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ちょっと知的な雑学&トリビア

植物と動物

2003年6月09日 【コラム
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 その名も、奇想天外。アフリカ西南部の砂漠に、たった2枚の葉だけで1000年以上も生き続ける植物がある。葉の基部に分裂組織があって、生涯伸び続け、帯のようになる。さすがに葉だけというのは珍しいが、樹木を含めると、植物には長寿が多い。細胞壁のある植物ではガンが転移しにくい、動物は生きた細胞のみで構成されるのに対し、植物は死んだ細胞も利用しているなどがその理由。
 もっとも寿命という場合、個体とは何かを明確にしなくてはならない。たとえばヒガンバナは、親球根のまわりに子球根ができて増殖する。親子といっても遺伝子はまったく同じ。縄文時代に食用として持ち込まれたという説が正しいとするなら、ヒガンバナは縄文時代からずっと生き続けていたと表現できないこともない。
 生命はざっと40億年前に誕生したとされる。なんども繰り返し現れてもよさそうなものだけれど、どうやらそうではなく、たった一度、生命は誕生し、それがすべての源となったらしい。たった一度の誕生から、ぼくたち動物と植物のようにずいぶん違ったものに枝分かれし、いまがあるということ。それはなんだかとても不思議なこと。
 身長も、植物は動物よりずいぶん高い。心臓によって送り出す動物の血液と違い、水分子のくっつきあう力で根から葉に水を運ぶ植物の方法だと、理論的には400メートル以上も吸い上げることができる。もっとも、高すぎると横風などで折れてしまうから、実際には理論値の半分も伸びない。
 森林インストラクターの井上俊氏によると、万葉集には73種の樹木が出てくるという。マツやカシ、クリにウメ、サカキ、ウルシ、ヤマザクラ。古代より日本人は樹木に親しみ、歌に詠んできた。たった一度の奇跡から生まれ、その後大きく違う道を歩んだ同胞。その仲間のことを、あらためて思う。淡い色合いだった若葉が徐々に色づいてきた、初夏の一日。

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7 comments to...
“植物と動物”
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小橋昭彦

今回、「鈴木英治」さんの『植物はなぜ5000年も生きるのか』を参考にしました。また、塚谷裕一さんの『植物のこころ』も。井上俊さんは『万葉の樹木さんぽ』として研究成果を刊行されています。


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MOTO

タダ一度の奇跡について、神様の「光有れ!」を連想したので、「いつも、面白い話をいつもありがとうございます。」と言う御礼を言いたくなりました。人の一生が、全部記述できるとすると、1mの長さの棒のある一点で分割した小数点ですべて記述できるという話とあわせて考えるととても敬謙な気持ちになります。宗教なんか信じませんが。


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大島

>細胞壁のある植物ではガンが転移しにくい

ということは植物にも植物にもガンは
発生するんですかね。


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第三市民

植物も動物も元は一つ・・・・感動しますね。

そして、現在この瞬間に生きている全ての生き物は、単細胞であれ、複雑な構造であれ、全て横一線に並んでいるように感じられます。

高等生物なんていうのは、おこがましい気がしませんか?


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ゆん

植物の癌だと言われているものに、根頭癌腫病(こんとうがんしゅびょう)というのがあります。
根にこぶができる病気なのですが、ある菌に感染すると腫瘍ができ、自己増殖した結果、こぶになるようです。
動物の癌と同じように考えるのは、私としては?ですが。

さて、前々から疑問に思っている事があります。
「もし、地球上から植物が全くなくなると動物は生きていけないのでしょうか。
もし、地球上から動物が全てなくなっても植物は生きていけるのでしょうか。」というもの。
わたしは生物はいろんな線で立体的に繋がっているものと感じます。そう考えると‥‥


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小橋昭彦

大島さん、ありがとうございます。

>植物にも植物にもガンは発生するんですかね。

病の名称としてのガンとガン細胞を別に考えた方がわかりやすいかもしれません。ガン細胞というのは、なんらかの理由で遺伝子が壊れた細胞を言います。それは植物の細胞にも起こるけど、仮に細胞がガン化しても、動物の場合のように広がっていかないと。


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nakaji

興味深い話をどうもありがとうございます。
彼岸花ですが、球根を擦って揉みながら水にさらすとグルテンが得られます。さらしが足りないとかなり毒性の強い植物ですので、飢饉対策にはあまりならなかったようです。日本に入ってきたのは1株で現在のものはほとんど株分けによるものらしく遺伝子的には同じもののようです。
最近、観賞用に青や黄色のものが栽培されてます。




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 散歩をしようと勝手口を出た足元を、トカゲが走りすぎる。見ると尻尾が切れている、子どもへのいい教材だと思いつつ、自分が子どものころと比べて、トカゲの尻尾の再生についてもずいぶん説明の奥が深くなってきていると、そんなことを考える。 ES細胞という言葉を目にする機会が増えた。受精後の初期胚から培養した、あらゆる細胞になる可能性のある細胞。さまざまな枝に分かれる幹に似ているところから、幹細胞と総称される細胞の一種で、ことにES細胞は血液や神経、心筋にいたるまで広い可能性を持つため、再生医療の鍵として期待されている。ただし、いわばヒトを構成するさまざまな可能性を培養するわけだから、倫理面でも細心の配慮が必要なのでもある。 再生する生物としてはプラナリアが古くから知られてきた。まっぷたつに切っても、どちらもがひとつの個体として再生する。人間ではこうはいかない。人間のなかで再生能力が高い臓器といえば肝臓で、ゼウスによって山頂に縛られたプロメテウスが、鷲に肝臓をついばまれるという罰を受け、夜毎再生してはまた苦しむというギリシア神話がある。これは肝臓の再生能力を人類が古くから知っていたことを表しているとして有名だ。肝幹細胞は2万から3万個にひとつというから、いかに幹細胞が高い増殖能力、分化能力を持っているかということになる。 江戸時代の療養所を描いた黒沢明の『赤ひげ』を思い出す。手立ての無い病人を前に嘆く赤ひげに、ぼくたちは多少の助力をできるだろうか。いや、彼は「生命力の強い個体には多少の助力をすることはできる」とも言っている。生命力とは、ただ細胞や臓器にあるのではない。苦しみや悲しみや、あるいは喜びや希望を胸に抱く、それが命の力。 そうか。岩陰に隠れていったトカゲをなおも目で探しつつ、あらためて思う。考えてみれば、尻尾が切れたトカゲを前に子どもに語りかけなくてはいけないいちばん大切なことは、あの頃も今も変わっていないんだ。

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 あたりまえと思っている風景が不思議に見える。長く患っていた母方の祖母の葬儀に出たときのこと。棺に花を手向けつつ、死者の白装束と生者の黒い装い、このコントラストはどこに由来するのかと、頭の片隅をよぎる。神聖な色としての白はわかるとして、黒は。 服飾史研究家の増田美子氏によると、もともと日本の喪服は白だったという。黒に変わったのは奈良時代のことで、「養老喪葬令」に天皇は直系二親等以上の喪に「錫紵(しゃくじょ)」を着るように定められた。唐にならったものらしく、皇帝は「錫衰(しゃくさい)」を喪服に着たと唐書にある。日本でも金属の錫(すず)の色すなわち薄墨色の服を着ることになったわけだが、じつは唐の錫衰とは灰汁(あく)で処理した麻布のことで、白色だったというオチがある。 室町時代になって、喪服はいったん白色に戻り、江戸時代まで引き継がれている。日本人にはやはり白色への特別な思いがあったか。再び黒になったのは明治維新後。今度は英国にならったもので、日本人にとって黒の喪服は、二度にわたって外国から入ってきた習慣ということになる。 死装束の白は今も変わらない。ただ、三角頭巾はしない場合も増えたようだ。鎌倉時代の絵にも残る古い風習。一般に魔よけといわれるが、何が由来なのか。調べるうちに、武士の月代(さかやき)を思い出す。額に特別な意味があったのかもしれない。そこで月代の起源にあたる。中世の貴族が冠をかぶったとき髪が見えないように毛を抜いたのが始まりで、戦国時代、兜をかぶったとき熱がこもらないように頭上を剃って定着したという。即物的な理由で、これはあてがはずれた。 三角頭巾は、名前の通りそもそもは頭巾で、布を省略して三角になっただけだったか。ならば旅に帽子は不可欠、額とは関係ない。 四十九日も過ぎた。祖母は無事に旅を終えたことだろう。

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