ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

まちがい

2001年6月27日 【コラム
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 人は、完璧じゃない。失敗は成功のもと、間違いをおそれずのぞめばいい。ただ、同じ間違いを繰り返さないこと。新人時代にそんなことを教わった人も多いことだろう。とはいえ、なぜか間違いには驚くほどのバリエーションがあって、前とはほんの少し違う間違いを重ねてしまう。それもまた愛敬か。
 もっとも、間違いが大事故につながると、とりかえしがつかない。記憶に新しいところでは茨城県東海村の臨界事故やサクシゾンとサクシンを間違えていた投薬ミス。あるいはニアミス時に管制官が航空機の名前を間違えて呼びかけていたできごとや、メートル法とヤード・ポンド法の単位の取り違えが主因だったNASAの火星探査機の失敗なども思い返される。
 人は間違うということを前提に見直すこと。たとえば記号で呼ぶのではなくニックネームを付けるといったネーミングの工夫や、航空機だと車輪の出し入れのレバーはタイヤの形にするなど形状の工夫。同時に、失敗から学ぶ。文部科学省では、失敗知識活用研究会を開催し、失敗のデータベース化を進めてもいる。
 ぼくもまた、ときにコラムで間違いをおかす。そのたびに反省もし、気をつけもするのだけれど、ゼロにすることはできない。それほど不完全な人間ということだが、読者の方々からの指摘に助けられている。それはぼくにとって、どんなコンピュータシステムより、どんなリスクマネジメントルールより、すてきなフェイルセーフ機能だ。人を救うのは、最終的には人なんだな。

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12 comments to...
“まちがい”
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小橋昭彦

なんだか今回とっても書きにくかったです。自分の間違いを正当化しているように思われないかと気遣ったためです。

ともあれ、今回の参照サイトとして、まず、ユーザビリティ関連については多くのリソースがありますが、日本のものから主なところを。「Webのユーザビリティ」「U-Site」「使いやすさ研究所」など。ユニバーサルデザインといった視点も含め広くとらえていくなら、「ヒューマンインタフェース学会」「UDIT」「ユニバーサルデザイン研究会」「共用品推進機構」「UCN21」など各種あります。ちなみに、「失敗知識活用研究会」については文部科学省からどうぞ。ということで、「失敗ドットコム」なんてのもいいかも。また、「リスクマネジメント協会」もどうぞ。


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竹内英二

アメリカには、
http://www.startupfailures.com/
なんてのもありますが、いまいち盛り上がっていないようです。実は、yahooの掲示板に「失敗の経験を共有しよう」というトピをつくったのですが、やはり書き込みが少ないのです。やっぱり、失敗を公開するのは嫌なのかもしれません。「死ぬかと思った」みたいな失敗談なら、いいんでしょうが(^_^;)。


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海津 孝

まちがい
>間違いが大事故につながると、とりかえしがつかない。記憶に新しいところでは茨
>城県東海村の臨界事故

臨海事故は「間違い」ではなくて「事件」では?


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mini

自分の間違いに寛容で、人の間違いには鬼のように
怒る人が存在します。
人は間違いを犯す生き物だと思っていれば、
間違いに寛容になれるはずなのに。

でも、間違いと「根本的な部分の欠落した過ち」を
繰り返す人とはまた違いと思いますけどね。


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小橋昭彦

> >城県東海村の臨界事故
>
> 臨海事故は「間違い」ではなくて「事件」では?

間違いが原因で事故につながり、事件になったということかと思います。

文部科学省の「失敗知識活用研究会」の契機のひとつも同事故だった様子なので、失敗ないし間違いの文脈でとらえることそのものはずれていないと判断しています。


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小橋昭彦

http://www.startupfailures.com/

そうなんですよね、事故・事件といった文脈以外に、このところ注目されているのは、創業の失敗といったことですね。


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「失敗ドットコム」管理人

竹内さま
>実は、yahooの掲示板に「失敗の経験を共有しよう」とい
>うトピをつくったのですが、やはり書き込みが少ないの
>です。やっぱり、失敗を公開するのは嫌なのかもしれま
>せん

うーん、やっぱりそうでしょうね。「失敗『談』」なら、確かに、出来そうですね。

ということで、メインの「失敗リンク集」とは別に、「i-mode失敗談リンク集」を、昨日、作ってみました。

http://www.sippai.com

作ってみて、「失敗知識」の対極にあるのが、「失敗談」のように思えてきました。

小橋さま、ホームページの御紹介ありがとうございます。「エラー」と「フェイリア」を使い分けているのはさすがですね。今まで、エラーを「誤作動」という日本語を使って訳していたのですが、「間違い」と訳した方が、良いような気がしてきました。今度から、使わせてもらいます。

明日からの、『雑学』も毎日楽しみにしております。


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竹内英二

失敗ドットコムは、すでにブックマーク済みです。


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藤島 昇

以前、まだパソコン通信全盛の時代に、あるオンラインソフト作家の人に聞いた話ですが、その人は、一生懸命作り込んだソフトを初めて公開するときに、わざと軽微なバグを入れておく、とのことでした。その理由は、それをユーザーから指摘してもらうことで、コミュニケーションが生まれるから、ということだそうです。

ある程度以上複雑なソフトは、必ずバグが含まれるのが通常でしょうが、たまたま完璧なソフトができてしまうと、かえってユーザーの反応が得られなくなる、というのもうなづけるところがあり、おもしろいと思いました。

「わざと」間違えられるというのは、相当の自信や心の余裕のあっての話でしょうが、「完璧でないこと」が円滑なコミュニケーションに貢献するということは、あるのではないかと思います。

堂々と明るく間違えてください。


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小橋昭彦

> 「エラー」と「フェイリア」を使い分けているのはさすがですね。

あ、本能的に(笑)。コラムを書いている間は、英語表現の方は意識していませんでした。

失敗ドットコムさんからコメントもらえるとは思っていなかったです。うれしー。


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成澤 郁夫

?$


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成澤 郁夫

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 乗りこんだ駅では満席だったのに、一駅ひとえきと人が降りていき、終点につくころ車両に残っていたのは、ぼくを含め二人だけだった。いまひとりの女性とは隣の席。移動しそびれてそのままになってしまっている。今さら席を移るのも嫌味だし、終着駅につくまで気づかぬふりをするか。ほかに誰もいない車両で、見知らぬ人と隣り合わせに座っている居心地の悪さ。満席だったときは気づきもしなかったのに。 人には個人空間、あるいはポータブル・テリトリーと呼ばれる領域がある。自分の身体の延長として、自分の一部と認識している領域。京都は賀茂川のほとりに見られる、ほぼ等間隔で腰をおろしたカップルの列は有名だし、電線の上にとまるスズメもポータブル・テリトリーにあわせて同じ間をあけて並んでいる。この距離、種類によっても違うという。 文化人類学者のエドワード・ホールによると、知らない人との対人距離が45センチを切ると不愉快になったり緊張したりするとか。男性用トイレで、二人が便器の前に立つとき、たいてい間にひとつあけて立つものだけど、これが隣にこられると、排尿までの時間が長くなるという実験結果もある。パーソナル・スペースを侵されることは、生理的な影響ももたらす。 個人空間の広さは、一般的には腕を伸ばした半径60センチくらいの円が目安。前方だけはこの1.5倍くらい。満員電車内ではとても守られていず、さてこれが最近の暴力事件と関連しているかどうか、近年、個人空間に異変が起こっていることを指摘する研究者もいる。 座ったときは個人空間も狭くなるようだが、空の車両で並んでいた二人は、はた目からは恋人に見えたことだろう。学生時代のできごと。これをきっかけに話しかけてその後、なんて展開があればしゃれていたのだろうけれど、残念ながらそれはない。終着駅に着くなり、それぞれに席を立ち、別の扉から出ていった。 改札に向かいざま、それでも気になって、一瞬振り返る。ちら、と目が合い、改札を抜けた。駅前スーパーの人ごみの中、個人空間のはるか向こうに消えていく。その後、見かけない。きれいなひとだった。

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 恐竜はどんな味がしたのですか。そんな問いに、フライドチキンと答えた研究者がいたとか。鳥類が小型肉食恐竜から進化したという説がもとにある。毛の生えた恐竜の化石も発見されており、恐竜はワニのような肌だったという先入観は崩れてもいる。 それにしても、この地球上にかつてはそれほど大きな生物がいたと想像するなんて、いったいどんな人に可能だったのだろう。そんなことが気になって、ギデオン・マンテル伝に目を通す。恐竜を発見した男だ。 マンテルの恐竜化石発見にはひとつの伝説がある。1822年、開業医だった彼に同行して回診に出かけた妻のメアリが、外を散策していて、のちにイグアノドンと命名される恐竜の歯の化石を見つけたというのだ。ただ、手記などによると、すでに1820年ごろには発見していたらしい。 ともあれ、マンテルがその化石をイグアナの骨格と比較して、それと近似した巨大爬虫類ではないかと推測したのが、いわば恐竜の生まれた日。当時の高名な学者はサイかカバのような草食哺乳類の歯ではないかとしていたのだけれど、それに納得せずに調べつづけたのが実を結んだわけだ。 ふと、子どものころ、友人たちと裏山に化石探しに出かけたことを思い出す。なんでもない石の模様に、これは化石に違いないって興奮していたっけ。数千万年、あるいは数億年の時の向こうへ想像を広げていた。 なんだか今の自分は、ずいぶんちっぽけなタイムスケールで生きている気がする。

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