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ちょっと知的な雑学&トリビア

ホタルの方言

2003年6月16日 【コラム
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 地元で開かれたヒメホタル鑑賞会に子どもと出かける。いつも川で見るゲンジやヘイケと違って、ヒメは山に棲む。特有のすばやい点滅を探して山へ。残念ながらこの日は見かけない。あまりの人出に隠れてしまったか。
 ホタルの語源は火照るとも星垂るとも言う。火照るは英語のfireflyと同様の発想だが、星垂るというのはロマンチック。ゲンジの舞う近くの川を見下ろすと、たしかに天の川のようで見飽きない。午後8時、天空の川はまだ東の空。英語にはglowwormという表現もあるが、こちらは飛ばないホタル。ツチボタルのことと言うが、ホタルは幼虫やさなぎも光るし、あるいは飛ばないメスのことをさしているのかも知れない。
 世界にホタルはおよそ2000種。光らないホタルもいれば、パプアニューギニアのエフルゲンスのように、一本の木に数万匹が群がり、クリスマス・ツリーのイルミネーションのように一斉に明滅するものもいる。オスが黄色、メスは緑色に光るとか。一度は見てみたい光景だ。
 日本に多いゲンジボタルは、西日本と東日本で光る間隔が違う。東日本では4秒以上、西日本では2秒間隔。糸魚川・静岡構造線周辺を境に分かれているといい、DNA研究から数百万年前に分かれたとみられている。その後、それぞれの地域で差が生まれたわけだが、人間でも関西人はせっかちと言われるところ、ホタルまでせっかちな点滅になっているのがなんだかおかしい。
 ホタルの方言を生んだ数百万年の歴史。仮に西日本のホタルを東日本に持ち込んでも、愛の言葉は通じないだろう。いま目にしているこの夏のさやかな点滅も、長い歴史を背負ってのこと。その間、森はどう変わり、水はどう流れてきたか。たとえぼくたちが方言を失おうとも、ホタルの方言は残してやりたい。そんなことも思いつつ、ホタルを追った夜だった。

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8 comments to...
“ホタルの方言”
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小橋昭彦

ホタルの種類については、「ホタルって?」の解説が明滅アニメーションもあって分かりやすいです。コラムに書いた日は、結局、ヘイケボタルをとらえ、その後放してやりました。「東京にそだつホタル」の情報も充実。


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maria

 
何時も 雑学をありがとう御座います。

ホタルの話
 
 興味深く読ませて頂きました。

 先日、私は鹿児島の知覧基地に行き、「ホタル」の
 話を聞いてきました。 資料館にも寄り色々読ませ
 て頂きました。
 当時の青年達が祖国と子孫の平和を祈る気持に感動
 すると共に、戦争が二度と起きないように祈りたい
 とおもいました。

 さて、この時に出てきたホタル、どっちの方言だった
 のでしょうね。 ふと、思ってしまいました。

 これからも宜しくお願い致します。    maria


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小橋昭彦

mariaさん、ありがとうございます。

ホタルの光を人の魂と見る習俗は多いです。だからでしょうね、ホタルを見ると、人の命の尊さを思い、平和を願う。やさしい気持ちになれますね。


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yosida syouta

毎回楽しませて頂いています。前は地元で蛍など珍しくなかったのですが、今は全く見なくなりました。ところで本当に大阪人はせっかちですよね。のんびり屋の私には住みにくい・・。もともと、大阪人って冗談ばっかり言ってて、気立ての良さそうな人が多いって言うイメージもあるのですが・・・なんでだろう?


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いうっちん

すみません、変なことを書きますが、
うちのあたりでは、ヒメホタルは七夕さまの頃にたくさん出てきます。
種類が違うのでしょうか。
山に住んでいて、あまり高く飛ばない、源氏蛍の半分の大きさもないくらい小さいホタルですよね?
ちなみに、うちは宍粟郡です。


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ライ

ヒメボタルは人里離れた山のほうに生息しています。
山形県米沢市や長野県の志賀高原、福井県池田町、名古屋市、埼玉県坂戸市での生息は確認されています。ヒメボタルは人工的な光を嫌うので、車のライトや街灯などがあると光らなくなります。
いうっちんさんの言っているのは多分ヘイケボタルではないかと思われます。うろ覚えですが、頭の赤いところの形を見れば分かると思いますが、三角がゲンジボタル、ヘイケボタルが丸、ヒメボタルは縦長の楕円になっていたと思います。


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いうっちん

ライさん、コメントをありがとうございます。
いいえ、ヒメホタルなんですよ。
実は、学生のときホタルの研究会に入っていまして、、、。
ヒメホタルは、独特の早い点滅間隔ですから、捕獲しなくても
明らかにゲンジボタルやヘイケボタルとは区別できます。
また、陸棲ですので、これでも区別ができます。
さらに、
ゲンジボタルとヘイケボタルは、
光り方、大きさの他、胸部中央の黒い縞が、ゲンジは十文字であるのに対してヘイケでは一直線ですので、これで同定して(見分けて)いました。

ヒメホタルとても、きれいですよ。
まさしく、地上の星。
山の中で、木々の間で小さな光の点滅が波打ちます。
他に生息地もかなりあるようです。
当所では季節になると教育委員会の方が見回りをされています。

ヒメホタルを見に山に入るとき、
街の子どもたちは、どうしても怖くなって懐中電灯をつけてしまいます。
ライさんのおっしゃる「人工的な光を嫌う」ようで、点灯すると光らないのです。
暗闇を知らない子どもたち、ヒメホタルを見ることができると、意識が変わるような感じがします。
とてもおしゃべりになりますし、明るくなります。
暗闇を見て、明るくなるって、なんとなく変ですが。
すみません、蛇足でした。。。


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プリマ

岡崎にヒメホタル発祥の地と呼ばれる場所があります。
でも、デリケートなホタルたちで天候に左右され、なかなか見ることができません(;;)
昨年、そこへホタルを見に行って出会った人と結婚
しました。
その縁あって、この」ホタルの方言のメルマガを
親友から教えてもらいました。
興味深い内容でした。。。
ホタルって世界各地にいるみたいですけど、なかなか
見られない地域が多いようです。
ちなみにポーランドではホタルのことを
「シュービトリック」、台湾では「イーフォーチュン」
(表記によりかなり発音が変わってしまっているかも)
と言うそうですが、これを教えてくれた共に故郷の人々は
一度もホタルにお目にかかったことがないとのこと。
日本の気候はホタルには恵まれているのかも。
余談でした(^^




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 あたりまえと思っている風景が不思議に見える。長く患っていた母方の祖母の葬儀に出たときのこと。棺に花を手向けつつ、死者の白装束と生者の黒い装い、このコントラストはどこに由来するのかと、頭の片隅をよぎる。神聖な色としての白はわかるとして、黒は。 服飾史研究家の増田美子氏によると、もともと日本の喪服は白だったという。黒に変わったのは奈良時代のことで、「養老喪葬令」に天皇は直系二親等以上の喪に「錫紵(しゃくじょ)」を着るように定められた。唐にならったものらしく、皇帝は「錫衰(しゃくさい)」を喪服に着たと唐書にある。日本でも金属の錫(すず)の色すなわち薄墨色の服を着ることになったわけだが、じつは唐の錫衰とは灰汁(あく)で処理した麻布のことで、白色だったというオチがある。 室町時代になって、喪服はいったん白色に戻り、江戸時代まで引き継がれている。日本人にはやはり白色への特別な思いがあったか。再び黒になったのは明治維新後。今度は英国にならったもので、日本人にとって黒の喪服は、二度にわたって外国から入ってきた習慣ということになる。 死装束の白は今も変わらない。ただ、三角頭巾はしない場合も増えたようだ。鎌倉時代の絵にも残る古い風習。一般に魔よけといわれるが、何が由来なのか。調べるうちに、武士の月代(さかやき)を思い出す。額に特別な意味があったのかもしれない。そこで月代の起源にあたる。中世の貴族が冠をかぶったとき髪が見えないように毛を抜いたのが始まりで、戦国時代、兜をかぶったとき熱がこもらないように頭上を剃って定着したという。即物的な理由で、これはあてがはずれた。 三角頭巾は、名前の通りそもそもは頭巾で、布を省略して三角になっただけだったか。ならば旅に帽子は不可欠、額とは関係ない。 四十九日も過ぎた。祖母は無事に旅を終えたことだろう。

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