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なぜ夢を

2003年2月13日 【コラム
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 夢を見た。もうすぐ1歳になる次男がとつぜん歩き始め、上がりがまちから跳び下りまでしている。きっかけは起きてすぐ気づいた。伝い歩きが上手になった彼の話をしていたところに、昨夜は長男と『となりのトトロ』を観た。何度も観た映画だが、今回は次女のメイが両手に物を持って階段を降りるシーンが印象的で、あんなにしっかり歩けるなんて何歳だろう、と話していた。
 ほかの人の場合は知らないけれど、ぼくの場合は、ほとんどの夢はこうして見たきっかけを探ることができる。フロイトやユングは夢を探ることで精神分析に入っていたのだったか。そんなことを思い出し、最近は夢についてどんな科学的アプローチがとられているのかと気にかかる。
 ネットで調べてみると、2002年に心理学者のマーク・ブラッグローベル教授が行った調査に出会う。全英の図書館に調査票を配布、読書と夢の関係を探ったもの。それによると、フィクションをよく読む人ほど、非現実的な夢を見る傾向が報告されている。子どもの場合は、怖い本を読んだ子は読まない子の3倍も悪夢を見ているともある。調査では、ほぼ半数の人が夢は日中の出来事に影響されると答えている。やはりそういうものか。
 夢を見る理由としては多くの仮説がある。重要な記憶を固定するために編集しているときに見るという「覚えるため」説があれば、「忘れるため」に消去しようとした素材が夢になるという逆学習説もある。印象的なのは、進化の視点を交えたシミュレーション説。何かの危機に対し、夢で体験していれば実際に起こったときすばやく対処できる。その結果、夢を見る生物が生き残ってきたのだと。動物も夢を見ると示唆する現象も観察されている。夢見の力が、生存競争を勝ち残らせてきたという想像は楽しい。武器を磨くより夢を見よ、か。

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10 comments to...
“なぜ夢を”
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小橋昭彦

まず「Mark Blagrove教授」の調査については、「To read perchance to dream…」をご参照ください。BBCの報道「Reading and Dreaming – The Survey Results」もわかりやすいです。夢の理論について、日本語の文献では「睡眠と夢のサイエンス」がおすすめ。「幻想実験室&おもしろ死生学」内の夢研究への扉もよいです。また、「日本睡眠学会」内の「ヒト睡眠の基礎」もおすすめ。動物は夢を見るかについては「脳の世界」の討論のページにまとまった情報があります。


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hirahira

本当に夢は不思議だと感じている
でも夢は自分ではコントロールすることが出来ない気がします 本当の自分をみることがあるそして
自分に幻滅することがある


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六島 蛍乱

戦争も起こるかもしれないというシミュレーションであれば、夢の中での話であればいいのですが...、それも難しいようですね。


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nomnom

私もよく変な夢を見ますが、やはり大抵きっかけをたどることができます。テレビや実体験からのインスピレーションが多いようです。
不思議だったのは、自転車の鍵を見失ってから2週間ぐらいあと、見つかる夢を見たその日にコインランドリーで実際に見つかったこと。予知夢ってあるかも、と思いました。
夢を見ている時間は熟睡できていないと聞きます。よく夢を見るのは、眠りが浅いためかしら。たまには朝までぐっすり夢を見ずにいたいと思います。


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てるまる

私の夢はとても五感が鮮明です。色もあり。(疑似?)痛覚まであります。そして夢でしかなかなかありえないような危ない状況でも痛みがあるので行動が必死です。意識的に夢の中で行動できる時も多いです。
そして私は危機的状況に非常に強い傾向があるようです。
平時はやたらボケってますが。


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大阪わかろう

そういえば、会社辞めてから“夢”見ること少なくなった(ような感じがする)。みているのにそれを忘れてしまっているのでしょうか?。たまに覚えているのは、楽しい夢であること多いのも不思議な感じです。


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miwatch

大事な約束の前夜などは、待ち合わせ時間に遅刻したり、集合場所を間違えたり、といった夢を見ることが多い。その間違え方もやけにリアルで、目覚まし時計が止まってたとか電車に乗り遅れたとか。「あーっ、やっちゃった!」と思った瞬間に目が覚める。これってやはりシュミレーション説に近いのかな。


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青山 憲太郎

睡眠中の夢は何故見るのか?理由は、明確ではないそうですが、私の場合;
!)睡眠中の夢は、年代と共に変わった。若い頃、ヘビがうじゃうじゃ居て足の踏み場もない気持ちの悪い夢。
!)今から10020年前、地震で足下の地面が動き、山が噴火して、逃げる夢、兎に角空中を箒とか大きな模型飛行機で飛べる、高い崖をピョン ピョンと駆け回る夢。
!)どうしても卒業試験に合格できなくて、就職しても学校に通っている夢。最近見なくなった。
!)意識的に、夢の続きを見ることが出来た。
現在は、夢を見ることが少なくなり、朝の目覚めが来るかどうか不安?です。因みに、今年は古希になります。


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kazune

夢の中で泣いて、起きてみたら涙を大量に流している。
自分の泣き声で起きる。
あまり嬉しいことではないけれど、日頃泣くことの無い私にとっては、
夢は本当の自分が現れる場所かもしれないなぁ、、と思う。


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ゆうち

ぎっくり腰で運転ができないので、仕事を休んでいます。。。
なんとなく、メルマガを読みかえしていて、あ、と思い出しました。
子どもの頃や、学生の頃、いっしょの部屋に寝ている人と同じ夢を見るんです。
家で子育て中だけ面倒をみていたネコのことや、
行ったこともない小さな島の夢。
島の夢では、友だちとは別々のストーリーで夢が転回していくのですが、
桟橋や風景、島の大きさなど、思い出すことが全て一致。
こんなことってあるのー?という感じでした。
その友だちは社会心理学を専攻、今ではカウンセラーになっています。




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Your Comment:

 男は狩猟で家族を支えてきた。わかりやすい構図だけれど、そういうものに限ってときにあやしい。人類学者のジェームズ・オコネル教授の論文がある。いわく、初期の人類にとって男が果たした役割なんてたいしたことなかったのではないかと。 オコネル教授は、人類が食べた動物の骨に残った痕を調べている。その多くが、狩猟の結果ではなく、肉食獣が襲ったときの痕に似ているという。初期の人類は、肉食獣が倒したあとの死肉をあさっていたのだ。多くの量がまかなえるはずもなく、それだけで生き延びるに充分だったとは思えない。だとすると人類を支えたのは、女が採集した木の実だったか。 ぼくたちは、採集生活をもっと評価すべきなのだろう。旧石器時代の食事の方が人類の健康にとって良かったと指摘する学者も少なくない。季節ごとのさまざまな味覚を混ぜ合わせた、栄養的に偏りのない食生活。日本では里山保全の役割もあって高く評価される田園風景だけれど、こうした視点からは、一様な植生をもたらした農業は分が悪い。肉だって家畜の肉より野生の肉の方が脂肪分が少なく栄養価値が高いと、コロラド州立大学のローレン・コーデイン教授らのグループの研究発表にある。 こうした発表を目にするたびに抱くのは、人類はほんとうに進歩してきたのか、という思いだ。ぼくたちは漠然と、農耕が食糧生産を安定させ、人類の栄養状態を改善したと信じている。しかし生態学者のジャレド・ダイアモンドのように、農産物の登場で食物がでんぷん質に偏って栄養失調になり、栽培植物が絞られることで飢饉の影響を受けやすくなり、人口密度が高くなって伝染病リスクが高くなりと、悪影響を指摘する声もある。人類が積み重ねてきた変化は、確かに貴い。ただ、昔より今のほうが進んでいるといった考え方は、わかりやすすぎて、やっぱりあやしいのだろうな。

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 米国の哲学研究家エリック・シュワイツァベル博士が、昔は夢も白黒だったという論文を発表している。1951年の調査ではカラーで夢を見た人は3人に1人もいなかったのに、現代では大半の人がカラーで見た経験を持っている。テレビや映画のように夢見の技術が発達したわけではもちろんない。なぜ変化したのか。 テレビや映画の影響だ、というのが博士の指摘。白黒かカラーかという問い自体、映像技術が開発されたからこそ成り立つ。それ以前ならスケッチか彩色かという質問がありえたかもしれないが、夢と絵は違いすぎる。白黒映画、白黒テレビが登場して、人は夢を白黒で見るようになった。 いや、白黒で思い出すようになった、と言ったほうがいいかもしれない。見る夢は同じでも、思い出すときに、日常見ている映像の影響を受けて白黒になったりカラーになったりする。白黒のはずのテレビ番組を「真っ赤なブーツを履いていたね」なんて記憶していることもある。夢を思い出すという解釈行為の中に、色を決める過程があるとすればどうだろう。香りや触覚を届けるテレビが登場すれば、夢で手触り感などを覚えることが増えるのではないか、とも博士は予想している。 かつて人は、夢は会いたい人に会える場所であり、生き方を教えるお告げと考えていた。時代がくだって合理主義が芽生え、夢と現実は分離される。もっともそのために「夢みたいなことばかり言って」なんてぎすぎすした表現が融通するようにもなった。寝て見る夢が幻想になり、将来の夢までリアリティを失ったか。これはちょっとわかりにくい表現かもしれないけれど、夢そのものを信じるのではなく、夢を解釈する自分、夢に向かう自分を信じる。そんなつきあいかたを、ぼくは心がけている。夢に色をつけ、リアリティを与えるのは、この現実を生きるぼくたちのいとなみなのだ。

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