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味わいを知る

2001年12月14日 【コラム
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 仕事後のビールはうまい。ストレスがたまると苦みに対して鈍感になるそうで、それが苦いビールでも仕事後ならおいしく感じられる理由のひとつ。
 苦いといえばコーヒーなどのカフェインも代表格。植物が苦い物質を生産しているのは、動物などの外敵に食べられないため。本来なら苦いから食べないとなるところを、苦みをたのしみつつ口にするわけだから、人間とは不思議なものだ。
 塩味、甘み、酸味、苦みとうまみという5つの基本味の中では、ほかに酸味も本来は避けるべき味。食べものが腐敗していることを示す信号だからだ。大腸菌でさえ、酸っぱい物質からは逃げるという。それをもまた人間はたのしむ。
 魚のなかには、もとの姿を知るとよく口にする気になったと思うものも少なくないが、基本味についても、人間はこれまでどんよくに「おいしい」と感じる幅を広げてきたようだ。味を数値化する味覚センサを開発している九州大学の都甲潔教授によれば、甘みに関しても、進化した生物ほどさまざまな種類を甘いと感じるようになるという。ミツバチは砂糖などの糖類は摂取するものの人口甘味料はとらない。バクテリアなどの単細胞生物になると、砂糖なども摂取しなくなる。
 言葉遊びにはなるけれど、人類は舌を鍛えたおかげで、人生のあじわいもわかるようになったのかと想像したり。舌の鍛錬といえば、都甲教授が味覚の不思議を伝える食べものを紹介している。きゅうりにはちみつ、プリンにしょうゆ。どんな味になるか。正解は前者がメロン、後者はウニ。
 さっそく台所に立ってためしてみる。結果? まあみなさんもやってください。ともあれ、昼下がりのキッチンの片隅で、人生は本質を見誤らないように賞味しなければと思ったことだった。

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3 comments to...
“味わいを知る”
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小橋昭彦

都甲教授の味覚センサについては、「味覚センサ」「味覚センサとは」が参考になります。


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屋形 彰男

コーヒーなどの嗜好品のCMに「違いの分かる」というフレーズが使われますが、違いが分かるようになるには3世代かかるという説があります。
せっせとグルメに励んでも自分の代では効果が現われず、孫の代になってやっと違いが分かるように「なるかも知れない」というくらい難しい能力らしいです。
もう今から励んでもひ孫に残せるかどうか?


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小橋昭彦

3世代。身体的な部分は、1世代でずいぶん変化しましたよね、脚の長さとか。舌に関してはそうでもないということでしょうか。確かに、コーヒーの違いがわかるほどになるには、ちょっと世代がかかりそう。

田舎料理で育ったので、高級料理店に入っても味がよくわからないぼくなのでした。




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 子どもが生まれて3年と8カ月。来年からは幼稚園かと思っていたら、4月生まれの彼は、幼稚園にはまだあと1年あるのだった。小学校から中学校、その先へと想像するとまだ20年は「子ども時代」が続く。 子ども時代がこれほど長い動物はほかにいない。ヒトの思春期は17歳頃まで続くわけだけれど、類人猿は12歳頃には親離れをする。親知らずのはえる年齢だって、20歳近いぼくたちに比べて、類人猿は11歳。じゃあ、いったいいつからぼくたちの思春期は長くなったのだろう。 ロンドンのユニバーシティ・カレッジのクリストファー・ディーン教授らは、ホモ・エレクトゥスの歯を調べ、彼らは14歳から16歳で成熟したのではないかと指摘している。少なくとも、ぼくたちのごく初期の祖先には、それほど長い思春期はなかった。 身体発達はともかく、そういえば日本でもかつては15歳頃に元服の儀式があったわけで、その日が「成人」の日。西洋をみれば、ゲルマンの諸部族では成年に達する年齢が低く、12歳から14歳ということもある。この背景には強固な親族組織があって成人後も本人を守れたことや、取引が単純であったことなどがあると指摘されている。人間の思春期が長くなったのは、社会が複雑になり、親になるために学ぶべきことが多くなったからと指摘する学者もいる。 発達加速現象という言葉がある。性的成熟などの発達が前の世代より早期化している現象をいう。はやく発達し、だけど大人になりきれず、長い思春期をおくる子どもたち。ふと、かの文豪は未成年をどう描いていたかと気になって、本棚からドストエフスキーの『未成年』を探す。 類焼後のどたばたもあって、残念ながら書籍は見つからない。並んだ本の間から、少年時代に読みふけった物語の数々がよみがえる。そして、きみは成人したか、と問いかけてくるのだった。

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 京の着だおれ、大阪の食いだおれとよく言われ、大阪・道頓堀に来た観光客は、紅白の衣装を着て太鼓をたたく「くいだおれ人形」と一緒に記念写真を撮る。すっかり大阪の顔。関西国際空港開港時には、パスポートを取得して海外旅行に出かけもした。パスポート用につけられた名前が「太郎」。 記念撮影をしている人のなかで、「くいだおれ」は人形が背にした店の名だということに気づいている人がどれだけいるだろう。日本一の食堂になるため、大阪を代表する店名にしたいと考えてつけられた。人形は、文楽の本場、道頓堀の伝統をいかしたものをと試行錯誤のうえ完成したという。 くいだおれ人形と向かい合うようにして、動くカニ看板も異彩をはなつ。こちらもCMで電車に乗って温泉に出かけたりしていた。大阪の看板はいそがしい。川ぞいのグリコの看板も有名。最近になってその隣にメールマガジン配信会社の看板が登場したりもしている。 道頓堀にこうした派手な看板が目立つのは、一帯がかつて多くの芝居小屋がたち、飲食店が並ぶ、いわば日本最古の興行街であったことと無関係ではない。国際日本文化研究センターの井上章一助教授は、すたれた演芸文化が看板に形を残していると指摘している。 京都ではこの時期、南座にまねきが掲げられ、恒例の顔見世興行。大阪の看板と違ってしっとりと古都になじむ。世界で同じ看板を掲げるファーストフード店でさえ、京都でだけは色を変えている。 師走。くいだおれ人形の前を、ちょっと顔を赤らめた人たちが行きかう。一方の吉例顔見世、今年の演目は、昼に宮島のだんまり、夜は良弁杉由来など。まねきの下をはなやいだ顔の人たちがくぐる。それぞれの地で、それぞれの年の瀬が過ぎていく。

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