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ちょっと知的な雑学&トリビア

泡盛

2002年2月21日 【コラム
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 沖縄の古酒(クース)は、いくら飲んでも減らない魔法の甕(かめ)に入っている。魔法の名を、仕次(しつぎ)という。もっとも古い親酒から始まって、年代が少しずつ古い甕を順番に準備。親酒を汲み出したら、二番手に古い甕から酒を補う。二番手には三番手から、と順に注いでいく。これによって、何年たっても蒸発することなく、たとえば数百年という古酒ができる。
 このところ沖縄が脚光をあびていることもあり、泡盛が人気を集めている。米こうじを発酵させた蒸留酒だが、白こうじ菌を利用する焼酎と違って、黒こうじ菌を利用する。1671年に琉球から将軍家への献上品目録にはじめて「泡盛」の名が登場する。名前の由来は、かつて粟でもつくられていたからとする説、ひしゃくから容器に入れるときの泡立ち具合で度数を知る「アームイ(泡盛る)」が転じたとする説などあって、定かでない。
 まちおこしを共にする友人宅で、夜半まで仲間たちと飲みながら語り合った。友人のおくさんが沖縄出身で、地元からという泡盛をロックで傾ける。沖縄では食事を済ませてから飲む。食べながら飲むこちらの風習と違っていて驚いた、なんて話。
 泡盛は、琉球が南方と盛んに交易していた14世紀の半ば頃、シャム(現在のタイ国)のラオロンという酒に習って造られはじめたという。蒸留酒のルーツという意味では、紀元前300年ごろ古代ギリシアで作られた蒸留機アランビックにさかのぼることができる。これが蒸留技術とともに東西に広まる。東で泡盛、西ではウィスキー。ウィスキーが飲まれ始めたのは16世紀のことだから、泡盛は蒸留酒では大先輩だ。
 洋の東西、過去から現在まで、人は蒸留酒を手にどんなことを語り合ってきたのだろう。自分たちがいま語り合っていることは、どんな未来につながっていくだろう。そんなことを思いつつ、杯を重ねた夜だった。

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5 comments to...
“泡盛”
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小橋昭彦

さすが、最近人気とあってたくさんの情報。「泡盛館」「沖縄県酒造組合連合会」「泡盛倶楽部」「泡盛百科」「本格焼酎と泡盛」「泡盛製造業経営動向分析」などをどうぞ。


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宿の主人

泡波だったか、波照間島の泡盛
沖縄でもプレミアものだったけど
瓶持参で買いに行かないと売ってくれないとか

泡盛には「とうふよう」が良くあうね
爪楊枝でちょいっと削って

熱々のやぎ汁に泡盛をさっと廻しかけて頂くのも
フーチバーの風味と相まって、なかなかのもの

特割使って飛びますか(笑)


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にょろ

宮古島での「おとおり」という泡盛の飲み方に
下戸の私は参ってしまいました。
詳しいルールはわかりませんが、
コップ置いちゃいけない!って言われました。

宮古そばは大好きです。


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赤嶺忠昭

はじめまして。いつも勉強になり、且つたまに仕事の
ネタにさせて頂いております。
私は生まれも育ちも沖縄で、大学も県内の大学で史学
を専攻してました。コラムにもありましたが、泡盛の
起源も講義の中で出ました。また、古酒(クース)の
起源は、松平定信が行った寛政の改革における倹約令
で、贅沢品となった泡盛が飲めなくなり、その間に熟
成が進み古酒が生まれた、何て話もありました。これ
も本当かどうか定かではありませんが、泡盛で盛り上
がるのは、泡盛好きには嬉しい限りですよね。


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馬越亮三

私も泡盛が大好きです。沖縄に行ったときは、何種類かの試飲をしてきます。勿論何種類か買ってきます。
来週カミさんが出かけるので買ってくると思ってます。楽しみです。でもそんなに飲めるほうではないのですが。




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 恐竜を扱ったヒット映画のおかげで、彼らが案外すばやい動きをしていたことが広く知られるようになったように思う。実際のところはどうなのか、英ケンブリッジ大の研究者らが推測し、発表した。 英国南部のオックスフォードシャーの採石場で見つかった足跡化石を分析したもので、およそ180メートルにわたって続く足跡のうち、約35メートルが走った跡だった。恐竜の種類は残念ながらわかっていないが、ティラノサウルス・レックスのような2足歩行の肉食恐竜とみられている。腰までの高さ、約2メートル。 発表によると、歩くときの足跡は、足場が悪かった可能性があるものの、左右の足が開いており、内またで歩いている。歩幅は約1.4メートル、時速7キロ程度と推定されている。一方、走り出したあとはつま先がまっすく前を向き、両足の幅もほぼ直線に近くなり、歩幅は2.8メートルと倍になっている。最高時速は約30キロと推定されている。 時速30キロ。100メートル走にすれば12秒ということになる。恐竜時代に生きるとすれば、短距離走の練習をしておかなくてはいけないだろう。持久力についてはわかっていないが、せいぜい彼らの速度が長く続かないことを祈るほかない。同じ場所からは草食恐竜の足跡も見つかっている。さて、肉食恐竜はこの獲物を追って走ったのかどうか。 彼らの生きた時代はジュラ紀中期、およそ1億6000万年前。ちょっといたずら心をおこして、肉食恐竜が時速30キロという速度のまま現在まで走り続けたら、どこまでいけるのだろうと計算してみる。桁が大きくなるので丸めると、4光年あまりと出た。太陽からもっとも近い恒星、プロキシマ・ケンタウリまでの距離をほんの少し超えたところ。 全力疾走も1億年単位で続ければ、太陽系を離れ、恒星の世界に届く。南の夜空、ケンタウルス座付近を走るティラノサウルス・レックスの姿を空想し、スポーツは偉大だと、冬のオリンピック報道に目を戻すのでした。

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 神田雑学大学の得猪外明(とくいそとあき)理事が、各国でニワトリの鳴き声をどう表現するか調べた結果を新聞に紹介している。コケコッコーと思っていた鶏の鳴き声が英語ではcock a doodle dooと教えられて驚いた経験は多くの人が持っているのではないか。 ニュージーランドのマオリ族ではkokekkoと日本語に近い。フランス語はcoquericoで、ドイツ語はkikeriki。韓国ではkockyo kuukuu kookooだそうだが、タイではake-e-ake-ake。アルメニア語はtsoogh ruooghooとなって、アフリカのハウザ族はzakara yai kuuka。 擬声語や擬態語をどう表現するかはまさに文化の違い。ウシのような鳴き声なら、英語でmoo、中国語でもmu muと比較的近く聞こえるようだが、ニワトリは極端だ。ロバとイヌとネコ、ニワトリからなるグリム童話の「ブレーメンの音楽隊」も、国によって違う音楽を奏でているだろうと考えるのは楽しい。 鳴き声の表現は言語だけじゃなく時代によっても違う。ホトトギスの名は、もともとその鳴き声をもとにつけられたものだけれど、江戸時代ごろから、「本尊かけたか」などと聞かれるようになり、後期には「天辺かけたか」と表現されるようになる。最近では「特許許可局」なんて表現も知られている。 野鳥を観察するときには「聞きなし」ということも行われていて、ウグイスの「法、法華経」は有名。ほかにもホオジロの「一筆啓上仕り候」、フクロウの「五郎助奉公、ボロ着て奉公」、メジロの「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」なども知られている。センダイムシクイの「焼酎一杯グイー」、ツバメの「土食って虫食ってしぶーい」なんて愛嬌がある。動物たちと会話しようとした先人の知恵といえようか。 そういえば長男が3歳になった頃、朝の寝床でニワトリの声を聞いて、「どうして、りょったろークンって呼んでるの」と言った。耳を澄ますと、コッケコーコゥのリズムは、確かに彼の名を呼んでいるように聞こえるのだった。あれから1年。彼は今でも鳥と会話できるだろうか。

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