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さまざまな現実

2002年4月01日 【コラム
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 一般的になった仮想現実と似たような言葉で、研究が進められているのに強化現実という技術がある。仮想現実が現実を模倣した世界を構築するものなら、強化現実は、現実の風景に仮想情報を付加する。
 東京大学デジタルミュージアムでは、ヘッドマウントディスプレイをかけて館内を見て回ると、展示に関する説明が展示物ちかくの空間に浮かび上がる。強化現実を利用し、人に出会うと顔をスキャンしてデータベースを参照、プロフィールが自分にだけポップアップされると便利かもしれない。
 いまひとつ、限定現実なんて技術もある。こちらは、看板や広告など不必要な情報がカットされて視界に入る。仮想、強化、限定といった現実が世の中に出回ると、いったい他の人が何を見ているのか、共通した土台が無くなってしまうことだろう。ただ、そもそも感覚なんてそんなものかもしれない。
 共感覚という現象がある。共感覚者は、言葉を見て色を感じたり、音に色を感じたりする。2000人にひとりとも、2万5000人にひとりとも言われるけれど、「甘いマスク」「黄色い声」「くさい話」といった表現が一般的に使われるところをみると、共感覚的な感性は、もっと一般的にあるものともいえる。
 米バンダービルト大学のトマス・パルメリ博士が、ある共感覚者にテストした結果によると、「2」だとオレンジだけど「two」だと青といったように、意味より言葉そのものによって色が違ったという。本を開いて、内容ではなく美しい色彩にしばし見とれることもあるのだとか。
 あなたの隣の人が、あなたと同じ光景を見ているとは限らない。現実なんて、前提が違えばまったく違って見えるものでもある。たとえばこれから、ぼくはひとつの魔法の言葉を書きとめる。その言葉を目にしたあとでは、あなたの、このコラムへの視点だって、がらりと変わることだろう。
 その、ひとこと。今日は、エイプリル・フールだ。

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4 comments to...
“さまざまな現実”
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小橋昭彦

コラムに書いたことは、すべて真実です。ご安心のほど。そこで、参考資料類。まずパルメリ博士のサイトは「Thomas Palmeri」で、研究結果は「2 is orange but “two” is blue」で紹介されています。「言葉や音に色が見える?共感覚の世界」もあわせてどうぞ。その他共感覚関連として、「共感覚 SYNAESTHESIA」「脳の構造と共感覚および意識」「色聴」などをどうぞ。また、「共感覚現象って何?」のリンク集が充実しています。それから、東京大学デジタルミュージアムの強化現実について、「強化現実技術による博物館ナビゲーション」をご参照ください。


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ky

エープリルフールというもの、どうも起源から変容してるとしか思えません。スマートでないですから。


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小橋昭彦

> エープリルフールというもの、どうも起源から変容

平凡社の百科事典をひもとくと、かつては3月25日が新年の始まりで、祭の最終日が4月1日。新しい暦法採用後も新年祭の最終日を4月1日として、でたらめの贈物をしたりしていたのが起源、とありますね。


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こま

ナボコフが自伝の中で音と数字に決まった色がついてると書いてあるのを読んで
自分だけではなかったと妙に安心した覚えがあります。
でも、その対応の仕方は自分とは違ったと記憶しているのですが・・・
久しぶりにそんなことを思い出して、投票しました。

哲学者ヴィットゲンシュタインは
「赤」と言ったときに
自分の思い浮かべる赤と相手が思い浮かべる赤が同じという保証はどこにもない、と言っています。
言語という記号を使ってどこまで正確に人はコミュニケーションと学問ができるか。その点を追究していました。
学問のように多くの人に開かれて真理を伝えるためには
記号の正確さは不可欠ですが、
日常のコミュニケーションや、とくに芸術的な場面では
同じ記号に浮かぶイメージに
人によって微妙な違いがある方が面白いと思います。
他人にイメージをゆさぶられるのも
たまには頭の息抜きになりますから。




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 米ウォルマート・ストアーズの年間売上高は民間企業として世界最大の2200億ドルという。日本円にすれば約29兆円。スウェーデンの国民総生産に匹敵する。似たような数字をどこかで見かけた、と思い出してみると、日本の地下経済の規模なのだった。 地下経済。オモテに現れない経済のことで、脱税や売春、麻薬密売などがそれにあたる。浜銀総合研究所の門倉貴史研究員の試算によると、たとえば女子中高生の援助交際の市場規模がおよそ500億から630億円など、積み上げていくならば、日本の地下経済規模は高めに見積もって17兆1000億円だという。別の推計方法を使うなら23兆2000億円とも。 これは日本の国内総生産の5%前後ということになるが、先進国の中では比率が低い。米国で7.5%、英国で10.2%、イタリアはマフィアの暗躍があって23.4%と見積もられている。一般的には、職の少ない発展途上国ほど、地下経済比率が大きくなる。 ウラの金といえば、対テロ「戦争」を通じて知られるようになったビンラディンの資産が300億あるいは500億円と話題になった。確かに巨額ではあるのだけれど、彼をめがけて飛び立ったステルス爆撃機の価格は1機2800億円ともいう。世界長者番付トップのビル・ゲイツならともかく、ビンラディンが5人集まったって1機も買えない。両者が戦うというのは、いったいどんな「戦争」なのか。ちなみに、世界全体の武器取引額は年間15兆円とか。 さて、怪しげな話ばかり並べたけれど、地下経済には含まれないものの、オモテに現れない経済にはもうひとつあって、家事など家計の無償労働がそれ。内閣府の推計によれば国内総生産の2割を占めており、縁の下で日本を支えているわけだ。地下経済にお金を回すくらいなら、もっとこっちに捧げたいものだが、いかが。

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 100万円あったとする。別人とそれを分けなくてはいけない。分配率を決めるのはあなた。ただし、相手が拒絶すれば100万円は没収、二人とも一銭も受け取れない。相手との相談は不可。さて、あなたは分配率をどう提案する? ウィーン大学のシグムント教授らによると、こうしたゲームをした場合、おおむね3人に2人までが相手に40%から50%を与える提案をする。これならフェアだ。しかし、考えてほしい。相手にとっては、提示された金額がどうあれ、拒否すれば何も手に入らない。仮に相手に1%、自分が99%でも、相手にとっては受け入れるのが得になるはず。 このような人間関係を分析する学問を、ゲーム理論という。人間が利己的で合理的に行動することを前提にするが、実際には、そうはいかない。前述の例の場合だと、自分の取り分が20%未満になる提案の場合、およそ半数の人が拒絶する。 相手があると人間は完全に自己中心的になることは無い。たとえ自分が損をしてでも、相手の自己中心主義を通すまいとする。人間関係のバランスを保ち、社会全体を進展させていく知恵なのかもしれない。 名前から遊びの学問のように勘違いされがちなゲーム理論だけど、実際はノーベル賞受賞者も複数生んでいる大きな学問。いまでは数学だけではなく、経済や政治、あるいは生物学などでも取り入れられている。 新聞一面に相手の拠点を威圧する強国の戦車の写真。なぜ家を壊しているのと尋ねる3歳の子に、怖い車なんだと答える。そんな車つぶしたらいいのにという言葉に、そうすれば平和になるねと言いかけて、「でも車を壊すということは、自分もいじわるしているよね、それじゃあいっしょじゃないかな」と続ける。じゃあ、どうすれば怖くなくなるの、と彼。 ぼくには答えられない。しかし、3歳の子を納得させられる理論と行動を、人類はきっと見出せるはず。それを考えようね、と息子に伝える。彼には重い宿題と知りつつも。

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