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腕時計

2001年1月31日 【コラム
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 腕時計のもととなる機械式の時計がいつできたか、明確ではない。およそ700年から800年前ともいわれている。もちろん、当時はとても持ち運べるようなものではない。携帯できる時計はというと、16世紀はじめ、ピーター・ヘンラインが作ったのがはじめという。直径10センチあまり、厚み75ミリというから今でいうと目覚し時計くらいか。
 腕時計が本格的に作られるようになったのは第一次世界大戦の前。日本で最初の腕時計が作られたのは大正時代のはじめ、1913年のこと。その頃、世界ではおよそ3500万個の腕時計が作られていたという。
 日本の機械式時計といえば、江戸時代は和時計という日本独特のもの。当時は不定時法というのが用いられていて、日の出と日没によって昼と夜に分け、それぞれを6等分する測りかた。季節によって時間の長さが変化していた。江戸の時計師らはこれに対応して昼間と夜間で違う時間の長さを測れる時計を作っていたわけで、技術はなかなかのもの。
 いま、世界における腕時計の生産量は年間およそ12億4000万個。うち日本メーカーによるものは半数強だという。携帯電話の普及で時刻は電話で見るようになり、腕時計の生産は縮小傾向。とはいえ、一方で復刻版の時計には人気が集まってもいる(日経12月27日)。
 違う時間の長さにも対応した日本の時計師だけれど、消費者の心は測りづらいようだ。

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4 comments to...
“腕時計”
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小橋

腕時計については、「シチズン腕時計資料室」「ときをまなぼう」「日本時計協会」「スイス時計協会」などが参考になります。「日本時計学会」なんてのもあります。


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ながさわ

腕時計はしていますが、9割方ファッションです(とは云っても\32000の安物ですが)。
ダイエットも兼ねて、規則正しい食生活を心掛けるようになったおかげで、腹時計がかなり正確です。


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学生

確かに携帯電話を持つようになって腕時計をしなくな
りました。高校生の頃は機械式の腕時計にあこがれ
て、欲しいなーと思っていたんですが。携帯を腕時計
代わりにしていて困ったことがひとつありました。資
格試験などの時です。もちろん携帯の電源は切るわけ
で、試験の終了時間が正確にわかりませんでした。こ
んな経験したのは僕だけでしょうか??きをつけね
ば・・・。


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パピヨン

私は腕時計を忘れると1日中、不便でなりません。
なんか落ち着かない。
さらに腕時計は、必ず長針と短針と秒針があるもので、
一目で「あーあと締切まで3時間か」と確認できないと
いけません。
デジタル式は、計算しないといけないので、合いません。

時計なしでいられる、うちの主人は変わりものかと
思っていたら、いまや私のほうが変わってるのかも。




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 先週末の大雪で関東は混乱したそうだけれど、お変わりありませんでしょうか。ふるさとではカメムシが大量発生する年は大雪になる、という言い伝えがあり、5年ばかり前の豪雪の年は、確かにカメムシの多い秋でした。今年の関東はどうだったでしょう。 カメムシは、名前のとおり亀に似ているところからついた名称。もっとも体型はさまざまあり、必ずしも亀に似たものばかりではない。世界には2500種以上、日本だけでも約90種が分布する。なかにはニシキキンカメムシのように彩り鮮やかなものも。 外敵に襲われたときに出す臭気が独特で、幼い頃は「へっこきむし」と呼んでいたものだ。カメムシは集団を形成するが、あの臭気をかぐと、外敵だけではなく仲間まで一目散に退散したりもする。つまりは仲間に対する警報ともなっているわけ(日経12月27日)。ちなみに外敵として知られるのは、テントウムシの幼虫など。あのにおいは、尻からではなくなか足とうしろ足の間の開口部から出る。 カメムシは古語で「ホウ」と呼んでいた。ここからついた植物名がホオズキ。カメムシがつく植物、ということだ。 カメムシとテントウムシ。カメムシと口に入れて鳴らすホオズキ。へっこきも、意外なところで意外なものにつながっている。

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 京都の北野天満宮では、年始のそろばんのはじき初めが恒例行事となっている。2001年は長さ5.5メートル、珠(たま)の数2000個という世界一の長尺そろばんが奉納された(朝日1月6日)。 そろばんにはどこか東洋のものというイメージがあり、語源も中国語の「算盤(スアンパン)」とされる。確かに中国でも紀元前から珠を使った計算が行われていたが、同様の手法は古く紀元前3000年以上前のメソポタミアや古代ローマでも知られている。別々に進化したのか、どちらかから伝来したのかはわからない。 日本へは室町時代までに中国から伝わっていたことが知られている。現在残る最古とされるのが1592年、加賀百万石の大名藤田利家が陣中で利用したといわれるそろばん。縦7センチ、横13センチ。上にある5の珠がふたつ、下の1の珠が5つのいわゆる「中国そろばん」だ。 じつは、現在のような5珠ひとつ、1珠4つのそろばんは歴史が浅く、昭和10(1935)年の小学校教科書改訂がきっかけ。日本の位取りにあった珠の数をということだった。 中国そろばんで5珠がふたつあるのは、1斤が16両だったことから、1桁で15までおけた方が便利だったからのようだ。あるいは、ロシアそろばんでは珠が4つしかない串がある。4分の1ルーブルなどの位取りのためだという。 国や時代が違えば珠の数も変わる。常識にとらわれていちゃあいけない。ものごとを眺めるときは、ごはさんで願いましては、でいこう。

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