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笑いの技法

2002年9月26日 【コラム
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 兵庫県立人と自然の博物館の河合雅雄館長が、野生マウンテンゴリラの観察中、怒ったオスに突撃されて命を落としかけた経験を紹介していた。セットしてあったビデオをあとで確認すると、必死の形相だったかというとさにあらず、顔は笑っていたという。
 それを読んでいて、桂枝雀の「緊張の緩和理論」を思い出していた。「くるぞくるぞ」「なんだなんだ」と緊張を高めて、「そんなアホな」と緩和する、そんなとき人は笑うと説く。ゴリラに襲われる瞬間を恐怖の到来と見るのではなく、「気をつけろ」というそれまでの緊張状態が「出た!」と一気に緩和されたと考えれば、なるほど、ここに笑いが生じるのが説明できると思った次第。
 枝雀は、自らの理論をもとに落語のオチを4分類している。「合わせ」「へん」「ドンデン」「謎解き」だ。駄洒落でもいいのだけど、合いそうにないものが合う「合わせ」、話が極端な方向へずれる「へん」、どんでん返しの「ドンデン」、なるほどとひざを打つ「謎解き」。いずれも聴いている側の気持ちを高め、それから緩和させる手法。
 ちなみに、古典的な理論では落語のオチは「しぐさ落ち」「とたん落ち」など10種類あまりに分類される。形式に注目したもの、しくみに注目したものなど分類の視点が一環していないと指摘し、観客の心理の動きに合わせて分類したのが枝雀理論だ。
 ぼく自身、文章を書いていて、できればニヤリとくらい笑ってもらいたいと思うのだけれど、笑いは難しい。参考にとアメリカン・ジョークを眺めれば、「へん」に分類できそうな、おしゃれなものが多い。たとえば、飛行機内で騒ぐ子どもを叱っていた客室添乗員が、いつまでもきかないので、「外で遊んできなさい!」。レストランで「君、ハエが入っているじゃないか」「お客様、ご安心ください、ハエの代金は頂戴いたしません」。
 考えてみると、緊張を高めるには自らの土俵に引き入れて語るだけの度量と魅力が必要なわけで、どうやらぼくにはそれがない。落とすには自らを高めねばならぬ。

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5 comments to...
“笑いの技法”
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小橋昭彦

枝雀理論については、ちくま文庫『らくごDE枝雀』がよいです。近刊では『笑いの技術』に、落ちの話が含まれています。落ちの分類については、「落語の調べ」でどうぞ。


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吉田 満

いつも興味深く拝読しています。本日のテーマ、私の大好きな枝雀さんを取り上げていただいてことのほか楽しかったです。
ところで「緊張の緩和理論」なのですが、正しくは「緊張と緩和理論」のはずです。最近紹介されるときはほとんど”の”になっているのですが一字違いで大違いなのです。
枝雀さん自身の言葉を引用しますと・・・
楽しいということは緊張と緩和の適度の共存であります。一般的には緊張は不快、緩和は快感の様に思われがちですが、緩和ばかり延々と続くと、退屈という感情が生まれ、今度はなにかしら緊張を求めるということになるのであります。・・・
枝雀落語は緊張から緩和への一方通行ではなく、緊張時には緩和を、緩和時には緊張を提供しその意外性が快感になるということではないでしょうか。


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小橋昭彦

小橋です。ごめんなさい、確かに「緊張と緩和理論」です。原稿を推敲している段階で、今回のコラムについては「緊張の緩和」とした方が流れの中でわかりやすいと考えたため、修正しました。

ただ、修正するとき、理論名として修正してしまったのは不適切でした。該当部分、「「緊張の緩和」に関する理論」と訂正いたします。


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Kazue Guss

これからも笑いの情報おくってください。
ジョークのいろいろなど。


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まんまる

 TVで生前の枝雀師匠自ら語られた、「緊張と緩和」を見ました。20年以上も前になりますが、「労音寄席」で師匠の独演会も観に行ったことがあります。落語家としては、変り種と言わせて頂いて差し支えないかと思いますが、英語落語とか、座布団からはみ出す大きなアクションとか、こだわりのない姿勢が、大好きでした。「緊張と緩和」も初めて聞いたときは、眼から鱗がばらばらと落ちた感じで、感動すら覚えた記憶が今も鮮明です。
 師匠、死ぬの早すぎるよ。




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 米国のアマチュア天文家が発見した物体が、アポロ12号のサターンロケットの3段目であることが確認された。J002E3と名づけられたこの天体は、31万キロから84万キロという卵形の軌道で地球を回っている。月までの距離が約38万キロだから、月より遠くなったり近くなったりというところ。 軌道を計算したところ、2002年春までは太陽を回る軌道にあったことがわかった。さらに遡ると、1971年3月に、地球付近の軌道から離れたらしい。同じ大きさの飛行物体の調査や、色と塗料の一致から、1969年11月に月に向けて離陸したアポロ12号で利用されたロケットの3段目であるとみられている。 仲秋の名月の夜、アポロ12号の落し物について思いをはせながら、夜空を見上げる。J002E3は、1年もしないうちに太陽軌道に戻る可能性が高い。30年あまり前、人類を月まで送り届け、その後太陽系を旅していたJ002E3。それが地球軌道に戻ってきたとき、しかし、人類は月より遠くには達していない。せいぜい地球上空400キロを行き来しているだけ。 1960年代半ば、アポロ計画の前提となっていたコンピュータのメモリ容量はわずか32キロバイト。月着陸ミッションは、わずかなメモリにプログラムとして記録されていた。当時と比べ、情報機器は天と地ほどに進歩した。だけど今、1961年にケネディが行った演説「60年代の終わりまでに人間を月に送る」のように、大きなビジョンを語り、推進できる人はいない。経済が、時代が、あるいは科学のあり方が違うという背景もある。 1968年のクリスマスイブ、初の月周回軌道にあったアポロ8号の宇宙飛行士ジム・ラヴェルの妻マリリンは、心配から心細さを感じつつ訪れた教会からの帰り道、ふと見上げた空に三日月を見ている。「ジムは確かにあそこにいる」と彼女は思う。今から30年後、J002E3はふたたび地球をめぐる軌道に戻ってくる可能性がある。そのとき、人類はどこまで到達しているだろう。マリリンのように天体を見上げる人がいるだろうか。仲秋の名月は、うす曇の向こうに隠れ、かすんでいた。

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