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ちょっと知的な雑学&トリビア

抑制するもの

2003年1月06日 【コラム
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 思わずひざを打つアイデアがあって、心に残っている作品がある。たとえばポール・アンダースンの『脳波』。ある日を境に地球上の生命の知能が飛躍的に増大するという設定。ぼくたちの地球は、銀河系の端をおよそ2億5000万年かけて一周している。これまで地球が公転していた銀河の方向は、知能を抑制する作用のある空間だったのだと。そこから抜けて「平常」に戻ったのが、知能増大の要因とする。
 読んだのは高校に入ったころだったろうか。『アルジャーノンに花束を』のように何らかの作用を加えるのではなく、今までかかっていた作用がはずれたという発想。日常ととらえていた日々がじつは異状だったという認識の変換が新鮮で、ため息をつきながら天の川、銀河の中心を眺めたものだった。
 友人からもも上げの運動科学的解説を聞き、そんな日のことを思い出した。ももを高く上げる、昔よくやった運動だ。あの運動をすると速く走れる気になるけれど、もも上げで鍛えられる太ももの前の大腿四頭筋は、実はブレーキ筋。前に向かって進むとき、下方に落ちる重量と運動量に抗するためにある。筋肉というとつい力を出すことを連想するが、そう、抑制するはたらきもあるのだ。
 筋肉だけではない。人間の免疫系でも、キラーT細胞のように外敵に対抗する力だけではなく、免疫系を抑制しているサプレッサーT細胞なんてのがある。この細胞を通常のT細胞から見分ける方法を発見した先駆者が京都大学の坂口志文教授。その後、免疫力を高めるために、このサプレッサーT細胞のはたらきを抑える研究がなされている。抑制するものをはずすことで力を出す。なんだか『脳波』的だ。
 何かの道を開こうとするとき、ぼくたちはつい力によって開こうと考える。視点を変えて、抑制しているものをはずす、そんなじっくりした行きかたもあるのだ。思えば、10代の半ばでそんな考え方に出会えたのはしあわせだった。

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10 comments to...
“抑制するもの”
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小橋昭彦

脳波』残念ながら、絶版のようです。筋肉の働きについては、「ジンブレイド」がわかりやすいです。免疫については「T細胞の話」をご参照のほど。


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ytk

プラスのアイデアはいろいろ出てきますが,
マイナスのアイデアはなかなか出てこないですね.
「あたりまえ」の世界から脱出しないと.


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misuna

抑制をはずす。なんか知恵の輪(懐かしい…)がスッと外れた時の感覚を想像しました。ココロの粒子が飛散するような開放感。
その抑制が何かに気づくことが「逆転の発想」ってことなのですね、きっと。


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すずやん

「抑制しているものをはずす」とは、なんだか新鮮に感じました。『フル回転&スピード』ばかりを意識して疲れてきた感じがありまして「スピードを上げるばかりじゃ能がない」と亀さんスピードに落とし気味にしていたら、いよいよ「これはいかん!」と考えていた年末年始。
『ああ!そうだよ!抑制しているものをはずして身軽にしてから速度を上げないと疲れちゃうやん!』という気づきの言葉でした。
「じゃ、どの抑制をはずすのが効果的かな?」しばし亀さんを続けて自問自答してみよう。
気づきをありがとう!


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sasa

抑制をはずす、、、。
最近ようやく抑制することを覚えてきたところだったのですが(笑)。
抑制することで楽になることもあるのだなと社会人生活13年目で感じ始めているところです。してみると私にとっての「抑制」とは実は「抑制をはずす」ことだったのかもしれませんね。

「今日の憧太朗」を読んでいて、弟が小さかった頃のことを思い出しました。小さい子はおにいちゃん、おねえちゃんが何故か大好きなんですよね。当時はなにかとまとわりついてくる弟には「うるさいなあ」くらいにしか思いませんでしたが。
握手してあげるだけできゃっきゃっと大喜び。興奮しすぎて夜寝なくなって母親が大弱りしてました。懐かしい風景です。


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さいき

「押してもだめなら引いてみな」ということと同じですか?言葉としてありきたりで実感を伴っていないから、知っていてもその効果がない。言葉だけを聞いてもだめで、自分の経験に照らし合わせて実感として取り入れてはじめて意味のある言葉になる、ということでしょうか。


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松本秀人

いわゆる“火事場の馬鹿力”もそうですよね。自分の筋肉を痛めないために通常は無意識の抑制がかかっているものがはずれてしまうという。また「自分の耳をふさいで大声を出すとより大声が出せる」なんてこともありますね。(これはちょっと意味が違ったかな)


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小橋昭彦

さいきさん、そうですね、「押してもだめなら引いてみな」と似ているのですが、ぼくにとってという話でいけば、ちょっとニュアンスが違う気もします。

押すも引くも視点は同じレベルですね。同じ場所にいて押すか引くかという。ぼくが実感したのは、たとえば自分の能力を伸ばすのに、押したり引いたりしている、でもすこし視点を浮かせば、じつは押すとか引くとか関係ない、まったく別のレベルの何かが鍵なのかもしれないという発見でした。コラムの文章からは、伝わりにくかったと思います。


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垣添政治

小橋さん、貴方は凄い。高校時代にそういう文献にであっている。私は、今少年野球のコーチをしていますが、抑制する筋肉という意識が全くありませんでした。もう一度勉強し直します。


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とおる。

ここでいう「抑制」はネガティブ・フィードバック、ともちょっと違うのかな。

コンクリートの下のたんぽぽみたいに、抑制する力が外から加わると、上に成長するのをやめてその代わりに茎を太くするような植物ホルモンが分泌されるのだと、高校生のとき習った覚えがあります。

盆栽ははさみを入れるなどしてちょくちょくいじられることで、この植物ホルモンが分泌され、小さく保っていられるんだとか。

そういうのを思い出しました。




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 映画館で子どもは笑い大人は涙していたと話題になったクレヨンしんちゃん『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』をDVDで観る。始まりは1970年万博のシーン。ぼくも行ったが、まだ幼なく行ったという記憶しかない。それでも「月の石」を話題にした思い出は残っている。見れなかったに違いないのに心に残る、特別な展示だった。今のように月着陸に疑問が出される世の中じゃなく、みんな純粋に科学の力を信じていたなあ、と、これではすっかり映画の手の内。 その月の石、記録によると大人のこぶし大の大きさで約1kgとある。持つにはちょっと重いだろうか。そんなことを考えたのは、人間は500グラム程度の重さを本能的に選ぶという論文を目にしていたから。ブラジルのアラン・チャネル氏によるその研究によると、若い男性に、目標に投げたときに最大の損害を与えるような石を選んでくれと頼んだところ、並んだ180グラムから1900グラムまでの石の中から、全員が480グラムの石を選んだという。腕の長さや振りなどから力学的に考えると、確かにその重さが、最大のエネルギーを石に伝えられるという。 同じ研究によれば、地質学者が収集して各地の博物館に納められている試料も、平均500グラムだったとか。男性用のハンドボールの重さもほぼそれに近いし、1ポンドはほぼ500グラム。われわれは最適の重さを選ぶ力を先天的に持っているのではないかと推論されている。もちろん、重力の違う月では仮にそんな本能があったとしても働かなかったろうけれど。 それにしても500グラムってどのくらいなのだろう。気になって、台所の秤に手近なものをのせて量ってみた。ぼくの茶碗に伴侶のそれを重ねる。まだ軽い。4歳になった長男にようやく与えた瀬戸物を重ね、離乳食を始めた次男の食器を重ねる。これで500グラム。重なった4つの食器。なるほどなあ、ぼくたちにはほどよい重さの幸福や暮らしがあるのだろうと、ふとそんなことを思った。

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 帰省途中に寄ったハイウェイ・オアシス。4歳の長男の注文は「カレーライス」。ウィンドウの食品サンプルを見て悩むこともない。そういえば食品サンプルで選ぶのは、日本生まれの風習という。これは笑い話だが、米国のレストランで食品サンプルを置いたところ、ウィンドウを見て、よくできているわりに安いなどと来客が品定めしている。サンプルそのものを販売していると勘違いしたわけだ。 模型にほんものの味を想像する文化は、盆栽に大自然を見、石庭に宇宙を見る日本人ならではか。研究家の野瀬泰申氏によると、食品サンプルには3つのルーツが考えられるという。これを事業化し、現在に続くグループ企業に育てたのが岩崎龍三で、昭和7年のこと。その時点で彼がヒントにした模型があったのだが、それはおそらく、大正6年に料理模型を製作していたと記録に残る西尾惣次郎によるものと推測されている。ふだん彼が作っていたのは、島津製作所から発注された理科教育用模型など。ノーベル賞を生んだ企業は、食品サンプルの源流でもあった。 食品サンプルの隆盛は、百貨店食堂の登場と重なる。多量の注文をさばくため、先にオーダーを決めてもらう必要があった。東京の白木屋に食品サンプルを納入して、関東でのルーツになったのが須藤勉だ。 初期の食品サンプルはひとつの型から大量に作った。ラーメンといえば全国どこでも同じラーメン。その後ご当地料理が広がり、それぞれに工夫をこらした少量生産に変わる。そしてふたたび大量に同一のものを作る時代に。外食チェーンの興隆だ。 ちなみに米国人が気にしたサンプルの価格だが、汚れたら取り替えるため、貸付方式が一般的という。岩崎氏が決めた価格が、月額にして本物の料理の10倍。毎日本物を作って飾るより20食分安くなるという論理だ。なかなかよく考えられた理屈で、さすがにひとつの事業を起こした人は視点が鋭いと感慨にふけったことだった。

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