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ちょっと知的な雑学&トリビア

靴を履いて

2003年7月03日 【コラム
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 通称、アイスマン。アルプスの雪の下から、死後10年も経っていないと思われる状態で発見された。46歳、身長およそ159センチ。最後の半年に3度大病を患っている。鍼治療のあとと思われる入れ墨が、関節炎にかかったときのツボ周辺に見られる。もっともレントゲン写真では関節炎の証拠がなく、鍼治療の起源論争はひとまず延長戦。彼が命を落としたのは、実際には5300年前。
 彼の最後の旅は、アルプスの南、今ならイタリアのユヴァル城があるあたりから、直線距離で15キロの歩きだった。標高差2000メートル以上の山を登り、そこで息絶える。季節は、おそらく春。こうして具体的にわかってきたアイスマンの様子に触れつつ、ひとつのことが気になっていた。靴だ。アイスマンは、皮をていねいに縫い合わせた靴を履いていた。中には草が敷き詰められている。いまから5000年以上も前に、立派な靴を履いていたという事実。二足歩行をし始めて数百万年、ヒトはいつから靴を履くようになったのか。アイスマンのように寒さよけを目的とした閉鎖型のものと、サンダルのような開放型のものでは起源が違うかもしれない。
 百科事典にあたると、少なくとも紀元前2000年ごろには古代エジプトの貴族たちがシュロの葉などで作ったサンダルを履いていたとある。とすれば、アイスマンの靴は、現存する最古のものということになる。その完成度からすると、おそらくはさらに古くから靴は伝えられてきたに違いない。
 アイスマンの装備は、クマの毛皮の帽子や、火打石が入った小袋などずいぶん整っている。完全装備をして、彼はどこに向かおうとしていたのか。もちろん、それが平和なものとは限らない。彼の身体からは矢じりや刺し傷のようなものも見つかっている。5300年前、彼が歩んだのはどんな世の中だったのか。それは、今とどれほど違っていたのか。

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4 comments to...
“靴を履いて”
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小橋昭彦

靴の歴史」「靴の歴史を散歩しよう」「はきもの世界史」「」などをご参照ください。アイスマンについては現在はイタリアの博物館「Iceman」でどうぞ。科学誌の特集「Ultimate Guide: Iceman」も充実。映像で楽しむなら「MYSTERY OF THE ICEMAN」。植物からIcemanの行程や生活を研究している「James Holms Dickson」博士のサイトもどうぞ。「鍼治療の起源は中国ではなく古代ヨーロッパにあった?」もご参照ください。


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hanmeru

小橋様。いつも新鮮な切り口の話、楽しみにしています。
昔、経済学の講義で、
アリストテレスは「靴には二つの価値がある。靴として使用する価値と、靴以外のものと交換する価値」と、経済学で言う、「価値」の二面性をすでに知っていたと習いました。

他の講義は忘れてしまいましたが、「価値」とか「靴」とか聞くと、何時もこの話を思い出します。


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TOMO

はじめまして。
チロル山脈の中で発見された「エッツィ”」ですよね。
あのニュースが流れた時にとても興味深く感じた事を思
いだします。

「靴」。神話では翼を持った靴を履く神がいましたが、
彼は5000年を翼なしで超えてきたと言えますでしょ
うか。

さて、彼の”所有権”争いが、その後のニュースになっ
たと記憶しておりますが。
彼は故郷に帰れたのかどうか、ご存知でしたら教えて下
さい。


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小橋昭彦

>彼の”所有権”争い

発見されたのがちょうど国境だったのでもめたのでしたね。今は上記でご紹介しているイタリアの博物館で眠っています。南から旅してきたことがわかってもいますし、故郷に帰ったことになります。




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 科学誌の特集に「並行宇宙は実在する」とあった。ちょうど「平行」宇宙が趣向となった山田正紀氏の『ミステリ・オペラ』を読み終えたところ。山田作品において平行宇宙は、エヴァレットの多世界解釈で説明される。 ものごとの状態を確率で描く量子力学。量子論的サイコロを振ったなら、結果は6つの目の可能性が重なった状態となる。観測者が観測するとき、6つの目のうち1つに収束すると考えるのが古典的解釈。エヴァレットは、観測者自身も確率でとらえようと唱えた。3の目が出たなら、それはたまたま3の目が出る世界にいただけのことで、3の目に収束したとは考えない。6つの目それぞれの世界が実在するととらえる。 こうした量子力学の多世界解釈から生じる並行宇宙は、じつは4つのレベルで考えられる並行宇宙のうち、レベル3だという。レベル1の並行宇宙はもっと単純で、ぼくたちが観測できる宇宙の外側に、別の宇宙があるとする。この考え方では、もっとも近いもうひとりの自分は、10の10の28乗メートル離れたところにいることになるそうだ。観測可能な宇宙は1年に1光年ずつ広がっているから、はるか未来に遠い子孫が、もうひとりのぼくを観測することが原理的にはありえる。天文学的以上にはるかな未来だけれど。 レベル2の並行宇宙になると、観測できる可能性はない。最新の宇宙論によれば、宇宙はかつて9つの空間次元があったとされている。うち3次元が観測できるようになったのが現在の宇宙で、別に4次元が観測できる宇宙などさまざまな宇宙が生まれた可能性がある。これがレベル2の並行宇宙。さらにレベル4の並行宇宙もあり、こうなると物理法則そのものが違っていると仮定される。 あまたの並行宇宙に、おそらくは無数にいる自分たち。だけどその中から、この宇宙に生きるのはたったひとり、この自分であることに変わりはない。雑誌から目をあげ、この世界をあらためて心に刻んだことだった。

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 自分たちの宇宙の年齢が定まる時代に生きていられるとは。観測衛星が取得したデータを解析した結果、宇宙の年齢は137億歳とわかったというニュース。宇宙は平らで、4%の見える物質、23%のダークマター、73%のダークエネルギーから構成されているともいう。大半は目に見えないわけで、それは何かという謎もまた生まれた。 先だって並行宇宙について調べていて、もっとも心に残ったのは、観測可能な宇宙は一年に一光年ずつ広がっているという事実だった。ぼくたちは光が届く範囲しか観測できない。一年経てば、一光年分遠い光が届く。だから一年後には、半径一光年分、ぼくたちの宇宙は広がっている。ただ生きているだけで、ぼくたちの宇宙は広がっているという事実に、なぜか勇気づけられていた。 そしてふと、谷川俊太郎の詩を思い出す。万有引力に、ひき合う孤独の力を重ねた詩。宇宙の広さにくしゃみをするという、無辺と日常をつなぐ終行だった。読み返して、二十億光年の孤独という題名であったことに驚く。この詩が書かれた当時、宇宙の年齢はそのくらいと考えられていたのだろう。その後推定は精度を増し、ぼくの心の中で「二十億年」も年をとっていたのだった。 イームズの短編映像作品に「パワーズ・オブ・テン」というのがある。芝生に寝転ぶカップルを映した1メートル四方の映像が、10秒ごとに遠のいていく。10秒後に10メートル四方、20秒後に100メートル四方、都市を囲む四角、地球を囲む四角。10のべき乗で広がっていって、観測可能な宇宙をすべて含むのは何秒後か。じつは、5分も経たないのである。映像はその後逆に10分の1ごとに皮膚細胞の中に入っていく。原子にいたるまで3分近く。ぼくらを包む大宇宙と、ぼくらの抱える小宇宙をつなぐ作家の感性。 一年で一光年広がる宇宙の中で、ぼくたちは想像力をもって、自らを広げていくことができる。天の川に恋を重ねる、今宵。

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