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ちょっと知的な雑学&トリビア

原始の食卓

2003年2月10日 【コラム
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 男は狩猟で家族を支えてきた。わかりやすい構図だけれど、そういうものに限ってときにあやしい。人類学者のジェームズ・オコネル教授の論文がある。いわく、初期の人類にとって男が果たした役割なんてたいしたことなかったのではないかと。
 オコネル教授は、人類が食べた動物の骨に残った痕を調べている。その多くが、狩猟の結果ではなく、肉食獣が襲ったときの痕に似ているという。初期の人類は、肉食獣が倒したあとの死肉をあさっていたのだ。多くの量がまかなえるはずもなく、それだけで生き延びるに充分だったとは思えない。だとすると人類を支えたのは、女が採集した木の実だったか。
 ぼくたちは、採集生活をもっと評価すべきなのだろう。旧石器時代の食事の方が人類の健康にとって良かったと指摘する学者も少なくない。季節ごとのさまざまな味覚を混ぜ合わせた、栄養的に偏りのない食生活。日本では里山保全の役割もあって高く評価される田園風景だけれど、こうした視点からは、一様な植生をもたらした農業は分が悪い。肉だって家畜の肉より野生の肉の方が脂肪分が少なく栄養価値が高いと、コロラド州立大学のローレン・コーデイン教授らのグループの研究発表にある。
 こうした発表を目にするたびに抱くのは、人類はほんとうに進歩してきたのか、という思いだ。ぼくたちは漠然と、農耕が食糧生産を安定させ、人類の栄養状態を改善したと信じている。しかし生態学者のジャレド・ダイアモンドのように、農産物の登場で食物がでんぷん質に偏って栄養失調になり、栽培植物が絞られることで飢饉の影響を受けやすくなり、人口密度が高くなって伝染病リスクが高くなりと、悪影響を指摘する声もある。人類が積み重ねてきた変化は、確かに貴い。ただ、昔より今のほうが進んでいるといった考え方は、わかりやすすぎて、やっぱりあやしいのだろうな。

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10 comments to...
“原始の食卓”
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小橋昭彦

James F. O” Connell教授のページ」から、論文がダウンロードできます。Loren Cordain教授の研究は、「Cave men diets offer insights to today” s health problems study shows」「Fatty acid analysis of wild ruminant tissues」をどうぞ。「Jared Diamond教授」の説については『人間はどこまでチンパンジーか?』参照。


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SoLong

少しでも生活をよくするために、人類は一生懸命やってきたと思うのですよね。万能じゃないから、やることは間違いだらけで、試行錯誤の連続で、それなのに、一番偉いと思い上がってしまったのが現代の不幸だと思います。間違いだらけであったとしても、祖先たちが一生懸命やってくれたのだと、敬意を払って学んで行く時、私たちは子孫に何かを残してやれるのではないでしょうか。


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MAX

「進化」が試行錯誤の連続だとすると、
今の人間は「調査・研究の結果・・・」という情報によって右往左往している。

「調査・研究の結果」による生活の変化と、ランダムな試行錯誤の結果による変化と、
どちらが進化のスピードが速いのだろう?
体にいいものだけを食べようとする人が情報に溺れていくように、
そんな小さな心配の積み重ねが、逆に人間を蝕むのかもしれない。

体にいいとテレビで特集した商品が飛ぶように売れて、
ガンになるかもしれないと言われた商品が突然売れなくなって・・・。

「私は健康にいいものしか口にしないし、もちろん子供にも、
安全なものしか食べさせません。」と自身満々のお母さんは、
私にはちょっと怖い気がする。

テレビを消して、雑誌や流行本を置いて、
自分と家族が口にするものぐらい、自分でじっくり考えて選ぼうよ。


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kiyokake

私は定年になって1年半になりますがそれ以来雨の日以外は毎日散歩と称して1時間半程度歩く事を日課にしています。始めたのは医者から糖尿病になると云われたほど数値が悪く為カロリ”制限と運動を云われたからです。それ以来会社に勤めていた時には感じなかった気持ちのいい体調を実感しています。血糖値も標準になり体重も”12kg下がりました。
昔から人間は飢えた時が長くカロリ”過剰に対応する遺伝子は体内に無いと聞きましたがそうだと思います。次に歩く事の効用ですが原始人類がアフリカの谷にうまれて以来ユ”ラシア大陸からべ”リング海峡を渡り南アメリカの南端まで老いても、子供を産みながらも、食糧を求めながらも、寒さをしのぎ、暑さを避けながら行きつ戻りつ歩いたのでは無かろうか思います。したがって歩く事で健康になるDNAは出来ているのでは無いかと思います。すこし大げさかな。


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薬や手術などの手を加えなければ、およそ人間は80年から100ねんくらい生きるとして、古代より先人はこのレベルに達するまであらゆる試行錯誤を重ねてきた。
現代は、摂り過ぎた栄養を体内に蓄積させない、身体が無理といっているのに延命しようとする、その両親からは生まれないようにプログラムされているものを無理やり受精させようとする、挙句の果ては遺伝子操作・・・。
もはや大いなる意味での衰退に向かっているように思える。
それにしても、女性だけが木の実を採集していたとは何故?
狩猟が始まる前は男性も、いや男性が主に採集していたとも思えますが。


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小橋昭彦

紫さん、

> それにしても、女性だけが木の実を採集していたとは何故?
> 狩猟が始まる前は男性も、いや男性が主に採集していたとも思えますが。

これ、確かにそうなんですよね。妊娠・育児のある女性がそれだけ働けるかと、ぼくも疑問に思ったのですが、裏付ける資料がなく、文中で紹介している論文に従いました。

ただ、現在狩猟採集生活を送っている部族を研究すると、やはり女性が働いているという話を目にした記憶もあります。この件、裏が取れたら男女の役割分担としてまた書かせてもらうかもしれません。


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ヒロ

はじめて投稿させてもらいます。

小橋さんの最後にある「昔より今のほうが進んでいる
といった考え方」は本当に何時も疑問に思ってまし
た。「虫の知らせ」の様な第六感だけでなく、視聴感
覚全てや記憶力なんかも昔の人は凄かったと聞きま
す。
コンピューターやPDAのような比較的新しい物から電話
などの古い道具まで、便利になればなる程失われて来
た能力が沢山あるような気がして、仕事でいわゆる
「便利な」サービスを考える時、少しだけ「どこまで
やっていいのか」分からなくなってしまいます。

私事ですが、最近ラップトップを買いました。色々な
意味で自分の短所を補い可能性を広げてくれる道具と
して何が必要かと悩んだ結果です。

少し本題から外れてしまいましたが、人間の明るい未
来と向き合った時、技術と人間の相互関係は外して考
えられないと思い、コメントさせてもらいました。


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たけお

今回の記事も興味深く読ませていただきました。

ありがとうございます。

先人の智恵と努力で築いてきた文明は素晴らしい。

その文明に頼り切った生活の私たち自身は、進化して

いるのでしょうか。

kiyokakeさんが感想でふれていた「歩く」という行為

ひとつとっても、車や電車に頼り切った現代人の姿を

浮き彫りにしてくれます。


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サリー

小泉総理大臣のメールを読んでいますが、本日の話題に
江戸中期の木喰(もくじき)上人という人の話が出て
きました。 山梨県下部町に生まれ、木喰戒(もくじき
かい)という、木の実や草などだけを食べるという戒律
を実行した修行僧だそうですが、93歳まで生きたそう
です。
ご参考まで


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小橋さま
お返事をありがとうございます。
続編、楽しみにしております。




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 鳥の鋭い眼光やうろこのような模様をした脚が苦手という人もいると聞いて、なるほどなあとひとり感じ入っていた。進化系統図をたどれば、始祖鳥の分岐からほど近いところで、肉食恐竜ティラノサウルスへの分岐がある。鳥の脚から無意識にティラノサウルスの足音を連想したとしても不思議ではない。 このほど中国の1億3000万年前の地層から見つかったミクロラプトルの化石は、鳥にもっとも近い恐竜として注目されている。全長約77センチ、前脚だけでなく後脚にまで羽がある。羽ばたくまではもう少しで、樹上から滑空して飛んでいたらしい。 恐竜がどのようにして飛ぶに至ったのかはまだわかっていない。地面を走って飛び上がることから進化したという「疾走離陸説」が有力になりつつあったところに、今回の発見は「樹上降下説」を復活させることになる。始祖鳥にしても現在の鳥類の直接の祖先ではない。羽ばたきながら飛び上がったり、樹上から滑空したり、さまざまな試行のなかから、現在の鳥類につながる進化が生まれたか。 空を飛ぶのは鳥類だけではない。昆虫にも翅のあるものは多い。進化生物学のマイケル・ホワイティング博士らは、ナナフシのDNAを調べた結果、一度飛翔能力を失ったものの、ふたたび翅を得たものがあると発表した。複雑な進化が繰り返すなんてこれまで考えられていなかっただけに、理論を見直すきっかけになるとされる。 空への挑戦。スペースシャトル・チャレンジャー号の事故のとき、今は作家として活躍する友人が、その残骸がそれでも上昇を続けようとしているのを、なおも宇宙へ向かおうとする宇宙飛行士の願いを見るようだと形容していた。あの惨事から17年。立ち上がったぼくたちを襲った、再びの悲報。 ナナフシのなかには、飛翔能力を失って5000万年後になって、翅を再進化させたものもあるという。ぼくたちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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