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ちょっと知的な雑学&トリビア

はりきらないで

2001年12月12日 【コラム
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 野球のカーブやフォークが意識して曲げたり落としたりされるのに対して、ゴルフの初心者は、打ったボールが勝手に「曲がる」ことにとまどう。たとえば、右に曲がるスライス。クラブを外から内へ振りぬく、あるいはクラブ面が右に傾くのが原因。
 ゴルフといえばボール表面の穴も、空気の流れを考えての設計。回転が強い場合は上下の空気の速度差を大きくして揚力を上げ、弱い場合はボールの後ろに回る空気を少なくしてボールを後ろに引っ張る力を落とし抵抗を少なくする。こうして飛距離が伸びる。
 最近ではスキースーツやスイミングスーツにもくぼみがつけれられたりしているので、ご存知の方も多いことだろう。ぼくはゴルフもスキーもしないので、その恩恵に預かったことはない。スポーツが嫌いというより、広大な森林を切り開いて造成した土地が好きじゃないのだ。
 ゴルフといえば、先日の朝日新聞にクラブを強く振ったために首の動脈がねじれ脳こうそくになる人が増えたと記事があった。タイガー・ウッズのように「飛ばす」ゴルファーが活躍していることから、無理して飛ばそうとしがちならしい。
 肩の力を抜き、頭を動かさない。それが脳こうそくを防ぐ基本。せっかくだから、ボールと大気の呼吸や、地球が球をひきつける力についても想像をめぐらし、木々の声を聞いて、そのこずえをわたる風を思う。ゴルフのほんとうの楽しさはそこにあるのかな、と知らないながらかってに想像をめぐらせる。

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8 comments to...
“はりきらないで”
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小橋昭彦

今日の没ネタ。魅力的な人に見つめられると「思いがけないいいこと」のとき活性化する脳の部分が活発に(朝日)。古代エジプト最大級の石切場発見、人口約6000人と推定される都市(日経10月10日)。よい温泉は湯温が高くても水を足さない(日経10月6日)。毒キノコの見分け方には迷信が多い(日経10月6日)。


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Shinsuke Fukada

小橋様

毎日楽しく購読しています。特に2年半前から海外に住んでいますので
いろいろな情報がわかり大変為になっています。

今回の記事には若干のコメントがあるので書かせてください。

ゴルフに関してですが、まず広大な土地を切り開くとかかれていますが
日本は土地が狭いのでそうせざる得ないのです。また日本でもゴルフ場によってはあれた土地に木を植えたり芝生を植えたりして逆に緑を増やしている
例もあります。(少数ですが)海外では切り開きというより自然の地形をうまく利用してうまく調和しているところが多いように思います。野球のドームを都会につくるより、宅地と併用して緑の多いゴルフ場を都会に作った方がまだいいように感じます。
もう一つ、ゴルフの楽しさですが自然と戯れ豊かな気持ちになるのも確かだとおもいます。それもゴルフの楽しみ方の一つです。でもその一方、競技としてのゴルフもあります。それはコースを戦略的に攻略し、自分自身またスコアとの戦いです。時にはゴルフ中に脳梗塞になってもいいと思う時すらあります。そういうのも楽しみの一つです。

今回の雑学を読み、多少コメントしたくなったので書きました。
これからもずっと購読していきますので、いろいろまた楽しませてください。

謝 乱筆乱文

深田


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nemota

スポーツ、特に球技系は大好きです。でもゴルフはやりません。高校生の時キャディのアルバイトをしていました。この時のトラウマがあるからでしょうか。昼食時(ハーフ終了時)にビールを飲むのは当たり前、コースの途中の売店でまたビールを飲む。こんなプレーヤーがたくさんいました。酒飲んでプレーするのは「スポーツじゃない!」という若き日の思いがいまだに残っているからかもしれません。
でもスポーツとしてのゴルフの面白さも十分承知しているつもりです。


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どんくん

僕も球技系のスポーツは大好きで、ゴルフも多少やったことがあります。やったことのある方は分かると思いますが、なかなかボールにあたらないんですよね、クラブが。
まだラウンドをそんなにまわったことがないから、あまり大きなことは言えないけど、プレーしながら自然を満喫するのはゴルフの楽しさの一つだと思います。最近は自然(っていうか芝)を荒らさないようにスパイクは禁止されましたしね。でもnemotaさんの言うとおり、ビールを飲んだ後のおっちゃんたちは少しテンション上がりすぎですよね。キャディのアルバイトは僕もしていました。
それでも年々人間のマナーはよくなっているみたいで、その範囲で楽しむにはいいスポーツだと思います。いい運動にもなりますしね。


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akio

たしかにゴルフ等は自然破壊を考えてしまうスポーツですね。やっぱり今流行りのサーフィンがいいですよ。自然との調和、自然の偉大さを身をもって体験できます。


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屋形 彰男

ゴルフ途中のビール
他の球技と違ってゴルフは止まっている球を打つのに仲々クラブの真心に当たりません。
いつもの素振りでのヘッドの軌道に偶然球があったという形のときが綺麗に飛びます。
球を睨んで力むとあちこちの筋肉が違った動きをし、クラブヘッドをコントロールしようとしてもスピードは神経の指令が追いつくものではありません。
そこで経験的にハーフ終わっての昼食時にビールを飲むと緊張がやわらいで午後のショットは素直になります。
朝のスタート前にもビールを飲んだ方がスコアに良い結果をもたらすのではないかと推測するのですが、まだやったことはありません。
ただラウンド終了、入浴後のパーティでの飲酒はマイカーで帰る人が多いので慎むべきだと思います。


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小橋昭彦

Shinsuke Fukadaさん、ありがとうございます。「スキーしないの」と尋ねられるたび、「裏山で滑るならやるよ」と答えていたぼくですが、おっしゃるように、英国でのゴルフ場レポートなどを目にすると、そんな「裏山でやる」感覚に近いものがあるようで、それならいいなあと思います。農薬散布もそれほどされてないのでしょうね。

それから、競技としてのゴルフの楽しみ、まさにその通りですね。やらないため、書き込めていない部分でした。また、ゴルフはスコアの自己申告制など、マナーやフェアであることに厳しいスポーツと聞きます。そんなところは、すてきだなあと思います。


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k.yanai

無理は禁物。そのとうり。私も、練習がんばり、骨折しました。




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 子どもの成長にあわせ、ボール遊びをよくした。最初は無難に風船から。ノモだササキだと親ばかをつぶやきつつ放りあげる。 ノモ、ササキといえばフォークボール。ご存知の方もあるだろう、フォークボールは地球の重力に引かれて自由落下しているだけで、けっして魔法をかけて「落として」いるわけではない。その意味では、重力に逆らって落ちない直球こそ魔球なのだ。 これはボールの回転が生む揚力による。投げるとき人差し指と中指にはじかれて逆回転のスピンがかかる直球は、空気をボールの下に巻き込み、揚力を得る。キャッチャーに届くまでにおおむね15回転くらいするという。回転が落ちると揚力が落ちるから、イニングが進んで腕が疲れてくると、スピードガンではかった球速は同じでも、「伸び」がない分、打者はうちやすくなる。 フォークボールの回転数は204回転。これだとボールが進む後ろ側に圧力の弱い空気の渦ができて、ボールの速度を落とす。すると地球の重力の影響がボールに現れ、落下していく。フォークボールは地球が生み出した魔法だ。 はじめて地球の魔法を使ったのは、1920年代にアメリカ大リーグで活躍したジョー・ブッシュ投手だといわれている。日本では、杉下茂投手。中腰にキャッチャーを立たせ、みけんを狙って投げるとホームペースの手前でワンバウンドする感覚というから、落差に驚く。 宇宙飛行士の若田光一さんが、宇宙船内でキャッチボールするとつい高めに投げてしまうとコメントしていた。ぼくたちは、ふだん投げるとき、重力の影響を頭に入れている。しかし、予想以上に重力が影響すると、「落ちる魔球」に思える。地球と頭脳がやりとりする、その、微妙なあわい。 父の手を離れた風船は、ふわふわ風に揺れながら、子どもの広げた手のほうに落ちていく。そんなとき、父親は地球の重力に感謝する。

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 子どもが生まれて3年と8カ月。来年からは幼稚園かと思っていたら、4月生まれの彼は、幼稚園にはまだあと1年あるのだった。小学校から中学校、その先へと想像するとまだ20年は「子ども時代」が続く。 子ども時代がこれほど長い動物はほかにいない。ヒトの思春期は17歳頃まで続くわけだけれど、類人猿は12歳頃には親離れをする。親知らずのはえる年齢だって、20歳近いぼくたちに比べて、類人猿は11歳。じゃあ、いったいいつからぼくたちの思春期は長くなったのだろう。 ロンドンのユニバーシティ・カレッジのクリストファー・ディーン教授らは、ホモ・エレクトゥスの歯を調べ、彼らは14歳から16歳で成熟したのではないかと指摘している。少なくとも、ぼくたちのごく初期の祖先には、それほど長い思春期はなかった。 身体発達はともかく、そういえば日本でもかつては15歳頃に元服の儀式があったわけで、その日が「成人」の日。西洋をみれば、ゲルマンの諸部族では成年に達する年齢が低く、12歳から14歳ということもある。この背景には強固な親族組織があって成人後も本人を守れたことや、取引が単純であったことなどがあると指摘されている。人間の思春期が長くなったのは、社会が複雑になり、親になるために学ぶべきことが多くなったからと指摘する学者もいる。 発達加速現象という言葉がある。性的成熟などの発達が前の世代より早期化している現象をいう。はやく発達し、だけど大人になりきれず、長い思春期をおくる子どもたち。ふと、かの文豪は未成年をどう描いていたかと気になって、本棚からドストエフスキーの『未成年』を探す。 類焼後のどたばたもあって、残念ながら書籍は見つからない。並んだ本の間から、少年時代に読みふけった物語の数々がよみがえる。そして、きみは成人したか、と問いかけてくるのだった。

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