小橋 昭彦 2001年6月19日

 空が黒くなるほどの大群をなして移動し、通過する土地の青い草を食べ尽くす。飛蝗(ひこう)と呼ばれるバッタの群れ。ワタリバッタあるいはトビバッタなどとも呼ばれる。
 道端で見かける緑色をしたトノサマバッタなどと比べて、飛蝗の色は黒い。そのため、当初は別の種類のバッタと思われていたけれど、じつは、同じ種類のバッタだという。この理論を提唱したのは1921年、イギリスの研究者ウバロフ。
 緑色を帯びているのは草原などで単独で生活する孤独相のバッタ。これがしだいに群がってすむようになり、ついには群生相に変わる。バッタの脳にあるコラゾニンというホルモンが体色変化を調節しているという。農業生物資源研究所によると、同様の物質は甲虫目をのぞくほかの昆虫も持っているとかで、そうした昆虫の脳を白いバッタに移植すると、移植されたバッタの体色が黒化する。
 飛蝗は現在もアフリカなどで被害をもたらしているけれど、中国でも、紀元前2世紀から19世紀にかけて1330回以上の大発生が記録されているという。日本ではそれほど多くは見られない。日本人は群れるのが好きそうなのに、バッタはそうでもなかったか。
 ともあれ、どうも群れというのは苦手で、渋谷の駅前なんて歩くだけでひどく疲れる。ぼくがバッタなら飛蝗にならず、できればみなとは違う方向に向かってみたいけれど、さてどうか。誘われると赤くなったり青くなったり、じたばたするばかりで断りきれず、けっきょく黒くなって同行するか。なんだかよわっちい自分ではある。

4 thoughts on “飛蝗

  1. 今回のコラムを読んで、真っ先に思い浮かんだのが三國志というゲームでした。このゲームの中のイベントに、イナゴの大群ってのがあったと思います。
    三国時代が西暦203世紀なので、小橋さんがかかれている時代の範疇ですし、やっぱり被害はあったんでしょうね。

  2. 中国で周王朝の末期に、墨子という思想家のもとに「墨家」という教団があったそうです。 当時の中国は、乱れに乱れ国中で戦が絶えなかったとか。 そんな中で墨家は「兼愛」と「非攻」と唱え、民を守るための自衛的特殊戦闘集団となっていったそうです。

    そんな中には、蝗を養殖して飛蝗を起こす「蟲使い」という人たちがいたと聞いた事があります。 これは、意図的に群生相のイナゴを作り出し、敵に向かって飛蝗を放ち、糧食を奪って敵を蹴散らしてしまう戦術だったようです。
    この時の群生相の蝗は、黒いばかりでなく、体型も飛行に都合のいいように、やや細長く変わってしまうとか。

    自らは、決して攻撃をしかけないとされていたことから、墨家の戦術は「墨攻」とも呼ばれていたそうですが、この飛蝗の攻めを見る限り、いくら中国が広大だとは言え、その影響は敵ばかりでなく、近在の村々にまで及んだのではないでしょうか。

    墨家もそこまでは、思い至らずといった所か、それほど必死だったのか。いずれにしろ、人間が制御しきれるものでない事は確かで、我々が自然の摂理をいじくりまわすのは、まだまだ早いのではないかと思われます。

  3. ながさわさん、ばっしーさん、ありがとうございます!
    ぼくも調べているとき、三國志関連などひっかかってきたのですが、じつはそのあたりについては詳しくなく、触れるのをやめたのでした。勉強になりました。

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