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ちょっと知的な雑学&トリビア

リズムが苦手

2001年9月28日 【コラム
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 10月の頭に運動会があるらしく、隣の保育園からは毎日応援演奏の練習。窓から聞こえる保育園児の太鼓に合わせて、子どもにタンバリンをたたかせてみる。タン、タン、タタタ。なかなか上手なものだ。
 父親ときたらリズム感がからっきしない。カラオケは嫌いなのだけど、音痴もさることながら歌い始めなどのリズムがとれないことが最たる理由。外国語だって、リズム感さえあればもう少しましにしゃべれたろうに。子どもがその轍を踏むことはないか。
 オーケストラの指揮者ともなればリズム感はさすがに鋭いらしい。岩城宏之さんが、音楽学生のころ仲間と飲みに行って時間あて遊びをした話を書いていた。誰かの号令でスタートし、それぞれ1分と思うところで手をあげる。誤差0.5秒もないそうだ。これをリズム感というかどうかは微妙だけど、体内に確かなメトロノームがあるには違いない。
 そういえばぼくたちにはクロックとよばれる遺伝子がある。これに異常があるマウスでは活動時間帯になっても体温上昇がゆるやかだといい、朝が苦手な夜型人間の場合も、この遺伝子が関係しているのではないかと推測されているのだとか。
 リズム感覚に遺伝子が関係しているかどうかは知らない。少なくともわが家では遺伝はしていないということか。いや、ピアノをしていた母親の遺伝子を受け継いだということかも知れぬ。
 ともあれ、音楽的センスのないことに気づいた父親は、せめて文章だけでも上達したいと、毎日こうして練習している。きみはどんな方向に行くのだろうな。タン、タン。

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One comment to...
“リズムが苦手”
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小橋昭彦

今回、時計遺伝子に関する研究成果を発表したのは、「徳島大学医学部」の勢井宏義助教授と「産業技術総合研究所」の研究グループです。




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 風邪で横になりつつ、ちょっと無理してたから休めっていうことだろうなあ、なんて考えている。類焼にあったときも、田舎へUターンするときの荷物が減ってよかったと納得した。ものごとを前向きにとらえる性格らしい。 中学生時代まではそうじゃなかった。というか、ものごとを客観的に判断するほど経験を重ねていなかったわけだけど。その頃、ジョージ・ロイ・ヒル監督の『明日に向かって撃て!』をみたのだった。このほど新しく出たDVDで見かえしていて、ぼくの前向きの姿勢っていうのはこの映画から教えてもらったのかもしれない、と気づいた。 ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード演じる強盗たちの逃走を描いたこの作品のなかで、ふたりはたとえどんな窮地に追い込まれてもユーモアを忘れず、ウィットにとんだやりとりで笑わせてくれる。そして、じんと胸にせまるラストシーン。 いまでも好きな映画をたずねられたら、この作品が必ずはいる。西部劇に新しい息吹を持ち込んだとして評価される傑作でもある。1969年の作品だから、あの1939年『駅馬車』から始まる西部劇黄金の20年間から遅れることさらに10年。古きよき西部へのノスタルジーを描いた作品といえるかもしれない。 ノスタルジーといっても、もともと西部劇をアメリカの「時代劇」というには少々抵抗がある。アメリカ劇映画の元祖ともいわれる西部劇『大列車強盗』が発表されたのは1903年のこと、題材となったのは当時まだ生々しい現実としてあった強盗事件であり、つまり「現代劇」だったのだ。 映画でもらった前向きの考え方は、続いて見た宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』で決定的になる。苦境でもウィットを忘れないルパンたち。これもまた好きな映画のひとつに必ずあげる作品だけど、なんだ、ぼくは似たような作品が好きだったんだなって昨日、布団の中で気づいた。 その考え方は、たぶんコラムを書くときにもあらわれているのじゃないかとは思う。

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 空間と時間はどちらが先に生まれるのだろう。現在の標準として考えられているビッグバン宇宙論では、開びゃくの大爆発とともに空間も時間も物質も、すべてが同時に生まれたことになっているから、この問いにあまり意味はない。 でも、ぼくたちの脳の中では、少々事情が違うようだ。産業技術総合研究所の北澤茂氏らが行った実験がある。 この実験では、両手を前に出し、それぞれの手に短い間隔をあけて刺激を与えている。まず左手を刺激し、そして右手を刺激する。そして、どちらの手が先に刺激されたかを答えるわけだ。この順序をゆっくりとやれば、もちろんどちらの手が先に刺激されたかを間違うことはない。いや、たとえ刺激が0.1秒感覚など短くてもだ。 では、右手と左手を交差させるとどうだろう。結果はびっくり、刺激の時間差が1秒以上あるときは間違いがないのだけれど、0.3秒以内の場合には、先に右手が刺激されたと理解してしまうのだ。手を交差させることで、脳の中で時間が逆転している。 この結果から、ぼくたちの脳には、入力信号の時間順序そのものを判断するセンターはなく、まず入力信号の空間配置を行い、その後で時間の処理がはじまるものと考えられる。左手からの刺激を感じ左手はいま右側にあるから自分の右の方に刺激のもとがあると判断し、これに時間順序を与える前に右手に刺激を感じるものだから、云々。 ちょっと頭がこんがらがってきちゃったね。ともあれ、ぼくたちは手からだけじゃなく視覚や聴覚もふくめいろいろな信号を受けているわけだから、それらを総合してまず空間を把握し、続いて時間処理をするというのは合理的ではあるわけで。 時間って、あんがい揺れるものなんだ。

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