年ほどで新しく登場した。 バイオテクノロジーが進んで、これからはたんぱく質の薬も増えてくる。そうなると分子が大きいから、腸の内壁を通り抜けられない。あるいは遺伝子治療では、無毒化したウィルスを遺伝子の運び役に使うのだけれど、突然変異を起こして毒性を獲得する場合もあり、非ウィルス性の遺伝子導入剤が求められている。そんなこんなで、ドラッグ・デリバリー・システムは市場拡大が予測されており、いま注目の分野だとか。 最終的に理想とされる形のひとつは、マイクロチップを体内に埋め込み、薬物濃度をモニタリングしつつ、適量を適時に直接患部に届けるようなしくみだろう。そうしたチップの開発も進んでいるし、肺からの投与や、電気パルスや超音波を利用して皮膚からの浸透を補助する研究も進んでいる。 ふと、かつてのテレビドラマ『スタートレック』のワンシーンを思い出す。ドクター・マッコイが患者に利用する注射器のようなもの。針はない。皮膚にあてれば、しゅっという音とともに薬剤が体内に送り込まれる。たったそれだけの小道具に未来を感じた。あの番組は真に、というかリアルに未来的だったと、あらためて思い返したのであった。

前の記事

 畑でもいだトマトを袖口で拭いてかぶりつく。太陽の光を含んで、ほんのり甘い。量販店で買うと野菜にすぎないけれど、ここでは果物のよう。このトマト、日本へは観賞植物として入ってきたのが最初で、北欧や米国でも食用は敬遠されてきた。毒があるとされていたからで、安全性が信じられるようになったのは、1820年の出来事がきっかけという。アメリカ独立戦争の退役軍人ロバート・ジョンソン大佐が、ニュージャージー州セイレムの裁判所前でひとかごのトマトを食べた。気分が悪くなることもなく、高血圧や癌になることもなかったという言い伝え。 裁判所とトマトといえば、野菜か果物かで訴えられたことも有名。1883年米国、野菜になると税金が高くなることを嫌った輸入業者が、最高裁で争ったのだ。結論は、野菜。野菜畑で作られるし、デザートにもならないというのが理由だった。 現在の日本でも、トマトは野菜扱い。農林水産省では、多年生で木になるものを果物、毎年育てて草の葉や実などを食べるものを野菜としている。この定義では、メロンやイチゴ、スイカなども野菜に含まれる。これらは卸市場や店頭では果物扱いだから、生産的視点からは野菜、消費の視点では果物に分類されるというわけだ。 野菜という言葉は、本来は名前の通り野生のものを指した。畑などで作る園菜と区別されていたのだ。江戸時代半ばから、現在の意味での野菜として使われるようになり、野生のものは山菜など別の名称で呼ばれるようになった。 呼び名は、視点や時代に応じて変わる。トマトといえば、1994年に世界ではじめて売り出された遺伝子組み換え作物がトマトだった。テクノロジーが物自体を大きく変えてしまう現在、ぼくたちは呼称ではなく、その物自体とよりまっすぐ向きあうことが必要だろう。そんなことを思い、緑のつるにぶら下がる赤い実をまたひとつ、手のひらにした。

次の記事