小橋 昭彦 2004年9月23日

 真空が負のエネルギーを帯びた電子で埋まっているというディラックの考え方は、物理学者にとってはなじみにくいという。それよりはむしろ、陽電子は過去に向かって進んでいる電子と見なせるというファインマンの論の方が受けがいいと。
 このあたりのニュアンスは物理学徒でない身には直感的につかみにくいけれど、その背景には、相対性理論や量子力学といった物理学の法則は過去と未来を区別しないという事実がある。たとえば今、時間が逆転して時計の振り子が逆運動を始めたとして、何も知らなければそれを観測しても物理学的な矛盾は感じない。同様に、電子と正反対の動きをする陽電子を、過去に向かって進んでいる電子と考えても、理論的な矛盾は無いというわけだ。
 だから、たとえばローレンス・シュルマン博士のように、事実、この宇宙に時間が逆向けに流れている領域が存在する可能性を指摘する物理学者もいる。すぐそばには無いかもしれないけれど、100光年もいけばそういう領域に出会えるかもしれないと。あるいは、リチャード・ゴット博士は、この宇宙そのものがタイムトラベルによって生まれたのではないかという。最新宇宙論に、誕生後宇宙はいくつかに枝分かれしたという説があるけれど、そうした枝のひとつがくるっとほんの小さな時間の逆行をして、おおもとの幹、つまり自分自身になったのだと。
 つい先日の経験。書斎を出ると、遊びに出たのか、誰もいない子ども部屋で玩具の列車がレールを逆向けに走っていた。乾電池が逆向けだと思いつつスイッチを切る。しかしその瞬間、自分が逆行する時間の中に居なかったという保証はあるだろうかという思いがよぎる。逆向けの時間にいても、自分だけは未来に向かっていると感じるのではないか。確かめるには、もう一度列車のスイッチを入れることだ。しかし、それはしないでおく。時計より、自身は未来へ向かうという、意識の生む幻想に身を任せたいと。

10 thoughts on “さかのぼる時間

  1. 宇宙に時間が逆行する領域があるという「Lawrence S. Schulman」博士の説は「CLARKSON PROF HITS REWIND ON TIME: RIVER OF TIME MAY FLOW BACKWARD IN PARTS OF GALAXY」でどうぞ。また、宇宙創生のタイムトラベル論は「Can the Universe Create Itself?」です。J. Richard Gott III博士には『時間旅行者のための基礎知識』という著作もあります。

    なお、タイムトラベルについては、過去のコラム「時間旅行のやり方 [2002.12.02]」を、また物理学的に時間対象ならなぜ過去から未来へという「時間の矢」が存在するかについては、やはり過去のコラム「時の流れ [2002.11.28]」をご参照ください。

  2. >しかし、それはしないでおく。時計より、自身は未来へ向かうという、意識の生む幻想に身を任せたいと。

    ・・・・ニヤリ。
    か、かっこ良すぎる。

  3. 敢えてケチをつけさせていただきます。
    「玩具の列車がレールを逆向けに走っていた。」
    レールに方向があるのでしょうか?

    私の見方考え方は、逆向きの時間とやらに馴染まないのでしょうか?

  4. 「玩具の列車が逆向きにレールを走っていた。」

    前後があるのは列車の方ですね。

  5. 電池を逆に入れると反対に走り出すのかなとか、そっちのほうの疑問しか出なかった短大卒。

    今日のはむつかしくて、まだ消化できてません。。

  6. 3次元の世界住んでる我々はともすれば4次元の世界を体験しても見過ごしているのかなと思うことがあります。こればかりは何とも言えませんが,正夢も馬鹿には出来ない気がしています。というのはその体験が結構あるので。

  7. >玩具の列車が逆向きにレールを走っていた。

    ありがとうございます! まさに、そういう日本語扱いにすれば勘違いを防げました。訂正いたします。

  8. テーマから大幅に逸れて。
    >逆向けに
    語彙に対する感覚は人それぞれ。”むけ,”むき についてのGoogleでのウェブ検索結果件数。逆(むけ296,むき29900),横(むけ1820,むき84300),斜め(むけ20,むき682),ついでに,あお(むけ9700,むき105),うつ(むけ306,むき25300)。いずれも誤用ではないと考えますが「あおむけ」以外は”むきが圧倒。もっとも「うつむきかげん」など連体のケースが多いので,逆向きなどの場合,”むきが普通でしょうとは一概に言えないのですが。

  9. 時間の話、面白いですね。中学から高校にかけてSF小説をよく読みました。ウェルズの「タイムマシン」は時間の問題より人類の未来という点での内容が重く子供心に真剣に考えた想い出があります。時間旅行については「猿の惑星」や「ターミネーター」など、設定の単純さが映画の内容を損なうといったものが多い様に思います。
    本題にならなくて申し訳ありませんが、「時間」という概念は人間が考えだしたもので、元々自然界に時間などというものはない…という話を読んだことがあります。時計にしてもある時人間が考案したもので、あのチクタクであたかも時間が進行していると感じることが自然であるかのように今の人間は生きているわけですが、果たしてそれが時間の存在を証明したことになるのでしょうか。西欧哲学は「規範、秩序」を本質とします。一方、東洋哲学、例えば禅の立場では、物事の本質は「混沌」であるとします。混沌の中では時間は最早幻想です。私は後者に真実味を感じる者です。

  10. 補足です。技術系の研究者です。自然科学は還元主義に駆動されて進歩してきましたが、素粒子と超紐理論で袋小路に入りました。先端物理学の優秀な研究者がニューサイエンスや心霊主義的世界に移ったりしています。アーサー・ケストラーが死ぬまで闘っていた還元主義もそろそろ年貢の納め時かなと思う今日この頃です。時間の問題も自分の人生でどんな意味を持つか考えると結構面白いテーマだと思います。

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