わがふるさとも今月末に合併し、新しい市となる。合併協議会の様子について、別件で取材に来られた新聞記者さんが、あれだけ最後まで紛糾するのも珍しいという。雑談しながら思い出したのが、宮本常一氏の『忘れられた日本人』に描かれたエピソード。
それはこんな話だ。対馬を訪れた宮本氏が、村の記録が保存されている帳箱の資料を借りたいと願ったところ、開催中の村の寄り合いで議題にあげるという。朝申し入れて、夕方になっても返事がない。のぞくと、確かに議題に出されているが、寄り合いはもう二日も続いており、疲れたら眠る人がいたり、食事に帰る人がいたりする中で場がもたれているという。賛成の意見が出たら、それを小さなグループに持ち帰り、違う議題も含めて話し合う。しばらくして今度は反対の意見が出される。それもまた持ち帰られる。そうして徐々に議題が熟成されるのを待つ様子。
この話を読んだとき連想したのが、山頂の奏楽堂で演奏に一万年かかる交響楽を演じる楽団を描いたSF作品だった。そんな幻想性を感じさせる寄り合いが、ほんの半世紀前まで実際に行われていた。寄り合いの話に、記者さんが「まさにそれですなあ」とうなづく。賛成意見も反対意見もとりあえず聞いておき、結論は先に送る。だから協議会は、という話にはならない。この地域にそんな風土が残っているのなら、いっそ合理性とは別の価値観が残る、一週間かかる会議をする町って宣言したらどうだろう、なんて笑いあっていた。笑ったのは、そんな習俗が許される世の中ではすでにないことを知っているからで。
年末にかけて『かすが昭和館』という、大正時代に建てられた空き店舗を利用した、コミュニティ施設を開館している。囲炉裏をかこんで思い出話を語ったり、自分の家から古道具を持ってきてくれる年配の方々の目の輝きを見ていると、自分たちが「忘れた」ものについて、自問する瞬間がある。
念のため補足しておきますが、「だから昔に帰ろう」という話ではありません。
さて、宮本常一『忘れられた日本人』をご参照ください。お薦めです。また、文中で触れたSF作品は中井紀夫の『山の上の交響楽』です。
あと、手前味噌ですが、「かすが昭和館」の案内もどうぞ。よろしければ、「里山ウォークデイ」とあわせて、遊びにいらっしゃいませんか?
これとよく似た習慣が、アフガニスタンの田舎にごく最近まで残っていたという話を、確か山本芳幸氏の「カブール・ノート?戦争しか知らない子どもたち」で読んだように思います。
「先進国」になる道を選択した日本では、これはもはや許されないことでしょうが、こういう習慣を持つ民族なり国家の「文化」は、否定されるべきではないのではないかと思いました。
・片山鉄道保存会
http://www.ne.jp/asahi/katatetsu/hozonkai/
の方からも、昭和のまちなみ保存に取り組んでいるってメールをいただきました。
そういえば、大分県の豊後高田市なども有名ですね。他にも昭和の風景をそのまま活かそうって活動は多いのでは。
「忘れられた日本人」20年前に失くしてしまって、もう手に入らないかと思い込んで、勝手に残念がっていた本です。これを機に再購入することにしました。
バブル期に大学生だった私にとってまさに、目からウロコが落ちました。こんなにエスニックでおおらかな日本人の姿があったのかと。こんな暮らしが数十年前まで息づいていたのだから、現代日本社会のシステムはまだまだ日の浅い、未熟なものじゃなかろうかと思うようになったのでした。
人生についてのおおらかな態度を教えてもらった本が、今このタイミングで再び手に入るのが嬉しいです。
イタリアとか海外では、古い町並みを維持するために法律で新しい近代ビルの建設を規制しているところ多いですよね。
観光産業が盛んというのもあるのでしょうけど。
日本でそういうのやったらどんな暮らしが保存されるかな?
まず町並みが残されないと、なかなか文化も生き残れない気がするのです。
エジプトにはこの習慣が残っています。あるプロジェクトについて会議を持つ。その日に決着がついても、翌日には「やっぱりああしないか?」とくる。その日に改めて決着をつけても、翌日には「やっぱりこうしないか?知り合いに聞いたらこうしたほうがいいみたいだ。」と。これが一週間、長い時には一ヶ月以上繰り返される。「期限は過ぎているから早くしてくれ!」とせっつくと、「君はなんでいつも急いでいるの?もっとゆっくりしなさい。」と。
最近はこのエジプトの流れに身を任せられるようになり、今まで見えなかったものが見えてきた。また心地よく感じる。が、それでも合理性を追求してしまっている自分をときに感じ、「ゆっくりいこう」と自分自身に言い聞かせる今日この頃。
「話し合いに時間をかける」とか 「ゆっくり考える」という習慣のある所は気候が穏やかなのでしょうか? 「次の雪までに」とか「夏が来る前に」なんて考える地域にはムリかも。
でも時間をかけるのはいいかも。実は一週間前すぐにコメント投稿しようと思ったのですが 時間がたつと皆さんのコメントを見られるし 考えもまとまります。
アラブの格言(曾野綾子)の中に、多数決で物事を決めるときの心得として、「満場一致の決議は採用しない」というような内容があったと記憶しています。
そこには、人間はそれぞれ異なる見地を持って当たり前だという正しい人間観が含まれていると思います。全員が賛成、というのは本来あり得ず、まだまだ議論が熟していないと考えるからではないでしょうか。
Daiさん、文化による心理的時間の違いというのも、おもしろいテーマですね。以前いちど取り組んだことがあるのですが、いままたあらためて考えてみたいと、このところ思っています。
marichebさん、印象的な言葉ですね。どこかの国の信任投票でその国の主導者が99%の信任で、などとあるとやはり、疑ってしまいます。
しゃあさん、いや、まさに。