ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

強く、やさしく

2002年1月24日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 あれは会社員時代、勤めていた研究所が所属する研究所団地の合同新年会があって、ぼくも出席したのだった。アトラクションのひとつに企業対抗豆つかみ競争があって、大皿の黒豆を決められた時間内に箸でどれだけチームの皿に移せるかを競う。
 豆は、弱く持つと滑り落ちる、強くはさむと逃げていく、逃げていく先は予測できないから、コントロールしづらい。人間はこうした状況をコントロールするとき、ぐっと力を入れて抵抗力を高める。コーヒーを運んでいるときもそうだ。抵抗力には方向性があって、前後には強いけれど、横からは弱い。背中からぶつかられたときより、横からぶつかられたときのほうが、コーヒーをこぼしやすいのはこのためだ。
 とはいえ、コーヒーをこぼさないという目的は比較的コントロールしやすいもので、安定した状態と呼ばれる。豆つかみはより難しく、不安定な状態。従来はこうした微妙な制御は人間にはできないとされていた。でも、人はこんな状態でも、練習を重ねることによって巧みに操ることができるようになる。科学技術振興事業団の川人学習動態脳プロジェクトが明らかにした。
 硬いものを壊すときは強く、子どもをなでるときはやさしく、対象が大きくても小さくても、人は柔軟に自分の行動を制御する。岩波の『認知科学の新展開』というシリーズの一冊に、人間は指の関節まで入れた精密なモデルでは全身で244の自由度を持つとあった。これらを総合的に制御して、ぼくたちは外部要因と接している。
 夜中、なんどか寝覚めて、はねのけている子どもの布団をなおす。なおしつつふと、自分の幼いとき、一緒に寝ていた祖母が夜中、やはり布団をかけてくれていたことを思い出した。今も昔も、変わらないものがある。そんな思いが胸に満ち、布団からのぞく小さな子どもの頭を、そっとなでた。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

6 comments to...
“強く、やさしく”
Avatar
小橋昭彦

川人学習動態脳プロジェクトの成果については、「外乱を鎮めて巧みに動く」をご参照ください。岩波のシリーズ『認知科学の新展開』、うち今回コラムで触れた記述があったのは、第3巻『運動と言語』です。


Avatar
雪ん子

マメつかみは小学校のころに先生にやらされました。
理由はよく覚えていないのですが、確か何かが良くなる(集中力が良くなるのだったかなあ…?)からみんなで練習しようということだったように思います。

直径30cmくらいのプラスチックの入れ物にどーんとマメが入っていて、昼休みとかにそれを一掴みお皿に取り、違うお皿に箸で移して遊んでいました。

結構うまくなりましたよ(笑)。
今ではかなり早いと思います。
もちろん最初はつるつる滑らせてしまってこぼしてました。
教室には硬い大豆の粒が何個も落ちていてよく踏んだものです。

何かこのコラムを見たら、そんなことを懐かしく思い出したのでコメントさせていただきました。


Avatar
伊藤善己

強く、やさしく読んで涙が出ました。


Avatar
栗原悦子

豆つかみと聞いて、私がまだ若かりし頃、某一流ホテルにバイトに行った時のことを思い出しました。最初にやらされたのが、サーバー(大きなスプーンとフォーク)で小さな豆とオシボリを掴み、別のお皿に運ぶ練習でした。大きなスプーンとフォーク両方を片手に持ち、箸で物を掴むのと同じ要領でやるのですが、スプーンとフォークが大きくて重いので、まず開くこと(お箸のように)が難しいのです。でも何回も繰り返すうちにサーバーの大きさと重みに慣れ、豆も少しずつ掴めるようになりました。上手に出来るようになった時の嬉しかったこと。何でも諦めずに練習(努力)すれば、人間そこそこの事は出来るのだなぁと、まだ社会人一歩手前のハイティーンの私は、初めて労働の喜びと誇りのようなものを感じました。難しいと分かっていても、兎に角精一杯やってみること。何時も前向きに、プラス思考で生きていく、この私の基本姿勢はその経験が基になっているのかもしれません。


Avatar
あうと

いつも楽しく読ませていただいています、子供が良く登場しますね、かなりの子煩悩とみました。私も同じ、よくわかります^^


Avatar
小橋昭彦

はい、子どもと生活するために辞職届を会社に出したほどですから。はは。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 2月のUターンを前にして、心配ごとのひとつは寒さだ。京都から2時間弱、北国というほどではないし、成長するまで育った土地ではあるけれど、10年あまりも離れていると身体が寒さを忘れている。 子どものころは行火(あんか)を足元にして眠ったものだった。豆炭をいこして、行火に入れて、布で包んで布団にしのばせる。夜遅くまで勉強をするときは練炭を入れた火鉢だ。いや、火鉢というと灰の上に炭を置いたものか。枕草子にも「火桶」として出てくる。奈良時代からあったというから、平安時代には冬の風物詩として定着していたのだろう。 火鉢の上にやぐらを置いて布団をかけると置きごたつになる。場所を動かせる便利さがあるが、登場したのは江戸時代のことらしい。いまでは電気が主流だけど、ひと昔前までは豆炭。行火に豆炭を入れるついでに、こたつにも入れておく。子どもながら、ひと仕事した気になったものだ。 置きごたつと掘りごたつはルーツが違って、堀りのほうは囲炉裏にやぐらをおいて布団をかけたもの。歴史は古く、室町時代には登場している。 歴史がもっとも古い暖房設備はというと、囲炉裏だ。火を家の中に持ち込んだのがルーツ。炊事や照明がわりにもなるなど、かつてはおおきな役割を担った。縄文や弥生の住居跡からすでに見られる。さすがにこれは利用経験がない。 行火がもっと小さくなると懐炉(かいろ)になる。これも昔からあるけれど、最近ではもっぱら使い捨てカイロ。1978年の登場だ。鉄の酸化熱で熱くなる。開発したのは菓子メーカー、ロッテの関連会社。もともとは菓子の劣化を防ぐ脱酸素剤の開発中に熱くなるのに閉口したのがきっかけで、発明は偶然から生まれる好例として取り上げられたりもする。 いまでは多くの会社から売り出されており、その数、ひと冬10億枚。貼るタイプの登場や、もまずに温かくなるなど、改良が続いてきた。 冬はつとめて。現代の清少納言は、その後どう続けるだろう。

前の記事

 久しぶりに「千年持続する」という言葉に出会った。東京農業大の長島孝行助教授のインタビューの中でのことだ。千年持続学会の設立準備委員とあり、納得する。 インタビューは、絹糸の研究についてのものだった。絹糸といえばカイコやシルク繊維というイメージが一般的だけれど、糸を作る昆虫は地球上に10万種以上ともいい、同じたんぱく質を成分とする糸であっても、アミノ酸の組成によって色や構造はさまざま。 シルクには紫外線をさえぎる性能があるし、菌を増殖させない性質もある。これを応用すれば、防腐剤を含まないUVカット化粧水が作れる。シルクは手術糸に使われるくらいだから、安全性も高い。ジャムに入れれば、口当たりがよく食感が増す。衣料だけではなく、さまざまな分野への応用が考えられている。 こうした、昆虫の持つ特性を利用する技術を、インセクト・テクノロジーという。シルクと並んで有名な例は、ミツバチが巣を作るために出す蜜蝋(みつろう)の利用。ワックスなどに利用され、安全性の面から注目を集めている。 古生代から地球に現れ、いまでは1千万種以上とも言われる昆虫。思い起こせば、子どもの頃の夏休みに虫網は欠かせなかった。トンボを糸にくくって飛ばすのも定番の遊び。間違えて首にあたる部分に糸を結ぶと、飛び立とうとして糸を引いたトンボは、そのまま頭がちぎれて地上に落ちた。苦い思いをした。たぶんそれは、生き物を殺めたことへの苦さだったろう。 昆虫を食べる文化もある。日本ではイナゴ、蜂の子、カイコが三大昆虫食だという。生きることの意味、食、千年持続技術まで。昆虫は多くのことをぼくたちに教えてくれる。そんな感謝の思いとともに、今年の夏は、子どもと昆虫採集をしようかと、はやから楽しみにしている。

次の記事