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ちょっと知的な雑学&トリビア

男色

2002年8月05日 【コラム
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 しばらく前に熱でふせっていたとき、各界の著名人と病気の関係についての書籍を寝床に持ち込んだ。病に病をとのしゃれではあったが、アンデルセンは心気症から生き埋めを極端に恐れ、失神しそうなときは「死んだように見えますが生きています」と書いた紙を枕元に置いたなど、興味深いエピソードに出会えた。
 そのアンデルセンに同性愛説もあったという指摘に目がとまる。『幸福の王子』などを残した英国文学のオスカー・ワイルドにも、同性愛で投獄された経験がある。英国では当時、同性愛は犯罪だったのだ。
 一方、日本では長らく、美少年を伴にする習慣があった。足利義満と世阿弥の関係は有名だが、織田信長と森蘭丸の関係ははたしてどうだったか。男娼という職も成り立っていたし、男色(なんしょく)物という読み物のジャンルもあった。
 もっとも、男色についてふみこんで調べると、ギリシア神話の神々はしばしば美少年を愛しているし、プラトンのいう肉欲を超えたプラトニックラブは男性同性愛の理想形だったという。ローマでは、カエサルは「ローマのすべての妻の夫であり、すべての夫の妻」との記述が残っている。その後のヨーロッパでは、レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロなどが男色で知られている。また、発見当時のアメリカ大陸では男色が慣習として組み込まれている部族が多かったという。
 明治以降、西洋化の影響もあって日本で男色は廃れるが、1960年代以降、欧米の思潮を受け入れる形でふたたび同性愛が市民権を得るようになった。ぼく自身は萩尾望都の『トーマの心臓』など少女漫画の傑作群を思い出しもするが、歌舞伎の女形はじめ、男色が芸術に多くの影響を与えてきたのは事実。調べるほど、キリスト教の影響で極度に男色を禁じていた風潮こそ珍しいことのように思え、文化の多様性について思いめぐらせたのだった。

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6 comments to...
“男色”
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小橋昭彦

著名人と病気についての書籍というのは『天才と病気』です。また、須永朝彦『美少年日本史』も参考にしました。


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小橋昭彦

フリーキック、ファンタジスタを分析すれば物理学(朝日5月19日)。米で特殊薬効かないMRSA(朝日7月5日)。バナナに健康増進効果(日経7月6日)。ウィルス合成に成功(日経7月14日)。母乳あげたら乳がん減るとの調査(朝日7月22日)。精子や卵子のおおもとを作る遺伝子発見(朝日7月18日)。ルワンダの草の根裁判「ガチャチャ」(朝日7月24日)。石川の時国家の家格争い(朝日7月20日)。


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キタムラ

あの・・・男色って文化なのかしら?
男が男を愛するって本能だと思うし、表面に出てこようが
沈んでいたにしろ、どの時代にも今と同じようにあったと
思います。男色が各時代の文化に影響を与えたという点には賛同します。


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小橋昭彦

あ、確かにそうですね。男色を文化というと語弊があります。おそらく最後の「文化の多様性について思いめぐらせたのだった。」という一文が誤解を生んだのかと思います。

ここでいう「文化」というのは男色のことを指すのではなく、男色の受け入れ方について指したつもりでした。制度的に組み込んでいる社会がある一方でタブーとしている社会もある。そういう多様性ということを考えていました。「社会の多様性」という表現の方が適切なのかもしれません。


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小橋昭彦

まったく関係ありませんが、男色(おとこいろ)と女色(おんないろ)についても、いつか書いてみたいです。青は男色、赤は女色。なんでそうなったんだろう。他の社会ではどうなんだろう。よい資料をご存知の方、紹介いただければ幸いです。


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Motz

こんにちは。
ちょっと時間が経っていますが、8月5日の「男色」というコラムで気になったので投稿してみます。

文中に、「プラトンのいう肉欲を超えたプ
ラトニックラブは男性同性愛の理想形だったという。」とありますが、高校の倫理で西洋哲学を勉強した時のうる覚えの記憶では、プラトンは、人間が現在に男と女の2つになる前、男男、男女、女男、女女、の4つの性があった。この時の記憶が今の人間にも残っており、異性を愛する者と同性を愛する者の2タイプが存在する。それは、人間の真実の恋愛の姿であり、プラトニック・ラブと呼ぶ、という内容だった気がします。

調べてみてもわからなかったので、明らかにして頂けるとうれしいな、と思います。




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 歯は鱗(うろこ)と同じ起源を持つという。意外に思い、ページを繰る手を止めた。爬虫類に関する書籍に目を通していたときのこと。哺乳類は爬虫類との共通祖先から分かれたと考えられているから、とするとぼくたちの歯も鱗と多少なりとも関係するということか。 田舎に住むようになって、爬虫類と出会う機会が増えた。畑の畦を歩いているとヘビが開けたらしい穴が次々にある。夜、商工会館で会議をしていると、窓の外にヤモリがはりついているのを見つけたりもする。子どもたちはヘビの尾を持って振り回しもしているが、さすがにそれはできない。ともあれ少し調べてみようと考えていた折、タイミングよく『爬虫類の進化』という新刊が出ていた。 トカゲに第三の眼があるというのも意外だった。読み進めると、もともと脊椎動物には頭部の側面と背面に一対ずつ光を感じる器官があったと考えられているという。つまり眼が4つ。うちふたつが現生の脊椎動物の眼となり、残り一対のうちひとつが、頭頂眼としてトカゲ類に残っていると。ただ、それが何の役割をしているかは不明。温度調節に役立っているのではともされている。カンブリア紀にオパビニアという5つ目の生物がいたとは知っていたが、こんな身近なところに2つ目以外の流れがあるとは。 ヘビの眼の話もおもしろい。一般の陸上脊椎動物では、筋肉で水晶体を上下に引っぱって厚みを変化させピントを合わせる。ところがヘビ類では水晶体を前後に動かしてピントを合わせるのだ。いったんピント合わせ能力を失って再度獲得したためではとされている。ならばヘビはどんな進化を経てきたのか。そもそも足がなくなったのはなぜだったか。半地中生活を送ったとも水中生活を送ったとも推測されている。 カメはともかく、ヘビもトカゲもワニも、できれば遠慮したいのが爬虫類。しかし、子どもはそんな不思議を直感的にさとってか、爬虫類とも親しんでいる。キライと目をそむけるより、思い切ってふみこむと、新しい世界に触れることができるのだな。表に出ては、草むらに目を凝らしている。

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 600万年から700万年前というトゥーマイ猿人化石発見のニュース。人類の祖先としては最古、しかも大地溝帯の形成で草原化したことが二足歩行を生んだという「イーストサイド物語」の舞台とはかけ離れたアフリカ中央部での出土。ヒトはアフリカ各地で誕生していたのだろか。胸躍らせつつ、350立方センチという、トゥーマイ猿人の頭蓋容積に目がとまる。 旧ソ連のグルジア共和国で見つかったホモ・エレクトスの脳の大きさが注目を集めたばかりだ。アフリカから欧州に渡った原人とされるけれど、約600立方センチと従来の原人の3分の2しかない。砂漠をこえてアフリカを出たのは、脳が大きくなり知能が発達したことも要因というのがこれまでの説だったので、見直しが迫られる可能性がある。 現代人の脳の平均的な大きさは1300立方センチあまり。体重に比べての大きさが際立っている。ヒトの赤ん坊が丸々太っているのもこれが理由のひとつで、エネルギー消費量が大きな脳のために、飢餓に備えて余剰エネルギーを脂肪として蓄えるしくみが働いているのだとか。出生時のヒトの脳は、身体が摂取したエネルギーの60%以上を消費する。大人でも、体重の2%くらいしかない脳が、約2割のエネルギーを消費している。 これだけのエネルギーをまかなうには、豊富な栄養資源を摂取しなくてはならない。狩猟能力を持たない初期の人類が確実に資源を手に入れようと考えたなら、森林やサバンナよりも水辺ではないか、と主張するのはトロント大学のカナン教授。じつはトゥーマイ猿人もワニなど水辺に住む動物の化石と一緒に見つかっているのだが、いまのところ、化石になりやすいのが水辺だったからに過ぎないと無視されているようだ。 1.2%の違いしかないヒトとチンパンジーの遺伝子。でも、脳での遺伝子の働き方には大差があるとドイツ・マックスプランク研究所などの研究グループが明らかにしている。トゥーマイ猿人の約350立方センチというのは今のチンパンジーとほぼ同じだが、遺伝子はやはり独特のはたらきをしていたのか。純粋な脳の大きさでいえばクジラの方が大きい事実もある。大きさだけが、すべてではないのだ。

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