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ちょっと知的な雑学&トリビア

食品サンプル

2003年1月09日 【コラム
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 帰省途中に寄ったハイウェイ・オアシス。4歳の長男の注文は「カレーライス」。ウィンドウの食品サンプルを見て悩むこともない。そういえば食品サンプルで選ぶのは、日本生まれの風習という。これは笑い話だが、米国のレストランで食品サンプルを置いたところ、ウィンドウを見て、よくできているわりに安いなどと来客が品定めしている。サンプルそのものを販売していると勘違いしたわけだ。
 模型にほんものの味を想像する文化は、盆栽に大自然を見、石庭に宇宙を見る日本人ならではか。研究家の野瀬泰申氏によると、食品サンプルには3つのルーツが考えられるという。これを事業化し、現在に続くグループ企業に育てたのが岩崎龍三で、昭和7年のこと。その時点で彼がヒントにした模型があったのだが、それはおそらく、大正6年に料理模型を製作していたと記録に残る西尾惣次郎によるものと推測されている。ふだん彼が作っていたのは、島津製作所から発注された理科教育用模型など。ノーベル賞を生んだ企業は、食品サンプルの源流でもあった。
 食品サンプルの隆盛は、百貨店食堂の登場と重なる。多量の注文をさばくため、先にオーダーを決めてもらう必要があった。東京の白木屋に食品サンプルを納入して、関東でのルーツになったのが須藤勉だ。
 初期の食品サンプルはひとつの型から大量に作った。ラーメンといえば全国どこでも同じラーメン。その後ご当地料理が広がり、それぞれに工夫をこらした少量生産に変わる。そしてふたたび大量に同一のものを作る時代に。外食チェーンの興隆だ。
 ちなみに米国人が気にしたサンプルの価格だが、汚れたら取り替えるため、貸付方式が一般的という。岩崎氏が決めた価格が、月額にして本物の料理の10倍。毎日本物を作って飾るより20食分安くなるという論理だ。なかなかよく考えられた理屈で、さすがにひとつの事業を起こした人は視点が鋭いと感慨にふけったことだった。

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5 comments to...
“食品サンプル”
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小橋昭彦

野瀬泰申氏の研究については、書籍『眼で食べる日本人』をご参照ください。岩崎グループは「いわさき」を、また「食品サンプル創作館」もご参考に。「西尾製作所」のように、今も同じく営業しているってすごいですね。


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海野 晴博

毎々お世話様です。
食品サンプルとはチョット違うのですが、「寿司の飴」も良くできていて感心します。
「寿司なの?飴なの?どっちなの?」と言われそうですが、寿司の形をした棒キャンディーです。子供連れでお寿司屋さん(もちろん廻る方)へいくとくれることがあります。特に感心するのがエビ(茹でたやつ)! オレンジ色と白の縞模様が妙にリアルなんです。
 あれも、食品サンプル屋さんが作ったのかな?


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城木きよ子

いつも楽しく読ませて頂いております。
最近のカフェでは、サンプルではなく本物を置いている
ところもありますよね?
我が家の娘たちはとりあえず触って見て、
「本物だ!」
とか
「偽者だ!」
といって楽しんでいます。


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河井由紀子

こんにちは。
お子様の成長記録と共に、毎回楽しく読ませて頂いております。
食品サンプルは子供の頃から大好きで、未だに触ってニヤつき夫に離される私にとって、今回は違う側面から見る機会を与えて頂き、とても新鮮な気分になりました。早速本も購入し、カラーの頁に日々見入っております。
今春から北海道暮らしなのですが、いつか創作館に行って体験をするのが目下の目標です。それまではサンプル並の料理腕を何とかしようと思います。

新しい視野を、ありがとうございました。


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須藤 勉

こんにちは。
此処で祖父の名前を見つけ懐かしく思い書き込んでおります。 サンプルに興味を持っていただき有難う御座います。勉の孫より  




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 思わずひざを打つアイデアがあって、心に残っている作品がある。たとえばポール・アンダースンの『脳波』。ある日を境に地球上の生命の知能が飛躍的に増大するという設定。ぼくたちの地球は、銀河系の端をおよそ2億5000万年かけて一周している。これまで地球が公転していた銀河の方向は、知能を抑制する作用のある空間だったのだと。そこから抜けて「平常」に戻ったのが、知能増大の要因とする。 読んだのは高校に入ったころだったろうか。『アルジャーノンに花束を』のように何らかの作用を加えるのではなく、今までかかっていた作用がはずれたという発想。日常ととらえていた日々がじつは異状だったという認識の変換が新鮮で、ため息をつきながら天の川、銀河の中心を眺めたものだった。 友人からもも上げの運動科学的解説を聞き、そんな日のことを思い出した。ももを高く上げる、昔よくやった運動だ。あの運動をすると速く走れる気になるけれど、もも上げで鍛えられる太ももの前の大腿四頭筋は、実はブレーキ筋。前に向かって進むとき、下方に落ちる重量と運動量に抗するためにある。筋肉というとつい力を出すことを連想するが、そう、抑制するはたらきもあるのだ。 筋肉だけではない。人間の免疫系でも、キラーT細胞のように外敵に対抗する力だけではなく、免疫系を抑制しているサプレッサーT細胞なんてのがある。この細胞を通常のT細胞から見分ける方法を発見した先駆者が京都大学の坂口志文教授。その後、免疫力を高めるために、このサプレッサーT細胞のはたらきを抑える研究がなされている。抑制するものをはずすことで力を出す。なんだか『脳波』的だ。 何かの道を開こうとするとき、ぼくたちはつい力によって開こうと考える。視点を変えて、抑制しているものをはずす、そんなじっくりした行きかたもあるのだ。思えば、10代の半ばでそんな考え方に出会えたのはしあわせだった。

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 犯罪心理学が注目されたと思ったら、こんどは科学捜査らしい。法医学捜査の最前線を描いた『科学が死体に語らせる』に目を通せば、プロファイリングへの皮肉めいた一文もあり、なんだかおかしかった。 ぼく自身が立ち会った15年前の記憶をたどるなら、捜査官は確かアルミニウムの粉をつけて指紋を検出していた。今では化学反応を利用した蛍光検出が主力という。そういえばカレーに毒物を入れた事件で、最先端の分析装置が用いられて話題になったっけ。DNA分析をはじめとして、捜査現場における科学はこの15年で格段の進歩を遂げている。 先端技術を用いた科学だけではない。米国ではここ10年ほどで、法医昆虫学が定着してきたという。死体にたかるウジなどの成長度合いから、死後推定日数を割り出す。マディソン・リー・ゴフによる『死体につく虫が犯人を告げる』に詳しいが、基礎データを集めるために、ヒトの腐敗分解過程に似た動物を利用して実地試験も行われている。その動物というのが、体重およそ23キログラムのブタ。人とて死ねば豚と同じかと、感慨を抱かないでもない。 もちろん、ブタを用いるばかりではない。コーンウェルの作品の題名にもなっているのでご存知の方も多いだろう、テネシー州には死体農場という場所がある。鉄条網に囲まれたなかには、献体された数十体の死体がさまざまな状況で置かれている。管理しているのは、テネシー大学のウィリアム・バス教授。自然の中に死体が転がる光景を想像すると、人間なんてしょせん、の思いを強くせずにはいられない。 もっともそれはなげやりな「しょせん」ではない。しょせん自然に還る身なら、今を生きることをおそれず、勇気を持って挑もうという、前向きの「しょせん」。検死を語る人が共通して、生きることの尊さを感じると述べていたのが印象的だった。

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