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ちょっと知的な雑学&トリビア

明暗

2003年2月24日 【コラム
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 人間の眼が、明暗に比べて色合いにおおざっぱなのは、それぞれを担当する視細胞の違いによる。色を見分ける錐体細胞は網膜上に650万個、輝度を担う桿体細胞は1億2000万個。数だけでもこれだけ違ううえに、錐体細胞は明るいときを中心に働くようにできている。
 配置にも違いがあって、錐体細胞は網膜の中心部に集中しているのに対して、桿体細胞は周辺部にも手厚い。考えてみれば、敵にしろ獲物にしろ、見分けるために必要なのは迫りくる陰といった情報なわけで、色はその次でいい。野生の名残といえるだろうか。
 敵や獲物といえば、たとえ視野の周辺でも、動いていると気になるのも、これに関係がある。動くものは敵あるいは獲物の可能性があるわけで、だからこそ敏感。考えごとをしているときに目の端でちらちら動くものがあって気が散る、あれは知的活動と野生がたたかっているのか、なんて考えると楽しい。
 夜によく見えないのが鳥目。確かめると、フクロウのような夜行性の鳥は別にして、昼行性の鳥には錐体細胞しか持たない種が多い。暗がりに弱いのも道理。それではと魚を調べる。こちらはどちらの細胞も持っている。腹が白い理由も明暗で説明されていて納得。太陽がさして腹側が暗がりになったとき、その反対の側である背が影のように黒ければ、全体が平板に見え敵に目立たない。カウンター・シェーディングといわれる方法。明暗を利用して身を守っているわけだ。
 ここで再びヒトに戻る。ヨーロッパの人々の眼が青いのは虹彩という部分にメラニン色素が少ないため。日本人に比べて眼そのもののサングラス効果がなく、まぶしさに弱い。ひるがえって日本人は、まぶしさに強い眼ゆえか、夜に明るさを求め、色合いにこだわる。『陰翳礼讃』は谷崎潤一郎、漱石にも『明暗』と題した未完成作品があった。いまのぼくたちはどうだろう。心のヒダってのは、明暗でつかむもののような気がするけれど。

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7 comments to...
“明暗”
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小橋昭彦

いまさら紹介するまでもありませんが、『陰翳礼讃』そして『明暗』。


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沖津辺 舟帆

 いつも興味深く拝読し、よく勉強しておられることに深く感心しています。今日のテーマの視細胞に関して自衛隊に奉職していた昔習ったことがあります。曰く、「桿体細胞は白黒しか判らない代わりに感度は良い。夜間、暗がりの中で物を探すときは“周辺視”で行え。」実際の体験でも初期発見は周辺視、識別は凝視、というパターンが多かったように思います。
 今後ともご活躍を祈念致しております。沖津辺 舟帆


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鸚鵜

ふと疑問に思ったのですが
カラーの印刷物を白黒コピーすると、それなりに陰影が出て気持ちよくとれたりするものと、真っ黒になって読めないものとあるじゃないですか。
コピー機の目の色と輝度を感知するセンサーはどっちが重きを置かれているんですかね。そもそも構造や原理は?


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その「桿体細胞」が、遺伝子のトラブルがもとで非常に傷つき易くなる「網膜色素変性症」という疾患があります。
これはまだ、その発生のメカニズムもはきりせず、効果的な治療方法もなく、厚生労働省により難病指定されています。

4000人に一人の割合で発生するとされていますが、主な症状は視野狭窄と、夜盲です。私もその一人なんですが、現在、視野は10度鵲、暗い所は、ほとんど見えません。

正確な表現ではないのですが、トイレットペーパーの芯を二つに切り、小さな双眼鏡のように両目に当て眺めたようなもので、夜はさらにそれに濃いサングラスをかけたようなものと書けば概ね想像がつくでしょうか?

コラムに書かれてあるように、網膜細胞の大部分であり、明暗を守備範囲とする「桿体細胞」が壊れてしまう訳ですから、視野が狭くなり、鳥目になっても不思議はないですよね。

もしご希望でしたら、判り易く書かれたテキストデータをお送りしますので、ご連絡ください。


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小橋昭彦

有さん、ありがとうございます。お恥ずかしいことに、存じ上げませんでした。いろいろな意味で、勉強になりました。

送信のお手数をおかけしてもいけないと思い、調べてみました。「日本網膜色素変性症協会」というのもあるのですね。

眼の話、視点を変えてもう少し突っ込んでみます。


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いえいえ、知名度の低い疾患ですから、ご存知でないのは、当然かもしれません。現に私も含めての網膜色素変性症患者の殆どが初めて病名を告げられた時「え?何それ・・・」といった状況なのですから。

ところで、これは蛇足になるのかもしれませんが、小橋 さんに探して頂いた団体の活動以外にも、それなりに障害者同士の交流もあり、それぞれに生活をし、仕事をこなし、明るく暮らしています。

「どーなっつ屋さん」
ここなどが良い例だと思います。できましたら、一度覗いて頂いて、そういう人達の生の声も観察して頂ければ、この機会にと、投稿させてもらった甲斐があったというものかもしれません。


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小橋昭彦

どーなつ屋さん、とても参考になりました。掲示板を拝見していて、健常者であるぼく自身が勇気付けられるようなところがあって、不思議ですね。




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 水中では視界がききにくい。あれは極度の遠視状態になっているからだと、視覚生理学の村上元彦教授の著書で知った。ヒトはものを見るとき、光を屈折させて網膜に焦点をあわせる。水晶体がレンズの働きをしていると説明されるけれど、じつはヒトの眼でおこなわれる光の屈折の、ほぼ3分の2は空気と角膜との境界面で起こる。水と角膜では屈折率がほぼ同じなため、水中ではこの屈折が起こらない。そこでゴーグルをかけて、水と角膜の間に空気の層を作る必要がでてくるのだ。 村上教授の書籍を手にしたのは、夢の色について調べていて、ふと実際にこの世界がフルカラーで見える仕組みはどうだったか気にかかったからだった。答えは錐体という視細胞にあって、これが三原色を感じてフルカラーにする。もっとも、人間にとって色成分はそれほど細かいところまでは必要なく、かなり大雑把。その点は、視覚のもうひとつの要素である輝度の場合が、星明りから真夏の海岸まで100万倍以上もの違いに対応するのとは対照的だ。 村上教授は、著書で赤・緑の色覚異常であることを明かしている。異常という表現にためらいもあるが、教授の表記に従う。そのことを自己紹介すると、赤い紙を見せて「何色に見えますか」と尋ねる人がいるという。そんなの英語ならredだし、ぼくたちは緑色でも信号を「青」という。ただ色を尋ねることはむなしい。 色覚検査には、石原式と呼ばれる検査表がよく使われる。日常ではありえない、鋭敏すぎる検査。列に並んで待つとき、淡い色並びで描かれた文字を答えられるか、ぼくでさえどきどきしたものだった。読めない人の心の傷はどうであったか。比率からいえば、色覚異常者はクラスに2、3人はいる計算になる。あるチョーク会社は、村上教授の指摘ではじめて黒板に赤いチョークで書いた文字が見えにくいことを知り、朱色のチョークを開発した。そう、ぼくたちはむしろ、自らの心の盲点に自覚的であらねばならない。

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 トンボの眼は複眼であると理科で習って、悩まれたことはないだろうか。トンボには世界がどう見えるだろうと。いくつもの像が万華鏡のように見えるのだろうか。その答えは、簡単には見つからなかったと思う。動物心理学者のロイド・モーガンが唱えた公準というのがあって、動物の行動を人間の視点から解釈することを戒めている。餌を見て鳴いているだけなのに、自分への愛情表現だと考えてしまうような過ちをするなってことだ。 情報処理機関である脳が違うんだから、見え方を想像しても仕方ないというのは一理ある。でもトンボの視界を想像するところに科学のおもしろさがあるはずでもあり、もっと踏みこんでほしいとも願う。そんなところに、認知心理学の鈴木光太郎教授による『動物は世界をどう見るか』を知り、興味深く読んだ。 結論からいえば、トンボだって世界はひとつに見えているはず。眼が二つある人間でも像はひとつだ。ただ、解像度は人間の100分の1程度なので、仮に人間の眼をトンボの複眼で置きかえるなら、最低でも直径1メートルくらいが必要という。 ミツバチの視覚実験もおもしろい。さまざまな色の台紙と餌場で実験したところ、同じ白い紙なのに結果が違う。ミツバチは紫外線を見ることができるとわかって謎は解消。同じ白紙でも紫外線の吸収率が違っていたわけだ。ところで、ミツバチは紫外線「も」見えるのではなく、人間とずれていて、逆に赤が見えない。とすると、ミツバチにとっての色ってどう見えるのかと気になる。人間の黄色はミツバチにとっても黄色なのか、それともずれる形で赤なのか。紫外線は何色なのか。 モーガンの公準はこうした問いを避けることを薦めるけれど、鈴木教授は補色と色円環の考え方をふまえ、赤ではとあえて推測する。それが小気味いい。相手の立場になって想像するっていうのはぼくたちだからできることだし、科学論文はともかく、日常生活でペットの行動に愛を見たって不都合はないよね。

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