ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

心を知る

2002年1月17日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 近所の家電販売店の1階にペットロボットが置かれていて、子どもを連れて行くたび、ひとしきり眺めている。眠っているときもあればじゃれているときもある。メーカーの説明によれば、そのロボットは、喜び、悲しみ、怒り、驚き、恐怖、嫌悪という6つの感情を持つという。好ましい感情は喜びだけかと思わないではないが、この分類は人間の心理学の分類に添っているのだとか。東洋で六情といえば喜・怒・哀・楽・愛・悪などと言ったりしたものだが。
 感情を表現したり測ったりするといえば、少々分野が違うけれど、うそ発見器を連想する。最近米国の研究グループが、うそをつくと目のまわりが熱くなるという実験結果を発表した。高解像度・高感度の熱画像カメラで撮影したもので、仮にこのシステムを空港やビルの入口におけば、荷物チェックなどのとき、対象者に装置をつけてもらわなくても、うそが発見できるという。
 知らない間に観察されているというのは気持ちのいいものじゃないけれど、銀行やコンビニにつけられている監視カメラとどう違うかと尋ねられると微妙ではある。米フロリダ州タンパでは街角を撮影して道行く人の顔をスキャン、犯罪者リストと照合なんて実験も行われた。結果は大成功とはいえないようだけれども。
 ペットロボット遊びに疲れた子どもが、「抱っこぉ」とせがむ。しかたないなあ。言いながら抱き上げると、ちょっとほほが赤くなって、口もとがゆるみ、目がきらきら。それを見て、こちらの気持ちまでほかほかする。街にセンサーがあふれる時代になっても、このあたたかいセンサーは、ぼく自身のものだ。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

2 comments to...
“心を知る”
Avatar
小橋昭彦

ペットロボットの心については「AIBO」ホームページで。うそと顔の研究は「Nature 415号」35ページ以降に掲載されています。タンパ警察の人相スキャンについては「人相スキャンに賛否両論」の記事が詳しいです。米市民的自由連盟による、それが役立たないという「発表」もあわせてどうぞ。英国で容疑者発見に「役立った」というメーカーの発表もあります。


Avatar
小橋昭彦

没ネタ。進化ではなく深海にすむことで生きのびたシーラカンス(日経12月21日)。地下街、上からの重さより横からの圧力の闘い(朝日11月28日)。生理痛で4人に1人が仕事や家事に支障感じる。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 少年時代に読んだ学習雑誌の「きみたちの同級生は170万人以上いる」という見出しがいまだに忘れられない。人数そのものはうろ覚えだが、1965年生まれだからほぼそんなものだ。子ども心には「とにかくいっぱい」くらいの意味しかなさない数字だった。 マダガスカルにオオハシモズという鳥がいる。くちばしの形などでハシナガオオハシモズ、カギハシオオハシモズ、ヘルメットオオハシモズなど14種に分類されている。見た目だけでは同じオオハシモズ科とは信じられないほどに違っている。 それでも、これらは300万年ほど前、共通の祖先から分かれたことがわかっている。鳥の種類が多くなかったので、環境に応じてからだのつくりを変えてすみ分ける適応拡散をとげてきたのだ。DNA解析も利用しつつ、京都大学の山岸哲教授らがその過程を明らかにしてきた。 たとえば日本でいえばシジュウカラのように樹冠部でえさをつまみ捕りしていた種はニッパー型のくちばしに。日本のキツツキのように樹幹や枝でつつき捕りしていたハシナガオオハシモズはピンセットのような形のくちばしに。葉や小枝などでつまんだりつついたりしていたものはペンチ型のくちばしに。 適応拡散をしてきた種には、ほかにガラパゴス諸島のダーウィンフィンチ類やハワイ諸島のハワイミツスイ類が知られている。場所やスタイルをすみわけ、みずからの形を変化させていく。オオハシモズ科の多彩なくちばしを見て、進化の柔軟さに驚いている。 今年の新成人は152万人。ぼくたちは環境を自分たちに適応させようとしがちで、うまくいかなければ腹立たしく思ったりいらいらしたり。あるいは逆に自分たちで作った規範に自分をはめようとしたり。まあ、あせらない。152万通りのくちばしがあっていいはずだから。

前の記事

 2月のUターンを前にして、心配ごとのひとつは寒さだ。京都から2時間弱、北国というほどではないし、成長するまで育った土地ではあるけれど、10年あまりも離れていると身体が寒さを忘れている。 子どものころは行火(あんか)を足元にして眠ったものだった。豆炭をいこして、行火に入れて、布で包んで布団にしのばせる。夜遅くまで勉強をするときは練炭を入れた火鉢だ。いや、火鉢というと灰の上に炭を置いたものか。枕草子にも「火桶」として出てくる。奈良時代からあったというから、平安時代には冬の風物詩として定着していたのだろう。 火鉢の上にやぐらを置いて布団をかけると置きごたつになる。場所を動かせる便利さがあるが、登場したのは江戸時代のことらしい。いまでは電気が主流だけど、ひと昔前までは豆炭。行火に豆炭を入れるついでに、こたつにも入れておく。子どもながら、ひと仕事した気になったものだ。 置きごたつと掘りごたつはルーツが違って、堀りのほうは囲炉裏にやぐらをおいて布団をかけたもの。歴史は古く、室町時代には登場している。 歴史がもっとも古い暖房設備はというと、囲炉裏だ。火を家の中に持ち込んだのがルーツ。炊事や照明がわりにもなるなど、かつてはおおきな役割を担った。縄文や弥生の住居跡からすでに見られる。さすがにこれは利用経験がない。 行火がもっと小さくなると懐炉(かいろ)になる。これも昔からあるけれど、最近ではもっぱら使い捨てカイロ。1978年の登場だ。鉄の酸化熱で熱くなる。開発したのは菓子メーカー、ロッテの関連会社。もともとは菓子の劣化を防ぐ脱酸素剤の開発中に熱くなるのに閉口したのがきっかけで、発明は偶然から生まれる好例として取り上げられたりもする。 いまでは多くの会社から売り出されており、その数、ひと冬10億枚。貼るタイプの登場や、もまずに温かくなるなど、改良が続いてきた。 冬はつとめて。現代の清少納言は、その後どう続けるだろう。

次の記事