ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

赤の女王

2002年12月19日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 一夫一妻制とは何と尋ねられて、あらためて悩む。一匹の雄と一匹の雌が一定の期間つがいでいることと定義はできるが、どのくらいの期間かというと明確な規定は見つからず、では夫なり妻なりが浮気した夫婦は一夫一妻かと問われると、言葉につまる。
 そもそもオスとメスがあるから、惚れた振られたくっついたまたかけたとややこしい。なぜ単性の細胞分裂で繁殖しないのか。仮にオトコとオンナ以外にオントという性があって、三者が揃わないと子孫を残せないと想像すればわかるように、遺伝子を残すためには性はむしろやっかいで効率が悪い。ひとりだけでできる細胞分裂が確実だ。
 それなのにオスとメスがあって、両者の遺伝子を交わらせるメリットは何か。このところ評判の高いのが「赤の女王仮説」だ。オスとメスの遺伝子を混ぜ合わせることによって、遺伝子の構成を変え続けていくことが本質だという説。われわれは原虫類や病原菌、ウィルスなど、多くの寄生者に取り囲まれて生きている。それら寄生者は常に進化し、新しいタイプが生まれている。それぞれごとに対策を立てても間に合わないので、われわれとしてできることは、たえず自らの構造を変化させ、寄生種が進化したときにも耐えうる可能性を残すことしかない。
 赤の女王というのは、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する走り続けるキャラクター。なぜ走るのと尋ねられ、「同じ場所に留まるためには、力の限り走らなければならない」と答えている。われわれがわれわれであり続けるために、オスとメスがあり、交わることで新しい可能性を生み出し続けるというわけだ。
 せわしない年の瀬にこんな話を思い出すと、なんだか体の隅々までよけいにせわしなさを感じて、ふとアリスと同じセリフを返したくもなる。「そんなに走りたいとは思いません」と。それでもやはり、明日には向かわないとね。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

6 comments to...
“赤の女王”
Avatar
小橋昭彦

オスとメスがなぜあるか、については「アダムとイブの科学」がおすすめです。進化論については、「豪快! 痛快♪ 進化論」が充実。書籍としては、「長谷川真理子」さんの著書、たとえば『雄と雌の数をめぐる不思議』などをご参考にどうぞ。


Avatar
南上 正和

似たような話として、お勧めは「竹内久美子」さんのシリーズです。
「そんなバカな!」「浮気人類進化論」
「小さな悪魔の背中の窪み」「パラサイト日本人論」
「もっとウソを!」「BC!な話」
「浮気で産みたい女たち(旧題:三人目の子にご用心!)」
「シンメトリーな男」「私が、答えます」

利己的遺伝子(Selfish Gene)を中心に
どうしてオトコとオンナは違うのかあたりを面白く
書いています。

最近文庫本になったアランビーズ・バーバラビーズの
「話を聞かない男、地図の読めない女」は、
大脳生理学面から、面白く書いていてこれもまた
参考になるでしょう。


Avatar
小橋昭彦

いま気づいたのですが、オトコとオンナとオントという3種類の性があったとしても、遺伝子のバリエーションを増やして子孫を残すには、「三者が揃う」必要はありませんね。どの性とくっつくかの選択肢が増えるということで。発想が固まっていました。

#南上さん、ありがとうございます。竹内さんの著書、確かにおもしろいですね。


Avatar
yokogumo

「アリス」は子供も大人もいろんなふうに読めて、ほんとにすごい童話ですね。詩人の吉岡実氏が生前、衝撃的な本として上げていたのを思い出します。
なるほど赤の女王ですか。動きまわるもの(精子)と動かぬもの(卵子)との組み合わせ。
南上さんにケチをつけるようで申し訳ないのですが、竹内久美子さんはどうでしょうか。読み物としては面白いのですが、内容はあまり信用しないのがいいのでは?と私は思っているのですが。気を悪くされたらごめんなさい。


Avatar
藤島 昇

かなり昔に読んだので記憶に自信はないのですが、確かアイザック・アシモフの「神々自身」に、3つの性を持った生物が出てきたように思います。この生物の場合は、3者が揃わないと子作りができない設定だったと思いますが。


Avatar
小橋昭彦

藤島さん、ありがとうございます!

いやあ、ぼくもどこかで読んだと感じていたのですが、『神々自身』は既読だし、たぶんそれだったのでしょうね。SFにはほかにも3つの性が登場する作品がいくつかあるようですね。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 足利義輝を描いた時代小説を読んでいて、側室の描写に手をとめた。並行して読んでいた鳥類についての書籍に、一夫一妻制が普通と書かれていたためだ。 百科事典にあたってみると、なるほど、現生鳥類の92%が一夫一妻制とある。続いて驚いたのは、哺乳類では一夫一妻制が少なく、全体の3%以下という記述だった。考えてみれば、雌が子育てに拘束される哺乳類において、暇になった雄が他の雌も追って遺伝子を多く残そうとするのは自然ではある。 鳥類の一夫一妻に対し、ヒトの側室制度にひっかかったのは、一夫一妻制がもっとも進んだ制度で、一夫多妻や一妻多夫、あるいは乱婚制は劣っている、そして鳥類より人類を含む哺乳類の方が上だという先入観があったからだろう。予断は恐ろしい。 一夫一妻制が多い鳥類にも例外はある。たとえばオオヨシキリ。雄はなわばりを確保するとギョシギョシ、ケケスケケスと鳴いて雌を誘惑する。ことに及んで彼女が産卵、抱卵しはじめると、雄は暇になる。そこでこんどは縄張りの反対の端で、カシカシ、カカスカカスと違う鳴き声で別の雌を誘惑しはじめるという。なかなか戦略家である。 一方、哺乳類にも例外はあって、ヒトのほかには、プレーリーハタネズミが一夫一妻制で知られる。これは格好の研究材料で、なにゆえ特定のパートナーに尽くすのか調べが進んでいる。わかってきたのは、オキシトシンとバソプレッシンというホルモンが大脳で働くところが、他の種と違うということ。 ヒトにも同様のホルモンはあるので、これらの働きを高めれば浮気も不倫もせず、家族を愛する可能性が、とそう簡単にはいかないようだ。いや、それ以前に世の男性には、ハタネズミの研究よりオオヨシキリの鳴き分けを学びたいと願う輩が多いかもしれない。ちょっとおかしくも悲しくなった。

前の記事

 鳥類の一夫一妻について、9割は浮気・不倫をすると聞いたと指摘をいただく。調べてみると、出典は米サイエンス誌98年9月25日号。鳥類の子のDNAを調べたところ、一夫一妻制とされる約180種のうち、夫婦だけのDNAを引き継いでいたのは10%とある。一瞬、鳥類の一夫一妻制が否定されたかと思ったが、冷静に読み返せば、一夫一妻制のなかでも9割の種で逸脱が見られるという話だ。 ぼくたちは、ときに数字に目を奪われて正しい方向を見誤りがちだ。単純な例、返信をくれるのは3回に1回という表現と、返信をくれるのは3.1回に1回という表現を比べてほしい。おそらく、小数点のある後者のほうが信頼性が高くとられる。 続いて、これはちょっと知られた事例だが、あなたが勤め人とすれば、一年間のうち3カ月しか働いていないことを示す。まず、1日の睡眠時間を8時間として、365倍して年間122日は仕事をしていない。食事に1日3時間かかるとして、同じく年間46日が省かれる。週休2日なら年104日が休日。ということで、365日からこれらの合計をひくと、残り93日。ほら、あなたの仕事時間は3カ月しか残っていない。手順の誤りに気づかれたろうか。 冒頭の例もそうだが、たとえ誤りがなくても勘違いしがちなのがぼくたち。たとえば日本の家庭のうちサンタクロースが訪れた家が去年より倍増した、と言われたらどうか。サンタが大盤振る舞いするようになったと感じるが、去年が1軒だったなら今年はわずか2軒。サンタの気まぐれの範疇だ。 統計を読んだり扱うときの心がけを紹介した定番の書籍に、ハフによる『統計でウソをつく法』がある。原著の出版は1954年で、今も人気が高いロングセラーだ。現代でも、マウスや少人数のサンプルでの結論による健康情報に振り回されることが少なくない。半世紀を経ても、数字の魔力は健在らしい。

次の記事