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ちょっと知的な雑学&トリビア

キスは右に

2003年3月31日 【コラム
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 科学もけっこうお茶目だ。今年のバレンタインにはNASAからハート型の天体画像が公表されたし、ネイチャー誌には人はキスをするとき右に頭を傾けることが多いという論文が掲載された。後者の論文は、1歳の次男を抱くとき彼が右ばかり向くのでなぜだろうと話していたときでもあり、わが家にとってもタイムリーだった。
 この論文を発表したのは、ドイツ・ルール大学のギュンタークーン博士。米国、ドイツ、トルコ各国の空港などで観察、124組のうち、80組が右に顔を傾けてキスをし、44組が左に傾けてキスをしたと報告した。2対1の割合だ。博士は、この傾向は子宮の中にいるときに顔を右に傾けていることの名残と推測している。足や目、耳などもほぼ同じ比率で傾向があるそうで、頭を傾ける癖が反映しているのではないかと指摘している。ただ、右利きの人は8対1の割合で左利きより多く、これは別の理由を考えなくてはいけない。
 それにしても、相手と傾向が違ったらどうなるのだろう。論文はこれにも答えている。2対1で右傾向の人がいるとする。ランダムに9カップルつくれば、うち4組はめでたく右キス同士、1カップルは左キス。残り4カップルがかち合う。この4カップルが、譲り合って半々の割合でいくとすれば、合計6カップルが右キスとなり、2対1の割合で右キスという観察結果と合致する。鼻の頭がぶつからないかと気になるなら、とりあえず右に顔を傾けてみておけば無難かもしれない。
 博士は、空港での観察は人種や世代のバリエーションが多くいいアイデアだったが、キスはあんがい難しいと語っている。肩掛けカバンが邪魔したりして、科学的に評価できるストレートなキスは少ないのだ。最初のシカゴ空港では5時間粘ってほんの数例。結局124例集めるのに2年半かかっている。なるほどキスは奥深い。納得しつつ子どもに口付ける。あ、やっぱり左ほほにした。

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7 comments to...
“キスは右に”
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小橋昭彦

論文は、ルール大学の「研究室サイト・公表論文集」からダウンロードできます。「Adult persistence of head-turning asymmetry(Nature 2003 402:711)」です。natureのオンライン記事「Most people kiss the right way」もわかりやすいです。気になる人はNASAの「バレンタインデーのハート天体」もどうぞ。コラムでは触れなかったけれど「キスに関する国際比較」もどうぞ。


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バナナ

バナナともうします。

「今日の雑学」はいつも拝見しております。仕事に、プライベートに有益な情報をありがとうございます。

さて、今日の話題「キスは右に」には、ちょっと別の意見がありますので、ご参考までに。

実は私は「左派」なんですね。
なぜかということをつらつら振り返ってみると、
「自動車のなかでキスすることが多かったから」
なんですね。
私(男性)が助手席の女性にキスしようと覆い被さると(ちょっとこのへん生生しい表現でしょうか)、どうしても「キスは左に」になってしまうんです。

なんでそれと反対に「左ハンドルの国では右派が多くなるのでは?」という解釈もあるのではないかと...
キスをするシュチュエーションはいろいろあるでしょうが、明確に方向を限定するシュチュエーションは「車中」くらいです。そのために他のシュチュエーションのキスも「車中と同じ方向」に引きずられるのではないでしょうか?
「僕は/私は車に乗らない」と言う人も、そのキスをする相手が車にのれば、その人に合わせざるを得ないでしょうし、そういう「右派/左派」っていうのがその国で多数を占めれば、「あえて逆行く」っていう人も減っていくんじゃないでようか?

まあ、欧米と日本ではキスの意味も違うでしょうが、
日本では「左派」「右派」どちらが多いか気になります。

ではでは


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小橋昭彦

バナナさん、ありがとうございます。

しまった、投票を取ればよかったですね。次号案内になりますが、とってみようかな。


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コグレマサト

いつも楽しく拝見させて頂いています。
今日の記事で、11ヵ月の息子のことを思いだしてみました。

確かに、右を向いていることが多いような。あと、寝ている時にも必ず一方を向いていて、いくら直してもそっちを向いていたのですが、それも確か右向きだったような気がします。関係あるのかな?


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tak

実は先月の中ごろ、私のサイトの BBS で、この話題でひとしきり盛り上がってしまいました。(2月13日の CNN ニュースで紹介されていたものですから)

私のサイトの反響を見る限り、女性は案外左派が多く、男性は右派が多いようで。「喧嘩四つ」の場合は、女の方が合わせるという声がありました。

中には、右から入って途中で鼻をなめて左に行くというわけのわからないのもありましたが。

ところで、この研究はどうして「キスの本場」フランスの空港を避けたのだろうというのが、最後に残った疑問です。


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大阪わかろう

毎号楽しい話題!ありがとうございます。最近(いや、ずいぶんと前からだ!)キスなんてすっかりご無沙汰してるシルバーですが、この種の話題はだいすきで大変興味深く何回も読み直しました。そういえば私は右ですね。みんな右だと思ってました・・意識したことなかったですけど。これから町で見かけるヤングの抱擁にも目を配ります。


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抹茶プリン

 こんにちは。いつも楽しく拝読させて頂いています。

 私もこの論文の事は、ニュースで知りました。まだ読んでいないのでわかりませんが、こんな夢のある事柄も「研究」となって、さらに論文にしてしまうんだなぁと、素敵な気分になりました(表現がヘタでいまいち良い言葉が見つかりませんが)。

 ちなみに手前は左。私は髪が長くて多く、首がこる程重いので(でも切らないんですよねぇ)普段からよく頭を傾けちゃうんですが、髪の毛を右分けにしているので、左にかしげないと髪が顔にかかっちゃう。だから「傾げるなら左に」という癖を自分でつけた、と思ってました。

 できれば先にコメントされた方のように、他の方の、ご自分が考えていらっしゃる理由も軽く伺えるとうれしいです。答えは一つではないですもんね。

 とにかく、多くの読み手が、ふ0ん、っと言うだけではなくて、様々な思いを巡らすほどの話題提供ができる研究ってすごい!と思ってしまいました。

 次回も楽しみにしています!


 大阪の交通科学博物館に入って最初に目につくのは、巨大な蒸気機関模型だ。蒸気によるピストン運動を、たくみに車輪に伝えている。動力の歴史は、力を回転運動に変えることと切り離せない。ワットの貢献はそれだけでなく、回転運動を利用して、力が大きくなると遠心力で弁が絞られる仕組みも作った。力の発揮も制御も、回転を利用している。 回転運動はさまざまな機械に不可欠だ。自動車はもちろん、パソコンだって記憶装置にモーターが組み込まれているし、人工衛星は回転を利用して姿勢を制御するジャイロ・スコープがあってこそ。それなのに、動物には回転がない。車輪を持った動物はいないし、歯車を利用して動く生物もいない。人工物での回転の重要性を考えると、不思議な気もする。車輪動物が登場する石原藤夫氏の「ハイウェイ惑星」で指摘されているように、生物界に車輪が無いのは、でこぼこがあるからではある。車輪があっては動けないのだ。 この作品が発表されたのが1965年のこと。その後、1970年代半ばに生物界でモーターが発見された。細菌についているべん毛がそれで、後ろに伸びたべん毛を回転させて推進力を得ている。回転しているように見えるだけではと疑う声も多かったのだけれど、発見者のメル・サイモン博士は、しごく簡単な実験で実証した。べん毛の一本をつかむ。すると細菌自体がくるくる回る。なるほどである。 ただ、べん毛モーターが実現できるのも、ミクロの世界だからこそ。べん毛は水素イオンを利用して、軸から回転する側にほとんどロス無くエネルギーを伝達しているけれど、大きな世界ではできない。だからぼくたちのなかにモーターはない。ただ、それを模した二足歩行ロボットには、モーターが使われている。回転運動を利用した人もすごいが、それなしで複雑な機構を実現している自然は、さらに奥深いとあらためて思う。

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 その昔、お箸を持ち歩いていた。持ち箸そのものの環境保全効果というより、宴席などで箸を取り出したときの会話が地球環境の話につながることを期待していた。箸を持ち歩くことで、みずからの日々の生活も少し、環境に気遣うスタイルになったように思う。 箸を持ち歩くように、自己像を操作する。それがフリであると承知していても、呈示した自己像に自分自身を合わせていく、ひとにはそんな側面がある。専門用語で言えば、これをキャリーオーバー効果という。偽りの自己だったものが、ほんとうの自己に影響を及ぼす。美化推進運動への署名に協力したあとでは、自分の庭に交通標識を立てる依頼に応える人が増えたという研究もある。署名することが公共活動に積極的という自己への思いを生み、庭に標識を立てることでも許諾してしまうのだ。 あるいは馬券。馬券を買った人は、買う前より自分の買った馬が勝つ可能性を高く評価する。勝つ可能性を高く評価するから馬券を買うのではなく、馬券を買ったから高く評価するわけ。あるいは、仕事への満足度は、報酬の高い人より低い人の方が高い、という結果もある。これはつまり、仕事を続けていることと報酬が低いことの間にズレがあるのだけれど、このズレを仕事に満足しているからだと思うことで埋めているわけだ。 こうして人は、自らの思う自分と、現実の自分との差を埋めようとする。意識的にするのではなく、無意識に。キャリーオーバー効果を生む背景としては、このほかにも、コミットメント説といって、他者に示した自己像を変更することで社会的評価を下げるのを避けようとするために自分を変化させるという説もある。 ぼくたちは、自分で思っているほど自分のことを知らない。何気なく口にしたことに引っぱられて、自分は変わっていく。だから。同じ口にするなら力強いひと言を、同じ描くなら明るい明日を、描こうと思うのだ。

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