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育児語

2002年10月03日 【コラム
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 次男が生まれ、4歳になったばかりの長男が顔を覗き込んで「おしめですかあ」と尋ねたり、それなりにお兄ちゃんぶっている。ふだんから高い子どもの声が、いっそう高くなるのがおかしい。母親の真似をしているのか、自然と口にするものなのか。
 赤ちゃんに対するこうした語りかけを育児語と呼ぶ。名づけたのはアメリカのチャールズ・ファーガソン。母親の言葉だから、ジャパニーズならぬマザーリーズ。マンマ、でちゅか、といった幼児語とは区別され、声の調子が高くなること、抑揚が誇張されることに特徴がある。
 母親が赤ちゃんに語りかけるとき、1回目より2回目、2回目より3回目と声の周波数は高くなる。聴覚の感度は、地声より高い帯域がよく聞こえるものなので、注意をひきつけようと高くなるのは理にかなっている。京都大学霊長類研究所の正高信男助教授によると、手話においても育児語的な現象があるそうで、耳の聞こえない乳幼児に対し、親は大きな身振りで手話を行う。赤ちゃんの側も、育児語や育児語風の手話を好む。
 ちなみにサルの場合も、他のサルに声をかけるとき、1回目より2回目の方が周波数が高くなる傾向があるのだが、それ以上の回数については記録がない。そこまでしないのだ。3回、4回と繰り返して赤ちゃんと喜びを共有しようとするのは、人ならばこそ。
 女子大生に幼児へ絵本を読んでもらった調査によると、育児語を使う人と使わない人がいた。育児語が自然に出るのは、年の近いきょうだいがいる人に多いという。このことから、きょうだいが少なくなった現代、育児語が身につかないまま母親になり、子がなつかないとストレスを感じる人が増えないか心配されてもいる。一方で、高齢者を介護するときまで育児語を使ってしまい、自尊心を傷つけているケースも指摘される。
 父が手術をした。病室を出て12時間、無事すませて戻ってきた姿に、どんな調子で語りかけるか、頭をめぐらした昨夜だった。

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8 comments to...
“育児語”
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小橋昭彦

正高信男助教授の研究については「発達研究の紹介」をご覧ください。「言語習得における身体性とモジュール性」「子どもは育児語が好き」「喃語(なんご)」などの情報も詳しいです。


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さとう。

うちの4歳の長男も甲高い声で0歳の妹に
「笑ったの0♪」といっているので
ホントだなあとメルマガを読んで笑ってしまいました。
お父様、手術なされたとのこと、お大事にしてください。
兄弟や親類の赤ちゃんと接する機会の少ない昨今、
赤ちゃんとふれあう経験がないまま母になり、とまどう女性が増えているようですね。
今後地域社会の中心となるべき教育の場でそのような経験ができるようにしていきたいですね。


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ながた

お父様、手術なされたとのこと、お大事にしてください。
私のとこは、高齢者の介護が始まったところです。
89才の母親 耳が遠く、近頃理解力も劣り、
ついつい大きな声で(怒った声)で私(59才の息子)が話すもので、母親の自尊心を傷つけているなと反省しています。どのような喋り方が、お互い いいのか 悩んでいます。


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トラ猫

私も常々病院等で耳にする、高齢者に対する「幼児言葉」が気になって、というより不快に思っていました。私の曾祖母は、幼児言葉は断固受け付けない人でした。
関係は無いと思いますが、私たち四人姉妹(年は近いです)は、お互いの姪たちが赤ん坊の頃から赤ちゃん言葉、幼児言葉は滅多に使ったことがありません。もともと皆声が低めだからかもしれませんが。
そのかわり、飼っている動物たちが赤ちゃんの頃は、思いっきり赤ちゃん言葉で皆メロメロでした。
単なる個人の興味の問題?


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キタムラ

お父様、お大事になさってください。

お父様の手術から育児語を想起なさったとのこと。
・・・私の父は病気で7年前に亡くなりました。
赤ちゃんは日々成長しているが、父は昨日まで
できていたことが今日一つできなくなり・・・
感情も一つ一つ少なくなっていき・・・なんて
ことを、毎日病室で考えていました。

>どんな調子で語りかけるか、頭をめぐらした昨夜だっ  た。
実際は、どんなでした?今春、義母が手術室から出て
きたときは、気持ちが高揚してしまい、声にさえなり
ませんでした。育児語で自尊心を傷つけるというのは
他人による介護では?親子・親族であれば、語らずとも
通じるものが多いと考えます。(私は、毎日、父の手を
1時間じっと握り、父は両手を合わせてあいさつした
ものでした)


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シーズー

第二子のお子さんご誕生、おめでとうございます。
いつも小橋さんの「子供に向ける」視点の温かさに
なごんでいます。

 でも水を差すようで本当に恐縮ですが…我が家で
は、昨年隣家に越してきた小さいお子さん達の出す、絶え間ない金属的な高音に、高齢の両親が体調を壊し、何よりも可愛がっていた愛犬が約3か月後に
突然、若死にしました。人間はともかく、ことに小さい動物は、大きな音が長期間続くと、(人間以上に)多大なストレスを感じるようです。

相手が「子供さん」なので心境は今もって複雑です。
こんなコメントをお送りすると、日本のような社会では、きっと非難轟々だと思いますが…「子供」という
存在を、決して「可愛い」だけではない視点から
見つめざるを得ない人間もいることをご承知下さい。


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MAX

いつも共感しつつ読ませて頂いています。
幼児語、とはまた違う育児語というのがあるんだとは驚きました。

しかし相手の反応を見ながらしゃべるという大前提がないと、
たぶん育児をしても育児語を話すようにはならないのでしょうね。

電車の中で一方的に子供を叱っているママや
子供に話し掛けないママに出会うと、
コミュニケーションってなんだろう・・・と考えてしまいます。

携帯メールがコミュニケーションになっていればいいけれど、
あれがモノローグのやり取りだったとしたら、
日本語の将来は危ないかもしれません。


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小橋昭彦

シーズーさん、ありがとうございます。幸い現在のわが家は、田舎家で隣家とも離れていますが、うちの妹の子どもをしばらく預かった経験などから、子どもは怪獣でもあることはおっしゃるとおりかと思います。

ちなみに、近隣含め、地域で育てるというところが田舎のいいところです。たとえば小学校から子どもが帰ってきているのを見ると、近所みんな、お帰り!って言っています。




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 宇宙飛行士への質問としてよくあるもののひとつは「トイレはどうするんですか」だという。サック状のものを局部にあて、出たものは宇宙空間に排出する。尿がきらきらと宇宙船の周りを漂うのはなにより美しいそうだ。アポロ宇宙船の記録を読むと、大のほうは、手袋付のポリ袋でかきだすそうで、不快この上ない。だからもっともよい対策は、便秘になること。 とはいえ、尿の排出を失敗したり、吐いたり、下痢したりということもある。そうなると悲惨。ミッションの間は入浴もできない。アポロのカプセルが洋上に着水、ハッチを開けて出てくる飛行士を迎える映像を見るが、救援隊員はあのとき、独特の「宇宙の臭気」をかいだと回想している。さすがに最近の宇宙船では、トイレも着座式になるなど改善されてきているようだけれど。 そうしたなかで対策が遅れている分野が、騒音だ。ファンやモーター、ポンプ、ギア。宇宙船内は音の発生源に満ちている。騒音問題についても予想されてはいたが、手が回らなかったのが実情らしい。 月に立った最後の宇宙飛行士ジーン・サーナンの回想録に、月着陸船内で眠りつつ、外に広がる月面の静寂に思いをはせるシーンがある。アポロ宇宙船の騒音は、慣れることができる程度だったのかもしれない。進行中の国際宇宙ステーションの場合、さまざまな実験装置がつまれるため、深刻度が増してきたという事情もある。乗組員の報告によると、主作業区画で75dB。一般の掃除機並みの騒音だ。乗組員同士で、常に声をはりあげて意思疎通しなくてはいけない状況。 騒音対策はようやくはじまったところで、まだ数年はこうした状況が続きそう。星見の対象ともなっている国際宇宙ステーション。もしその光をつかまえられたら、中で「何て言った?」と叫びあっているかもしれないと想像してみよう。星の世界が、ちょっと身近になる。

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 アポロ計画について書くにあたり、宇宙飛行士ジーン・サーナンの回想録に目を通した。この書籍はどう成立したかと想像し、オーラル・ヒストリーに思いをめぐらす。政策研究大学院大学の御厨(みくりや)貴教授は、オーラルヒストリーをリンカーンの言葉をもじって「公人の、専門家による、万人のための口述記録」と定義している。一般の回想録が本人の視点からのみ描かれるのに対し、オーラル・ヒストリーは聞き手との共同作業であるところに特徴がある。 オーラルヒストリー成立のためには、語り手に歴史として残そうという意志が必要になる。日本では沈黙を金とし、すべて墓場までもっていくことを美徳とする風潮もあり、必ずしも確立されているとはいえない。その点、英国の政治家は回顧録を書いてようやく職務を終えるともされるとか。そうと知って『サッチャー回顧録』を読み返すと、なるほど、貴重な歴史資料であると認識を新たにする。 つい先日も、英国保守党の女性議員が回想録でメージャー前首相との不倫を告白し、話題を呼んでいた。スキャンダラスな話題も、歴史証言ととらえるなら意味深く思えないでもない。それでふと米国の前大統領を思い出し、調べてみるとフーバー大統領以降、米国の大統領経験者は大統領図書館を設置して資料を残すことになっている。やはり歴史を記録することへの責務があるわけである。 ちなみに、オーラルヒストリーに欠かせないインタヴュー技法は、1859年に発明されたとされる。同年8月に発表されたニューヨーク・トリビューン編集長ホラス・グリーリーによる、モルモン教指導者ブリガム・ヤングに対してのものが、いまに続く形式を生んだ。そこで、この世界初のインタヴューを含むインタヴュー集を手にとる。マルクスやピカソ、アル・カポネにスターリン。書籍の中から、彼らの肉声が立ち上るようで、一瞬めまいを覚えた。インタヴュアーとの切り結びが文字になったことが生む、独特のリアリズム。語りの力を、あらためて思う。

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