かつて働いていた会社では、案件ごとに7桁の受注ナンバーがふられていた。新入社員時代、社内電話で伝えているとき、上司に「3桁、4桁に区切って伝えた方がいい」と注意された思い出がある。今にして思えば、それは7桁という短期記憶ぎりぎりの数字を確実に伝えるためにチャンク化するというアドバイスであったのだ。
心理学者ミラーが発見した、人間が一度に覚えられる数字は7個という「マジカルナンバー7」はよく知られている。プラスマイナス2個程度の増減はあるけれど、短期的に覚えられる容量はおおむね誰でもこのくらいらしい。そこで、桁の多い数字を確実に覚えておくには、電話番号がハイフンで区切られているように、グループに分けるといい。これをチャンク化と呼んでいる。
曜日は7つ、音階もドレミファソラシと7つ。黒澤明『七人の侍』も、あれ以上人物が多ければ名画として残ったかどうか。チンパンジーでも5つあまり覚えられるといい、7プラスマイナス2という数字は意味ありげではある。ただ、手話ではそこまで覚えられないし、縮めた言い方ができる中国語はウェールズ語より多く覚えられたという実験もある。進化の上では視覚より聴覚が先に発達したので、覚えるには声に出すといいのだけれど、そうとすれば言語によって覚えられる数字に違いが出てもおかしくはない。
純粋に視覚での記憶量を調べた研究者チームによると、着色された点や傾きのある線をちらっと見せられたなかで、覚えていられる数は、だいたい3つか4つという。同様のテストをしつつ脳の活動を調べた研究グループによると、短期記憶を働かせようとしたとき、脳の後頭頂皮質中にある10円玉くらいの大きさの部分が活性化したという。はたしてここが脳における短期記憶を司っているのかどうか。いずれにせよ、短期記憶の容量はあんがい少なく、ぼくたちは手のひらに受ける雪片のように、せつな刹那を積み重ねている。
今回は短期記憶、大脳皮質系だったので話題の『海馬』系(つまり長期的な記憶)の話にはなりませんでしたが、これは次回とりあげたいと思っています。チンパンジーの短期記憶については天才チンパンジー「アイ」による実験で、「記憶力もすごい」に詳しいです。手話や言語における短期記憶の違いは、「Mrim Boutla」によるもので「『覚えられる数字は7つまで』のウソ」の記事に詳しいです。「中国語」「ウェールズ語」の発音を念のため。また、短期記憶と脳のはたらきの調査は、「Rene Marois」らによる「Capacity limit of visual short-term memory in human posterior parietal cortex(Nature 428 751-754)」と「Edward K. Vogel」らによる「Neural activity predicts individual differences in visual working memory capacity(Nature 428 748-751)」です。解説記事「記憶容量が知能を制限する?」が日本語で読めます。
小橋昭彦様
記憶の定着のために何をすべきか、という方に興味があります。暇さえあれば、メディアのスイッチが入っている、という生活をやめよう。でも、このサイトを開いているのも、メディアのひとつだけど、ソファーにデンと座って、思いにふけるもヨシ。
子供たちに、イメージをふんだんに膨らませる余裕が無くなった、というのも気になります。その延長上に、大人たちも何かと余裕がない。この、「余裕」の2文字の中に、記憶を定着させる要素があると見ています。何か記憶を定着させる余裕のときに、メディアが邪魔しているような気がする。ソファーにデンと座って、思いにふける、こんな余裕を大事にしたい。
小橋様
毎度、今日の雑学、配信有難うございます。
さて
1週間は7日、人がなくなって冥土に辿り着くのが49日とか言います。7×7、何か短期記憶と関係あり葬に思います。忘れないで覚えておくという意味で。
如何なものでしょうか。
イメージや余裕と記憶の定着、49日と思い出、興味深いです。次回、「覚えておく」という切り口であらためて記憶を取り上げてみたいと思います。
今度は、短期記憶じゃなく、長期記憶の話になりますね。